バレンタイン企画2013 | ナノ


▽ バレンタイン補整


「今日、バレインタインだな」

「………」

放課後の帰り道。
モトハルのその言葉で俺は頭を抱えた。

「…どうかしたのか?」

「…いや、別に。何も…」

「何もないってわけではなさそうだけど…」

バレンタイン。
バレンタインは女子が好きな男子、またはお世話になっている人へと感謝の気持ちを込めてチョコレートを渡す日―…なんだが、俺は毎年毎年頭を抱えなくてはならない日でもある。
モトハルが居る前では今までは平然を装っていたが、今回はそういうわけにもいかないようだ。何せモトハルがバレンタインという単語を口にしてしまったから。

『としゆきー』

モトハルがバレンタイン、と言ったせいかなんなのか分からないが遠くの方から俺を呼ぶ女子の声が聞こえてきた。
俺は何事もなかったかのように土手を歩き続けて居たが、モトハルは不思議そうに、

「誰か呼んでるぞ?」

と、聞いて来た。
頼むから聞かなかったことにしてくれ。気のせいだったということにしてくれ、と思いながら俺はモトハルの言ったことに首を振った。

「なんかスキップしながらこっちに来るぞ」

「そんなのは見えない」

「物凄い笑顔でこっちに来るぞ」

「気のせいだ」

「やっぱりお前の名前を呼んでいるぞ」

「モトハル疲れているだろ。ファミレスでも入って休憩しよう」

「お前が疲れているだろ」

「……」

モトハルはどうしても俺に認めてほしいようだ。女子に呼ばれているということを。
…いや、流石に俺でも分かっている。呼ばれていることぐらい。それに、この声は聞き覚えがある。そもそも忘れようがない。

「もー。としゆき。暫く会わないうちに耳遠くなった?」

そして追いつかれてしまった。

「やっぱり知り合いじゃねーか」

「知らん。俺は知らん」

誰だよ、紹介しろよというモトハルだが俺は知り合いではないと言い張る。とりあえずは。

「ひどい…生島に言いつけてやる。そして、最終的にはヤナギンや羽原さんにも―…」

「すいません。それだけは勘弁していただけませんか」

真田東女子高校の制服を身にまとう女子生徒。黒髪ストレートで長さはセミロング。俗に言う清楚系の女子高校生。
彼女の名前は櫻木雫。
雫は生島と同じ高校の友達で、生島伝いで柳と羽原とも友達になったみたいだが、あの2人が出てくると俺の命がなくなる。

(おい、唐沢)

丁重にお願いしていると横からつつかれた。

(こんな可愛い子、知り合いに居るんだったら紹介しろよ)

(いや、雫は…)

(いつの間にか名前を呼び合う仲にまで…)

(話を聞け話を)

羨ましいというモトハルだが俺はそう思わない。…いや、雫を初めて見る奴ならそう思っても不思議ではないだろう。
俺だって生島に紹介されたときはドキドキした。
周りに居る女子があんな奴らばかりだからか、まともな女子の知り合いは居なかった。まとも、というよりも、可愛い女子。
最初は内心、テンションあがった。男子高に通って居たら女子と知り合う機会なんてそうそう無いからな。…知ってて男子高に行ったけど。

「としゆきっ」

モトハルとヒソヒソ話をしていると再び俺を呼ぶ声。
振り向くとふんわりと笑う雫。周りに花が飛んでいるようにも見える。幻覚か?とも思えるくらい、雫の笑顔はなごむ。

「今日ってバレンタインでしょ?だからね」

ガサゴソ、と手に持っていた紙袋の中からラッピングされたフォンダンショコラを取り出した。

「としゆきのために作って来たのっ!」

はい、どうぞ、と手渡しされて俺は戸惑いながらも「あ、ありがとう」とお礼を言う。
恐る恐る手を伸ばして受け取ろうとしたが、ふいに雫の手に触れてしまった。
俺だって男子高校生。ドキドキしないわけがない。

「手、触れちゃったね」

「……」

はにかむ雫は俺を殺しにかかって来ているだろうか。
俺がさっきから雫を避けて居た理由はこれだ。
雫は天然。
自分では何気ないことだと思っているようだが、そんなことを健全な男子高校生にされてしまっては心臓がもたない。
俺は去年、同じ目にあっている。
雫がありのままの自分で俺に接すれば接するほど、俺はどうしていいのか分からなくなる。

「唐沢。俺、帰っていいか」

なんでこんな日にお前らの青春を見なくちゃならないんだ見せつけですか苛めですかなんて言いながらモトハルはそそくさと帰ろうとした。

「頼む帰るな」

勿論俺はそうさせない。
モトハルが俺達の元から離れようとする前にしっかりと腕を掴んだ。

「ねえ、としゆき」

そしてまた雫のターンだ。

「今すぐ食べてくれないかな?」

「此処で…?」

「うん、としゆきが食べている姿を見たいの」

だから…!
そういう発言は慎んでくれないか…!
他のところでも同じようなことをしているのではないかと思うと気が気ではないが、とりあえず今は自分のことで精一杯だ。

「あ、もしかして、あーん、してほしい?としゆきがそこまで言うなら…してもいいよ…?」

「自分で食べさせてくださいお願いします」

もじもじと照れながら、そして、頬まで染めながら言う雫。効果抜群だ。
俺は断った。何故かって?モトハルも居る前でそんなことができるわけがないし、それに、何度も言うようだが俺の心臓がもたん。
パっと見、いつも通りに見えるかもしれないが、今、心臓が異常なくらい速い。

「……」

自分で食べる、と言っておきながら俺は袋を開けようとしなかった。
本当にここで食べた方がいいのか…?
モトハルは貰っていないのに隣で食べていいのか…?
俺としては家でこっそりと食べたいけれど、やはりそういうわけにはいかないのか…?

「私のこと…嫌い?」

考え込んでいると雫はそう言って目に涙を浮かべていた。

「折角としゆきのために用意したのに…」

た、頼むから…!
頼むからそういうのはもう止めてくれ…!
俺がもたない…!

「おい、食べてやれよ」

「……」

モトハルに急かされて俺はゴクリ、と喉を鳴らした。
…此処まできたら食べるしかない。
もうあとはどうにでもなれ…。
俺はそう思いながら雫が作ったフォンダンショコラを1口食べた。

「…おいしい」

「本当?よかったぁ…!」

本当に嬉しそうな顔をする雫を見ていると俺まで嬉しくなってきた。
…ああ、もう。我慢していたのに。
俺は雫のことを抱き締めた。


バレンタイン補整


++++++++++++++++++++++++++
後書き

バレンタイン企画第5段。
目からビーム様からいただきました「天然夢主の発言に頭を抱える」話でした。
「天然」ってことと「こんなこと言われたら落ちるな」と個人的に思うものを想像しながら書いてみました。
楽しかったです(笑)
参加していただきありがとうございました!
(2013.02.24)
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