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個性把握テストの翌日、午前中は通常の高校と同じように必修科目である英語などの授業を受けた。そしてお昼をはさんでからの午後の授業はヒーロー基礎学。
今年から雄英高校の教師として勤めることになったオールマイトさんのもと、戦闘訓練の授業となった。この授業では事前に各自で要望を出しておいたコスチュームで参加らしく、それらが入ったケースを受け取ると、みんなわくわくした表情で更衣室へ向かった。





「みてー音葉ちゃん…、私のコスチューム…」
〈ぱつぱつ〉
「うん……、ちゃんと要望書けばよかった…」

着替えが終わって私のもとにやってきたお茶子ちゃんのコスチュームは身体のラインがはっきりと出るパツパツなスーツだった。顔をほんのり赤く染めて恥ずかしがっているけど、とても似合っていると思う。

「あ、音葉ちゃんのそれ、もしかしてスマホ代わり?」

それ、と指を差されたのは私の手首に付いている機械。見た目は腕時計みたいになっている。戦闘中、スマホを取り出して文字を打つのは時間がかかってしまうし、荷物にもなるので少しでもそれをなくすために、スマホの代わりになるように手首に取り付けるタイプの小型モニター付きの機械を要望として出しておいた。この画面をタップして文字を打つと、画面が浮き上がって文字が投映されるようになる。

もうひとつは首にあるチョーカー。スピーカーの機能があるのでボタンひとつで声のボリュームをあげたり下げたりできる。
要望はちゃんと書いたつもりだけどデザインに関してはあんまり書かなかったからどんなものになるのかなと思っていたけど、どちらもシンプルで使いやすそう。コスチューム自体も動きやすくて安心した。


場所は入試のときと同じ演習場で、屋内での対人戦闘訓練だった。そこで敵組とヒーロー組に別れての屋内戦。敵がアジトに核兵器を隠しているのでヒーローはそれを処理するという設定らしい。
ヒーロー側は制限時間内に敵を捕まえるか核兵器を回収、敵側は核兵器を守るかヒーローを捕まえるかで勝敗は決定される。その制限時間は15分。そして核兵器の場所はヒーロー側には知らされていない。

コンビと対戦相手はくじで決めることになり、私と同じチームは葉隠透ちゃんと尾白猿夫くんだった。

でも、まさかの一回戦目が……、





「爆豪のほうが余裕なくね?」

切島鋭児郎くんのぽつりとした一言が、見学室であるモニタールームに静かに響いて消えた。
一回戦目、ヒーロー側はいっくんとお茶子ちゃん。そして敵側はかっちゃんと飯田天哉くんのコンビだった。その組み合わせが発表されたとき、背中に冷たいものが走ったように感じたけど、今まさに"そういう状況"になっている。

訓練とは言えないほどの激しい本気の戦闘。かっちゃんの技によってビルが半分ほど爆破されたり殴り合いだったり、口喧嘩だったり。
戦闘センスでいえばかっちゃんのほうが上だけど、それでも焦っているのはかっちゃんだった。残念ながらこちらには音声が聞こえないので何を話しているのかはわからないけど、なんとなく、いっくんの個性についてなのかなと思った。なんで今まで言わなかったんだとか。きっと、そんな気がする。

結果はヒーロー側のいっくんとお茶子ちゃんが勝利した。単独で暴走していたかっちゃんより、そんなかっちゃんの相手をしつつお茶子ちゃんと連携していたふたりの方が訓練には勝った。
でもその代償は大きく、いっくんは最後大ダメージをうけ、お茶子ちゃんも個性のキャパオーバーでダウン。負けた敵側は無傷という結果に終わった。

負けが決まった瞬間のかっちゃんの表情がモニターに映し出されていた。それは、真っ青になりながら絶望色に塗り固められたような顔。
そしていっくんは今度は腕一本がひどい色で腫れ上がってしまったため保健室に運ばれていく。

なんだろう……これ。
唇が震えだして、どこを見ていればいいのかわからない。二人があんなにぶつかりあっているところなんて見たことがない。
かっちゃんの自尊心は今にはじまったことではないけど、いっくんの個性を見てからどんどんそれは膨れ上がっている。
かっちゃんが前を走って、いっくんが怯みながらも後ろをついていく。昔からその構図がこのふたりの普通だった。そんな光景を私はずっと後ろから見ていたのだから。

でも、それが、覆った。

いっくんだって昨日は指で済んだものが、今日は腕ごと。個性が強すぎるためにこんなにも大きなダメージを負ってしまう。痛そうなんて、そんなものじゃ………。

私は今、いったい何をみているのだろう。勝ったとか負けたとか今までと逆の結果になったのにも驚いているけど、そんな単純なものではなくて。
すごく深いところで何かが変わろうとしているような。それが良いことなのか悪いことなのかすらわからないけども。

「あんた大丈夫?さっきから震えてるよ?」

突然肩にぽんと手を置かれビクリとして振り向くと、心配そうにこちらを覗き込んでいる響香ちゃんがいた。
どんな顔をしているんだろう、私。わからないことがいっぱいだ。唇を噛みしめてぎゅっと拳を握る。それでもこれは真剣な勝負であり、戦闘なのだ。動揺している場合じゃ、ないんだ。
小さく息をはきだして落ち着きを取り戻してから、スマホに〈大丈夫〉と打ち込んだ。


見透かされた不協和音


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