▽ 春は来ていた
「はぁー…」
あれからどれほどため息を吐いただろうか。
私はけじめをつけるために、そして土屋君の幸せのために彼と距離を取ることにした。今までは陰から土屋君の姿を追っていく日々を送っていたのだが、最近では視界に入らないように頑張る日々を送っている。
これほど苦痛なものだとは思わなかった、というのが正直な感想。
「椿。アンタ酷い顔しているわよ」
ため息混じりの声に思わず振り向くと友香が居た。
「そんな!この顔は生まれつきなのにっ!」
「……意外にも元気じゃないの」
「意外、って…」
私、そんなに落ち込んでいるように見えたかな、と力無く笑った。
「……まぁ、いつもに比べれば元気が無いように見えるのは確かだわ」
「そう、かな…」
「無理に元気だせとは言わないけど…なんかこっちまで調子狂うから…」
視線はよそを向き頬は紅潮している友香を見てニヤリ。
「もしかして心配してくれてるの?」
「そ、そんなんじゃないわよ…!」
「友香ありがとー!」
「ちょ、ちょっと!抱きつかないでよ…!」
ぎゅーっと友香の腰に抱き付くと、離れなさいよと嫌がられてしまった。友香って前から思っていたけどツンデレだよね。そこが魅力的だと思うけど。
「あ、あれ?あそこに居るのって根本君じゃない?」
抱き付く腕を緩めて言う私。Cクラスの入り口にBクラス代表の根本君、もとい友香の元彼が友香に熱い視線を送っている。
根本君ってばまだ友香のことが好きなんだ。一途だねー…。
「知らないよあんな男」
チラッと一度は根本君を見るもののすぐに視線を私の方へと戻した友香。まあ、友香は振った身だからもうその気はなさそうだ。
「ふーん?でも、ずっとあそこに立たれてもあれじゃない?」
「なに?私にどうにかしろって言うの?」
キッと言われても、と私は苦笑い。
あそこでずっとこっち見られると何か気になるしても気になるしなぁ。友香は無視する気満々だし。
「……じゃ、じゃあ私がどうにかしに行ってきます」
私は友香の腰から手を離し、教室入口へと向かって行く。
本当はあんまり関わりたくなかったけど、友香には色々と心配かけてしまったからこれくらいのことはしようかなって。
「お前は友香の友達の……如月か」
思い出す素振りを見せると、ようやく私の名前が発せられた。
ホント、友香以外は興味ないんだなぁ。
「そうだけど。あ、友香はもう根本君と話したくないそうなのでお引き取りを願います」
丁寧に頭を下げると根本君は慌て始めた。
「ま、待て!」
「待たない。さ、自分のクラスに戻った戻った」
私は根本君の言葉を無視して、くるり、と根本君を回し廊下に向かせた。
用事はまだ終わってないぞ!と騒いでいるが、ずい、ずい、っとBクラスの方へと彼を押しやる。彼も抵抗するものの、私に押されてしまっては自然と足は前へ前へと進んでしまうわけである。
「ではでは、さよ〜なら〜」
「如月貴様……!」
と、根本君が何か言って来そうだったため、私はピシャッとBクラスの戸を閉めた。
ふう、危なかった危なかった、と私は額の汗を拭う。……まあ、実際には汗なんてかいてないが。
さぁて、自分の教室へと戻ろうかな、と踵を返して、Cクラスへと足を向ける。
「あっ……」
目の前に人が立ちはだかり、ピタリと足を止める。ふと、視線を相手の顔に向けると―…
「つ、土屋君……」
私の好きな土屋君が居た。
ど、どうしよう…。土屋君の幸せのために頑張って避けていたのに…。
「…………如月」
こうやって目の前に居られると、我慢していた気持ちが込み上げてくる。
ああ、やっぱり私。諦めきれてないんだ。
「…………」
土屋君は何を考えているのか分からないけど、じいっ、と私の顔を見つめている。
わ、私の顔に何か付いているのかな?それとも、今日の髪型変なのかな?それとも唇カサカサ?あ、リップ塗ったっけ…?
あわわわ…!どうしよう。今、絶対に顔真っ赤だ。
「あ、あの…私、何か変、かな?」
喉がカラカラだ。上手く喋れない。
「…………うん、変」
「え、えぇ…!?ど、何処がどのように変?」
変、と言われて慌てる私。
土屋君の前なのに変だったなんて恥ずかしい…!
「…………根本とは普通に話しているのに、俺には話してくれない」
「え、あ……」
「…………如月の気になる奴って、根本?」
あのパッツンなわけがない…!
「違う!違う!絶対に違う!」
私は必死に否定した。
だって土屋君に私の好きな人が根本君だって誤解されているのは嫌過ぎる…!別の人と勘違いされるならまだしもあの卑怯で有名な根本君なんて…!あ、あんまり言ったら可哀想か。
「…………それ聞いて安心した」
「あん、しん?」
なんで土屋君が安心するんだろうか?土屋君の好きな人って工藤さんだよね?あれ?そんなこと言ったら私が期待するじゃないの…。
「……土屋君。そんなことを言ったら駄目だよ。女の子に期待させることになる」
「…………期待?」
「だ、だって…土屋君は…その…。工藤さんが好きなんでしょ?だったら好きな子以外に…お、思わせぶりな態度を取っちゃ駄目だよってこと…です」
土屋君がまじまじと聞くもんだから私は段々と語尾が小さくなっていった。言っている私がなんだか恥ずかしい。
でも、土屋君は頭上に疑問符を浮かべて私を見ている。え、もしかして今の説明で理解出来なかった?
「…………如月は勘違いをしている」
「勘違い?」
キョトンと土屋君の顔を見る。
勘違い、って私なにを勘違いしているの?
「…………俺は工藤と何でもない」
「えっ…」
だ、だって!と私は言葉を続ける。
「い、いつも仲良さそうに話をしていて…!」
「…………誰と誰が」
「つ、土屋君と工藤さん……」
「…………俺たちはそういう仲じゃない」
「じゃ、じゃあ…私が見ていたのは…なんなの?」
そうよ。仲が良くないのであったら私がいつも見ていた土屋君と工藤さんは何?一体なんの話をしていたの?
「…………俺が一方的に相談に乗ってもらっていただけ」
「そう、だん?」
「…………如月の」
何の?と首を傾げると、土屋君はボソリと言った。私の名前を…。
何で…なんで私の相談?良く分からないよ土屋君。ちゃんと言ってくれなきゃ。
「…………」
私、迷惑かけた?――…確かに、ストーカーまがいなことはしていたけど…。それで相談に乗ってもらっていたのかな。ああ…確実に嫌われたんだ…。私のバカ…。
「…………俺、1年の時から如月の事が気になっていた」
「……え?」
私が思っていたこととは別なことを言う土屋君に私は驚いて目を丸くする。
「…………好きだ。付き合ってほしい」
私は涙が止まらなかった。
だって、好きな人のために恋を諦めて。でも、実際に会ったら想いは止まらなくて。
そんな状況で『好き』って言われて…。これほど幸せなことはない。
「…………如月?」
「嬉しい…ありがとう…」
おかしいよね、嬉しいのに涙を流すなんて。
最初土屋君は狼狽えていたけど、私を落ち着かせるために背中をさすってくれた。
そして、最後は抱きしめてくれた。
ああ、私。今なら死んでも悔いはないな、と思った―…。
春は来ていた…………如月の頭から良い香りがした。
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後書き
キリ番21000を踏まれた方からのリクエストで内容は『キリ夢14444の恋よ、さようなら』の続編でした。
特に指定が無かったのでハッピーエンドという感じで書かせて頂きました。
勘違いのままで終わらせたら悲しいですしね…。
21000番を踏まれた方のみお持ち帰りOKです。
リクエストありがとうございました!
(2012.01.03)
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