27


ぺらりと二枚の紙を持って、これから帰宅かもしくはトレーニングにいく生徒たちの波に逆らって放課後の廊下を歩いていた。
一枚目はこの前、相澤先生から手渡された学校用の個性届。そしてもう一枚は体育祭時のアイテム着用の申請書。

ヒーロー科は基本的に装備をすることは禁止になっているけれど、無いと支障をきたす場合は事前に申請書を出せば大丈夫らしい。
私の場合はアイテムが無いと会話ができないのでそのためのもの。ただスマホだと手が塞がってしまうのでコスチュームのときに手首につけている小型モニターで申請するつもりだ。





う〜〜ん……、とドアの前で立ち尽くす。目の前にある職員室のドアには私の影がぼんやりと落ちている。これを開ければ相澤先生がいると思うのになかなかドアに手がかけられない。

だってこの中には憧れのプロヒーローたちがいるのだ。もちろん学校にいればすれ違ったり挨拶したり授業を受けたりなんて毎日だけど、さすがに先生たちが集まっている場所にいくなんてことはまだあんまりないわけで。
どきどきと鼓動がはやくなる。そろりそろりと震える手を伸ばして、もう少しでドアに届きそうに……。

「ヘイガール!どうした、ドアの前で固まっちまって!」

突然後ろからの大きな声に飛び上がる勢いで驚いた。あぶない、今声を出していたら目の前のドアを具現化した文字で壊してしまうところだった。

くるりと振り返れば今日も綺麗にセットされた髪型が素敵なプレゼント・マイク先生が立っていたので軽く会釈をする。サングラスの下はよく見えないけれど、相澤先生やオールマイトさん以外でこんなに近くでプロヒーローと話す経験もあまりない。やっぱり格好いいなあ、と感極まってじぃっと見つめているとマイク先生は嬉しそうに口角を上げた。

「随分と熱のこもった視線だな!悪くねぇ!」

あっ、見すぎてた……!大変申し訳ないですと視線を外したところで、「んで?職員室に用があったんじゃねーのか?」と本題に戻されてハッとする。そ、そうでした!この紙を相澤先生に持っていかないと。

〈相澤先生に用事がありまして〉

慌ててスマホに文字を打てば、なるほどなと納得したマイク先生は私の後ろのドアに手を伸ばす。場所を譲るためにすこし下がって伸ばされる手の先を見ていると、遠慮なくガラッと大きな音をたてながらドアが開かれた。

「イレイザーヘッド!おまえに可愛いお客さんだぜ!」

職員室中に響く大きな声を出され、隣にいた私はぎょっとしてマイク先生を見つめる。心の中は今まさに、な、なな何てことを……!?という気持ちでいっぱいである。
案の定、中にいた先生方全員の視線を集めることになり、自分のデスクにいた相澤先生が呆れた声で「うるせぇよマイク、ここ職員室だぞ」とため息をついていた。





持ってきた二枚の紙を相澤先生に渡すとさっそく不備がないかどうかチェックされる。ちゃんと確認をしたから間違いはないと思いながらも間近で目を通されると変な緊張感がある。

「おまえの治癒個性、母親からか」

椅子に座っている相澤先生を見下ろしながら立って待っていると紙から顔を上げてその包帯の隙間から見える目と合ったのでこくりと頷く。今見ていたのは個性届のほうらしい。

私の母親は子守唄で傷を癒す個性。そして父親は書いた文字や絵が具現化する個性。私の個性はそんな母親の声と父親の文字が具現化の部分だけだと思っていたけれど、どうやら治癒個性も受け継いでいたらしい。


ここ数日で試してみてわかったこと。
治癒個性は集中しているとき且つ小声であれば使えるということ。その声が小さいほど治癒力が高まるということ。そして治される側にはとくにリスクはなく、減るものは私の体力と集中力のみだということ。

先日のかっちゃんの腕を治癒したとき大きな傷ではないけど治すのにすこし時間がかかった。でも襲撃事件でオールマイトさんを治癒したときは傷は深かったのにたった数秒ほどで治ってしまった。それはチョーカー型スピーカーのボリュームを下げてほぼ無音の状態だったからだ。

今のところトレーニングを続けてきたおかげもあって集中力は15分ほど保てるようにはなったけど、その間に治癒だったり会話で連携……などを考えるとこれはもっと長く保てるようにしておかないといけないかもしれない。

もちろん治癒個性や声を出しての会話が15分を超えたとしても完全に集中力と体力がなくなっているわけではない。今現在15分以上使おうとすると体力が減っているせいで走ることにも影響が出てしまう。そうならないように使うとなるとだいたい15分間が自由に無理なく使える目安ということだ。


わかったことは全て個性届の紙に書いてみたけど「盛大に枠からはみ出てんな」と言われてしまった。ご、ごめんなさい……。

「いや、いい。ありがとう。これは俺が預かっておく」

デスクの上に立てかけられたクリアファイルを取り出して二枚の紙はその中にしまわれる。これで用事は終わりかなと思ったところで相澤先生は再び私に顔を向けた。

「オールマイトの怪我を治したとき、ヴィランが近くにいたそうだな」

ずくり、と嫌なものがお腹の中を這い回る気がした。頭に浮かんだのはそのときの光景。あのとき、あの手首だらけの人と一瞬だけど目が合った。──…そして、あの人は笑っていた。
気のせいだと思いたいけど身体の震えがそれを嘘だと認めてはくれない。

「治癒個性ってのはかなり貴重だ。まあ実際、おまえの場合は時間制限があるみたいだが」

漠然とした不安。ヴィランと目が合った、ただそれだけのことなのに何をされてしまうのだろうという得体の知れないぞわぞわとした気味の悪さに沈みそうになる。

「学校側は今まで以上に警戒態勢にはいって厳重に警備してる。が、それは油断しても平気ってわけじゃねえからな」

これは別に脅しで言っているわけではないことはわかっている。事実だからこそ恐怖がある。
唇を固く結びながらゆっくりと頷いた。あれだけ派手に襲撃されたのだ。考えたくはないけれど"次"の可能性も考えなくてはならない。油断なんてできないし、もっと強くならなきゃ。

自分の足を見つめながら強く拳を握っていると、頭の上に温かい何かがのったのを感じた。それが隣にいたマイク先生の手だとわかるまでに数秒かかったけど、優しくぽんぽんとしてくれることが今の私にとってはとても心強くて頼もしかった。




「ま、なんにしてもまずはこれからの体育祭だろ!」

マイク先生の一言で張り詰めていた空気がパッと明るくなり、頭を撫でる優しい手付きは髪がわしゃわしゃするものに変わる。「やる気は十分か!?」と言われて私は驚きながらも何度も頷いた。そんな私たちをみた相澤先生も小さく息を零しながらもその視線はさっきよりすこしだけやわらかい。

これからまたトレーニングをする予定だし頑張って体育祭で目立たないといけないのだから。がんばるぞ〜と意気込んでいると真っ白な歯を見せたマイク先生が私の顔を覗き込む。

「どんくらいやる気なんだ?」

まさかその度合いを聞かれるとは思っていなくて一瞬思考が停止した。え、ど、どのくらい……?どの、くらい……と視線を泳がせて焦ってしまう。どう答えるのが正解なのだろうかと必死に頭の中で考えてみた。
う〜〜〜ん…、ガッツポーズはどうだろう。やる気足りないかな?ピース?万歳?え、えええ〜〜…!

ぐるぐるといろんなポーズが頭の中を巡ってしまい答えに詰まる。でも先生たちを失望させたくないと思った私は両手でピースをつくりそれらを万歳の要領で元気よく思いっきり腕を上げてみた。ど、どうでしょうか……!

「……くっ、」

そんな私のポーズを見たマイク先生が突然吹き出して顔を背けた。さっき相澤先生に注意されたことを守っているのか、普段のように思いっきりではなく手で口元を押さえながら一生懸命堪えている。でも「そうか……そうか〜〜」と頷いてはいるものの完全にその肩は小刻みに震えていた。

「……おまえの燃え方は斬新だな」

相澤先生はその顔に巻かれた包帯でどんな表情をしているのかはわからないけど不思議なものを見るような目をしている。
二人の反応をみるかぎり私のやる気お披露目会は失敗に終わったらしいということで行き場をなくしたピースたちはゆるゆると解かれた。


渾身のやる気ポーズ


BACK

- ナノ -