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職場体験当日、朝のHRが終わると当時に全員がガタガタと椅子をひいて立ち上がる。これから相澤先生引率のもと最寄り駅へいき、各自職場体験場所に向かう予定になっている。
緊張と楽しみといろんな気持ちが胸を躍らせている中で、ふと気になること。

ここ最近、飯田くんの様子がいつもと違う。

体育祭のときに少しだけ話は聞いていた。ヒーローであるお兄さんがヒーロー殺し"ステイン"と呼ばれるヴィランに襲われたこと。
飯田くんはそのことについて一切話すつもりはないらしく普段通りにふるまっていた。
辛いとか許せないとか本当に何も言わない。あくまでもいつも通りを貫き通しているのだ。

「じゃあね、音葉ちゃん。お互い頑張ろうね」

考え込んでいた私はいっくんの声にハッとして顔を上げる。コスチュームの入ったケースを受け取ったみんなはぞろぞろと教室を出ていくところだった。
その中でもやっぱり目で追ってしまうのは誰とも話さずひとりで行こうとしている飯田くん。
いつもみたいに率先してみんなをまとめる言葉をかける様子はとくになかった。

「…心配、だよね」

私が何を見ていたのか気付いたいっくんも飯田くんを見つめながら眉を下げた。

「あとでちょっと声掛けてみるよ。音葉ちゃんが心配してたってのも言っとく」

静かにそう告げるいっくんに唇をかたく結びながら頷いた。
本当ならこちらから何かを言うべきなのかもしれないけど、本人が何も言わない以上口出しすることもできず、ずっとこの話題に触れることができないでいた。
こういうとき、なんて声をかけたらいいのだろうか。

いっくんを含めてみんなが教室からいなくなると最後に出ていこうとした相澤先生から「三声」と名前を呼ばれる。

「おまえはもう行ってていいぞ。コスチューム忘れんなよ」

その言葉に私が頷くのを確認してから先生も教室を後にした。

ガランと静まり返った教室。いつもの賑やかさがどこにもないのがより緊張感をふくらませる。飯田くんのことは気になるけど、職場体験にも集中しなければ。
一度深呼吸してコスチュームケースをぎゅっと抱きしめる。頑張ろうと意気込んでからそのまま更衣室へと向かった。




−−−





コンコン。
コスチュームに着替えた私はとある場所へと向かいそのドアをノックした。すぐに中から「入んなさい」と声が聞こえておそるおそるガチャりとドアノブを回す。

「いらっしゃい。本当に来てくれるなんてねぇ」

くるりと回転する椅子に腰をかけていたリカバリーガール先生は優しそうな笑みを浮かべたあとすぐにデスクに視線を戻した。「ちょいと待ってね、これ終わらせるから」と手元の書類を捌いている。
適当に座ってとのことなので、よく患者さんが座っているような背もたれのない丸い椅子をガラガラと引き寄せて遠慮がちに腰掛けた。



みんなは今ごろどうしているかなあと待っている間思いふけっていた。そろそろ駅にはついている頃だろうか。そして各自電車や新幹線で自分の指定した事務所へと行くんだ。

ひとりだけ別行動をとった私が選んだのはこのリカバリーガール先生がいるところだった。いっくんが選んでいたのもここ。かっちゃんと轟くんに関してはわからないままだけど。


体育祭の結果、プロからの指名はいくつかあったけどそのほとんどが戦闘を得意とする事務所だった。
それもそのはずで私の個性は相手にぶつけたり囮にしたりとそっち方面に強い。私がどんな個性を使えるのかはある程度知られているのかもしれないけど、実際に見に来ていた人やテレビをみていた人はその印象のほうが強かったのだろう。

だからぽつんと見つけた治癒を個性に持つリカバリーガール先生の名前はとても目立っていた。
それに自分に治癒の力があることは最近初めて知ったのだ。こちらは圧倒的に経験不足でもある。

私のなりたいヒーロー像は困っている人を助けて笑顔にすること。それはなにも敵に襲われている人を助けたり戦闘を強いるだけじゃない。
怪我をした人を治すことだって、私のそれには含まれる。治癒という自分にとっては全く新しい可能性で少しでも夢に近づけるのなら。





どのくらい時間が経ったのだろう。相変わらずリカバリーガール先生はデスクに広げられた書類を片付けるのに忙しそうでこちらからアクションを取れずにいた。
やっぱり治癒系の個性は私が思っている以上に相当珍しいんだ。そもそも学校の先生というだけでもその仕事量はかなりのものな気がするけども。

「悪いねぇ、もうちょっとだから」

書類と向き合ったままタイミング良くそう告げられたことで心の中を読まれたような気がしてすこし驚いたのは言わないでおこう。

いえいえお構いなく、と小柄なその背中に首を振る。ただでさえ忙しい中で職場体験を引き受けてくださるなんてリカバリーガール先生に限らずプロヒーローには頭が上がらない。

どんなことをするのかなあと軽く息をこぼしたとき。

ガチャ、と保健室のドアが開いた。誰か来たとそちらに目を向けると、ぬ…と現れたのは真っ黒な衣服に草臥れた様子の、

「婆さ、…リカバリーガール」
「おや、早かったね」
「俺を呼んだのはそっちでしょう」
「雑談のひとつに花咲かせたって問題ないさね」

んん…?とぱちぱち繰り返すまばたきと同時に首をかたむける。もちろん教師である以上学校に戻ってくるのは当たり前だけどどうして保健室に。
そんなありありとした私の疑問に応えるかのようにバチリと相澤先生の視線とぶつかった。

「準備できたな」

準備?準備って、着替えのことでしょうか…?思考が追いつかないまま畳み掛けるように「よろしくね」と言われてしまい、ますます疑問が頭の上を飛び交っていく。
助けを求めるようにリカバリーガール先生のほうを向くとちょうど仕事を終わらせたらしく、くるりと椅子がこちらに回転した。

「今日から一週間、このふたりであんたを指導するからね」

……えっ?


瞬きさえも許されない

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