捧げ物 | ナノ


▽ 間接的な口づけ


キーンコーンカーンコーン

今日の授業の終了を告げるチャイムが鳴り響き、私は解放感に満ち溢れた。
退屈だった授業が終わってやっと帰れる。
私は教科書を全て置き勉して筆箱とプリントをカバンの中にぶち込んだ。


「今日も荷物が軽そうじゃのう」


後ろから楽しそうな声が聞こえて来た。


「今日も、とは失礼だなぁ。私だってテストの前ぐらいは教科書とか持って帰るよ」

「テスト前じゃなかったら持って帰らない、って言っておるぞそれは」


声の主は同じクラスの木下秀吉。名前から分かるように男だけど、容姿を見たら性別を疑いたくなる。髪の長さはセミロングで可愛らしい顔をしている。まあ、私たちの間では第3の性別"秀吉"として認識している。


「そういう秀吉こそカバン軽そうじゃないの」

「ワシは椿よりは重いぞ。ほれ、見てみるのじゃ」

「見てみるのじゃ―…って、台本と衣装しか入っていないじゃないの。しかも女もの」


まあ、今更驚くことはないけど。
秀吉はよく女役をやっているし。


「今度は白雪姫をやるのじゃ」

「…………白雪姫と聞いて」

「のわ!?む、ムッツリーニ?」


得意げに秀吉が言うと何処からかとも無くムッツリーニが現れた。いつも通りカメラを持って。


「ちょ、どっから来たの?」

「…………ちゃぶ台の下」

「ほほう。私はそのカメラを壊せば良いんですね分かります」

「…………!!(ブンブン)」


ムッツリーニが指したちゃぶ台からだと私のスカートの中が完全に見えてしまうポジションである。
この男…今まで気配を消して何をしていたのかと思えば…!ムッツリーニはムッツリーニで否定しているけど、普段の行動から考えたら信じろという方が無理な相談である。


「まあまあ、椿もそうカッカせずとも」

「秀吉は良いじゃない。スカートじゃないんだから!」

「そりゃあワシは男じゃからな」

「…………秀吉は秀吉」

「ん、その写真はなんじゃ?」


私が感情的になっているのに対してムッツリーニは無表情で音もなくスッと胸ポケットの中から一枚の写真を取り出した。なんだ、その写真はと思って私はそれを見るために覗き込んだ。さっきまで感情的になっていたのは忘れて。
写真は予想通り秀吉のだったが、何故か着替え中の写真。しかも、演劇の衣装を着ようとしている。


「なるほど、確かに秀吉は秀吉ね」

「何を納得しておるか!?明らかおかしいぞ!」

「…………何処が」

「私にもさっぱり」


私とムッツリーニが"秀吉、何言ってんの?"みたいな顔をするとしょぼんと落ち込んだ。


「男はブラジャーをするのか?普通はせんじゃろう…」

「いや、秀吉だから問題ないっ!それに最近、男でもブラする人居るみたいだし。てか、前に秀吉言っていたじゃない?役に入るために女モノの下着を身につけるって」

「た、確かにそう言ったんじゃが…」

「…………何か問題でも?」

「うう…」


秀吉の語尾が段々弱々しくなり俯いてしまった。
何が言いたいのか良く分からないけど、私は秀吉のことを男とは思っていない。秀吉は秀吉だ。あえて男か女かどちらかの性別に分類しろと言うのなら…。言うのなら…。うん、難しい選択だよね。とりあえず、私、秀吉の前では普通に着替えとか出来そうだわ。勿論、ムッツリーニの前では出来ないけど。

さてと、と私はカバンを持って立ち上がった。


「私、そろそろ帰るわ」

「…………もう帰るのか」

「もう、って言ってもチャイム鳴って暫く経っているけど?」

「…………だったら俺も」

「あ、一緒に帰る?」

「…………(コクリ)」

「わ、ワシも一緒に帰る!」


ムッツリーニと一緒に帰ることになって私たちが帰る体勢になると、さっきまで落ち込んで居た秀吉が復活して一緒に帰ると言いだした。あれ、でも、演劇部は?


「秀吉は部活いいの?」

「今日はお休みの日じゃ」

「でも白雪姫―…」

「お休みなのじゃ」

「そ、そう」


なんか良く分からないけど秀吉がそう言うんだったら休みなんだろうな。―…微妙に何か引っかかる気もするけど。


「ん、ムッツリーニ。何やら不満そうじゃが…ワシがおったら邪魔かのう?」

「…………今度覚えてろ」

「二人ともどうかした?」


あれ、なんか二人の雰囲気が変な気がする。けど、私が訊ねたら、


「何でもないぞ」

「…………(コクリ)」


と、いつもの二人に戻って居た。
私の気のせいだったのかな?まあ、いいや。別に。何でもないって言うんだから深く聞いても面倒なだけだし。


「あ、自販機寄ってからでもいい?」

「構わぬよ」

「…………(コクリ)」


三人で廊下を出て直ぐぐらいに私はそう言った。
いやあ、帰るだけだけど、ちょっとお茶が欲しくなってね。ペットボトルの。
家に帰って飲めばいいと思われるかもしれないけど、ウチの家には無いのよ。冷たいお茶が。夏なら麦茶が置いてあるんだけどね。この時期は熱いお茶しかなくて猫舌な私にはこたえる。


「冷たいお茶、っと」


そして自動販売機の前である。
私は財布の中から200円を取り出して自動販売機に入れた。ジャラジャラと出てきたお釣りを取ってそれを財布にしまった。


「寒いのに冷たいお茶とはのう」

「…………頭でも打った?」

「文句でもあるの?」

「「別に」」


確かに寒いのに冷たいお茶、しかも500mlのペットボトルを買うとそう言われても不思議ではないかも。一般的には。
建物の中に居るのならまだしも今から帰るのにね。
でも、私は歩いていると喉も渇くし、喉を潤わせるためには冷たい飲み物が一番だと思うんだよね。まあ、身体はちょっと冷えるかもしれないが。
ガチッとペットボトルのフタをひねり、私はペットボトルの口を自分の口につけてお茶を飲み始めた。


「「……」」


その様子を二人は何故か無言で待っている。気まずいから二人で何か話してよと思いながらも、喉が満たされた私はペットボトルの口を離した。


「ふう…。じゃ、帰ろうか」


キャップを閉めてペットボトルをカバンの中に入れようとしたら秀吉とムッツリーニが同時に声を発した。
二人も違う言葉を言ったために何を言ったのか良く分からなかったけど。


「ふ、二人ともどうしたの?」


ビックリした私は首を傾げた。
秀吉とムッツリーニはというとお互い顔を見合わせていて無言で眼で何か言っているようだ。
わ、私…なにかマズイこと言ったかな?


「ワシも喉が渇いてのう。すまぬが一口くれんか?」

「あ、うん。いいよ?」

「…………!」


なんだ、そんなことか、と私は思ってカバンの中に入れようとしたペットボトルを秀吉に差し出した。


「すまぬのう」


にっこりとしながら秀吉はそれを受け取ろうとした。が、横から妨害の手が入った。


「む、ムッツリーニ?何をするんじゃ?それはワシが―…」

「…………取ったもの勝ち」


ムッツリーニは秀吉が貰う筈だったペットボトルを横から奪い取ると勝ち誇った顔をし、それをゴクゴクと飲み始めた。
取ったもの勝ちって…何の話?なんだか秀吉は何処となく悔しそうな顔をしているけど何なんだろう。


「てか、秀吉が先だったのに順番守らずに奪うなんて駄目じゃない。それにムッツリーニは私に一口くれって言ってないよね?」

「…………う」

「秀吉にちゃんと謝って」


するべきでないことをしたのだから、と私は言って秀吉に謝るよう促したが彼は「気にしておらんからそこまでせんでも」と言われた。


「…………椿は秀吉が好きなのか?」

「はい!?」


待て待て、今の話でどうしてそうなるんだ。


「それはワシも興味深いのう」


興味深くなんて無いから。


「べ、別に私は…ムッツリーニが横取りしたのが気に食わなかっただけで…別に秀吉が好きとかどうのこうのってわけでは無くて―…」

「あ、居た!木下君っ!」


しどろもどろに、段々と語尾が小さくなりながらも私がそう言っていると最後まで言う前に他の声に遮られてしまった。


「良かったあ。まだ帰ってなくて。実は今日、軽くリハーサルしたくてさあ、付き合ってくれない?」

「え、でもワシは―…」

「良いじゃない。行ってくれば」

「椿、でもワシは…!」


何か秀吉は言いたそうだったが、演劇部員の女の子はそれをさせてくれなくて秀吉をズルズルと引っ張って行かれた。
な、何だったんだろう。良く分からなかったけど、とりあえず秀吉は休みだった筈の部活が急にあるってことになって、私と一緒に帰るのはこのムッツリーニってことか。


「…………今のうちに帰るぞ」

「え、あ、うん?」


今のうちって一体どういうことだろう。
頭上に疑問符を浮かべながら私は何故かムッツリーニに手を引かれて下駄箱へと向かって行った。





間接的な口づけ/span>
…………これで二人っきり。





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後書き

遅くなってしまい申し訳ございません(土下座)
キリ番24000を踏まれた香苗様からのリクエストです。
内容は「土屋VS秀吉」でした。
特に落ち指定等なかったので土屋落ちで好きに書かせていただきました。
あと、間接キスのネタが書きたくてペットボトルを買わせました(笑)
秀吉は残念でしたけど←

香苗様のみお持ち帰りOKです。
リクエストありがとうございました!
(2012.03.11)
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「見えない臓器の名前は」
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