▽ 春はもうそこまで来ている
「あと1週間、か」
カレンダーに記されている赤い丸印を見てため息を吐いた。
私はこう見えて受験生だ。…どう見えるのかはよく分からないけど。
私の今の身なりはパジャマ姿。髪は後ろに一つに縛っている。あと、普段はコンタクトをしているが今は家にいるし、コンタクトをしている時間が惜しいためメガネをかけている。
「1週間後に全てが終わる」
あと1週間頑張れば解放される。…いや、合格発表までは解放されないけど。まあ、死ぬ思いで勉強をする必要は無くなるわけだ。
今まで頑張って勉強してきたけど……不安だな。私、志望校に合格することが出来るのかな。
「…………1週間後が楽しみ」
楽しみ、か。確かに楽しみだ。色んな意味で。1週間後どうしているかな私。
……死んでいる自分しか想像できない。
「…………遊びに行きたい」
確かに遊びに行きたいけど直ぐにそんな気分にはなれないだろうなぁ。数日ぐらいゆっくり休みたい。
……いや、終わった後のことを考えるのは止めよう。
…ってちょっと待て。さっきから私、誰の声に反応して思考を巡らせているんだ?
「って、こ、康太!?」
勉強机のイスから振り向くとカメラをいじっている康太が居た。
なんかおかしくない?てか、
「い、いつの間にそこに!?」
私、家に上がらせた記憶無いんだけど。
今、家には私以外誰も居ないから玄関のカギはかけている。…この男、何処から入ったんだ?
「…………"あと1週間か"ってところから」
「最初からじゃん!」
一息つこうとシャーペンを手放してカレンダーに視線を送った時じゃないの。
最初から独り言を聞かれていただなんて…!
……いや、それよりも気にすることは―…
「野暮なこと聞くけど…何処から入って来たの?」
「…………そこの窓」
この男が何処から入って来たのか、ということ。
…想像通りで逆に笑えてきた。康太は私から向かって西側の窓を指して言った。ちなみに西側には康太の家がある。漫画みたいだけど、私の部屋に面しているところに彼の部屋がある。大方、そっから忍び込んで来たんだろう。いつものことだけど。
「なんで来たの?」
「…………用が無いと来たら駄目なのか」
「いや、そういうわけではないけど…」
私、1週間後が本番なんだよ?普通に康太と会話しているけど、本当はこの時間ですら惜しいんだから。……まあ、さっき休憩に入ったから問題ないと言えば問題ないのだけど。
「…………あると言えばある」
「え?なにが?」
「…………用事」
先ほどは"用事がない"ような発言をしたのに康太は撤回した。
用事があると言えばあるって一体どういうことだ。……彼の手元にカメラがあるのが凄く気になるけど。私、流石に今の姿を撮ってもいいよと許可は出せないよ?普通の人は私のこの姿を知らないわけだし。知りたくもないだろうけど。私が他人ならどうでもいい。
「…………安心しろ。別に写真を撮りに来たわけではない」
「え、あ、そうなの?」
私が気にしていたのが分かったのか。康太は持っていたカメラをテーブルの上に置いた。
じゃあ、何をしに来たというの。
「…………」
「康太?」
康太を見つめるがフイッと視線を逸らされた。
え、私、変な顔だったかな?いや、普通だと思うけど…。ただ、何しに来たのか気になって目で訴えかけたぐらい。
「…………やっぱ帰る」
「え、ちょっと。もったいぶった結果それ!?」
一言だけ言って康太は部屋の窓に手をかけて自分の部屋に帰ろうとした。……普通に考えたらこの図もおかしいけど。
「言ってくれないとこの後勉強に集中できないよ」
休憩が終わって勉強を再開しようとしても康太が言おうとしていたことが気になって勉強に集中できない。
試験本番まで残り1週間だから今まで勉強したことがテストに出てもちゃんと答えることが出来るようおさらいしないといけない。1分1秒も無駄には出来ないの私はっ!…今は休憩中だけど。
「…………じゃあ気にするといい」
「試験近いの分かって言ってる?」
口ではそう言ったものの康太は分かって言っていると思う。Fクラスだけど流石にこれくらいは分かるはず。
「…………分からない」
「嘘をつけ嘘を」
明らかにいつもと喋り方が違っていた。これでも、康太の隣人として小さいころから関わって来ていたのだからそれぐらいは分かる。それに一応彼女だし。
ふう、と康太はため息を吐いた。
「…………一度しか言わない」
「え、」
「…………試験近いから励ましに来た」
「………へ?」
康太は私の方を見て真剣な顔でそう言った。
が、私は一瞬、康太が何を言っているのか分からなくて変な声が出た。
康太が…励ましに来た?私を?
「…………いつもの椿だからその必要はないみたい」
もしかして康太は私を元気づけようとしていたの?本番まであと1週間しかないから追い詰められているのではないかと思って。
でも、意外にも普段通りな私を見てその必要がないと康太は判断して帰ろうとしたのだろう。
…康太が居るって気付く前は不安でたまらなかったけど、康太と会話したお陰でいつも通りになったということは彼は気付いてない。何気に元気づけて貰ったんだけどな。
って、よく見たら康太ってば今にでも帰ろうとしている。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
私は慌てて椅子から立ち康太の腕を掴んで引っ張った。
「…………やめっ…!」
引っ張るのを"やめろ"と康太が言った時は私はもう彼の腕を引っ張っていた。
その反動で康太は私の上に倒れ込んで来て私は踏ん張ることが出来ずにそのまま一緒に倒れた。
私が下で康太が上。なんという光景だ。
「いたた…」
こ、腰打った…。痛い。でも、クッションの上に倒れたから多少は軽減されたけど。
「…………椿が急に引っ張るから」
「だって、康太が帰ろうとするから」
「…………普通、用事が終わったら帰る」
「私が引き止めているのに?」
「…………」
康太は言葉が続かなかった。引き止めているのに帰ろうとした自分が悪かったと気付いたのだろう。
「ね?どっちが悪いか分かったでしょ?」
「…………」
「で。励ますってどのように励ますつもりだったの?」
「…………すまない椿…」
「え?」
暫く無言だった康太がようやく口を開いたと思ったら何故か謝罪の言葉。
あ、もしかして自分が悪かったから謝ろうとしたのかな?でも、話の展開からしてそうではないみたいだけど。
…って、康太。良く見たら鼻を手で押さえている。ま、まさか…
「…………は、鼻血が…」
「え、ちょ…って、良く見たら何処に腕を当ててるの!?」
「…………こ、これは事故で…!」
「早く退けろぉぉおお!!」
上に乗っていた康太を無理矢理退けて私は彼にティッシュを差し出した。
……部屋に血が付かなくて良かった。
春はもうそこまで来ている…………「応援している」って言うの忘れてた。
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後書き
遅くなって大変申し訳ございません(土下座)
22222を踏まれた方からのキリリクで「受験生の彼女で弱気になっているところを励ましてもらう」という内容でした。
管理人、受験したのは随分前(いうて数年前)の事ですから記憶を呼び起こすことから始めました←
キリ番踏まれた方のみお持ち帰りOKです。
リクエストありがとうございました!
(2012.03.04)
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