▽ ドキドキ注意報
「…………写真撮るの止める」
「……は?」
突然の告白に私は思わず耳を疑った。え、あのムッツリーニという異名を持つ康太が写真を取るの止める、だと?
私が言うのもなんだが康太から写真を取ったら一体何が残るというんだ。あ、保健体育か。でも、性に対して異常な程の関心がある康太がどうしてそんなことを言い出したのだろうか。
「熱でもある?」
「…………そんなものはない」
サッと康太の額に手をやってみるが熱くなかった。本当に、熱はないみたい。それじゃあ頭でも打ったのか?いや、そんな感じではないな。
「しゃ、写真撮るの止めるって…ムッツリ商会での販売はどうすんの?吉井とか利用してるじゃん?」
「…………写真を撮るの止めるのならムッツリ商会も閉店」
「は……」
「…………そもそも写真を撮る費用等が必要でムッツリ商会を始めた。写真を撮らないのならもう不要」
「…あ、盗撮とか盗聴は!?」
「…………もうしない。盗撮も盗聴も犯罪」
どうしてここまで必死になっているのだろうかと自分でも不思議だ。
自分の好きな人がまともな道へと歩もうとしているのに何故元の道へと戻そうとする?そうよ、このまままともな人間になってくれれば良いじゃない。
でも、康太から盗聴も盗撮も犯罪、なんて普通のコメントが返ってきて私は違和感を覚えた。……こんなの康太らしくない。
「―…ねぇ、どうして止めるなんて言うの?あんなに必死になってやってたのに」
「…………」
「いつも屋上から双眼鏡でチェックしていたじゃない。女の子の」
なんだか自分で言っていて悲しくなってきた。
私、こんな奴のことが好きなんだよね。……本当、何処が良いんだろうと自分に問いかけたくなる。
「…………好きな奴が出来た」
「は?」
写真を撮ることを止めるきっかけとなった理由が…え?好きな人が出来た?いや、まさかまさか。康太に限ってそんなことはない。きっと私の聞き間違いだ。
「…………俺がやっているようなことを女子は嫌う」
「…………」
「…………だから、止める」
私の聞き間違えではなかった。康太は真剣な顔で言った。
あぁ、そうか。康太は好きな人が居たんだね。もしかして工藤さん?でも、工藤さんなら問題ないと思うのに…。
あ、もしかして私の知らない子かな…。その子のために康太の趣味、生きがいであったものを止めるなんて…なんだか気に入らない。
「……康太からエロを取ったら何が残るんだよ」
またまた自分で言っていて悲しくなってきた。
私、こんな奴のことが…二度目なので略します。
「…………俺をなんだと思っている」
「ムッツリーニという異名の通りだけど」
「…………」
康太は複雑そうな顔をした。いや、だってそうでしょ?最初にFクラスで出会った時なんて美波のスカートん中を見て鼻血を噴き出していたじゃない。
……まぁ、もういいや。康太が決めたことなんだから私がとやかく言うのもおかしい。
「……とりあえず頑張りなよ。応援しているから」
「…………(コクリ)」
私は軽く手をあげてその場から走り去って行った。
康太に好きな人がいるんだったらもう一緒に帰らない方がいい。そう思って。
でも、康太は今までどうして私と一緒に帰ってくれたりしたんだろ?好きな人が居るんだったらその子に勘違いされないように私と帰るべきじゃないのに。
…あぁ、そうか。康太は優しいから一緒に帰ってくれたんだ。……今度からは康太の優しさに甘えないようにしよう。
* * *
康太の『ムッツリ商会閉店』宣言。吉井や他の男子達からは何度も引きとめられたけど、本人の決心は揺るがなかった。男に二言はない、と。
私はというと、なるべく康太から距離を取るようにした。なのに…
「…………椿」
康太はやたらと私に構う。
「何か用?」
「…………用はない」
「じゃあ呼ばないで。私、忙しいんだから」
本当は前みたいに一緒に帰りたい。けど、それをしたら康太の恋を邪魔することになる。
「…………何故避ける」
「何故って…それは康太が良く分かっているでしょ」
「…………分からないから聞いている」
「はぁ…?」
私が頑張って康太と関わらないようにしてるのに…なんだかバカみたい。
「康太が好きな人が出来たっていうから頑張って距離を取っているんじゃないの!なんでそんなことも分からないの!?」
「…………」
「な、なによ…そんな顔して…!」
「…………椿は勘違いをしている」
勘違い、と言われて私はぽかーんとした。
「勘違い?どういうこと」
「…………俺が好きなのはお前の良く知っている奴」
「工藤さん」
「…………違う。もしも工藤だったら写真撮るの止めるなんて言わない」
「た、確かに…」
自分で言っておきながら納得してしまった。
じゃあ一体誰よ、と私は問い掛けると、康太は真っすぐ指を差した。
「…………え?」
―…私に向けて。
私は後ろを振り返るがそこには誰も居ない。も、もしかして康太って……!
「幽霊とか見える人!?」
な、なんてこった…!霊感があったのか…!もしかして、今まで私の方を見ていた気がした時って私の後ろにいる誰かを見ていたってことだったのか…!
「…………幽霊なんて見えない」
あ、あれ。違ったの?じゃぁ…え?
私が疑問符を浮かべていると―…
「…………俺が好きなのは椿」
頬を染め目線は少しそれたところへと向いていた。
え、康太が、誰を好きだって…?
「え、え…えええ!?」
「…………椿は俺のこと好き?」
私はようやく状況を理解して火がついたように赤くなった。
そ、そんなの決まっているじゃないの…!
「す、好き、です……」
自分の気持ちを口にすることってこんなにも難しいことなのか。口の中が乾燥する。喉はカラカラだ。
私がそう言うと康太は良かった、とほほ笑んで近づいてきた。
「…………両想い。嬉しい」
「わ、私も…嬉しい」
康太は私の両肩を掴み、目を閉じた。
あばばばば…!こ、これって来ちゃうのか…!?いきなりキスですか…!
私はそっと目を閉じて唇に触れるのを待った―…
「あ、あれ?」
いつまで経っても唇には何も触れてこなくて私はおかしい、と思って目をそっと開けてみるとそこは見覚えのある天井だった。
一瞬理解出来なかったけど―…
「って、夢落ちかぃぃい!」
あのドキドキを返せ!!!!
でも、どうせならキスして目を覚ましたかったな、なんて思った。
ドキドキ注意報…………何かあった?
何もない…!
++++++++++++++++++++++++++
後書き
キリ番15100を踏まれた蒼様からのリクエスト『連載の番外編でムッツリーニとギャグ甘』ということでした。
ギャグ甘。色々と悩んだ結果、まさかの夢落ちという内容になりました。
夢って良いところで目が覚めてしまいますよねぇ…私も良くあります←
蒼様のみお持ち帰りOKです。
リクエストありがとうございました!
(2011.12.30)
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