バレンタイン企画2013 | ナノ


▽ 喜ぶ顔が見たい


2月4日は立春で暦の上では春を迎える。
そうは言っても寒いことには変わりなく、ブルブルと身体を震わせている毎日を送っている。
今日も出来れば家から出たくないところだが、菊さんに「一緒に出かけませんか」と誘われてしまっては家から出るしかない。

「今日も一段と冷えますねー…」

そう言って菊さんは自分の息で手を、ハァ、と温める。
寒いのなら家でコタツに入ってぬくぬくしたらいいのに、なんて思ったが私はそれを口にしなかった。
折角菊さんから誘っていただいたのに、このご好意を無駄にしてしまうことになるから。

「はい、そうですね」

私は無難な返ししかできなかった。
…無難、というか、下手したら会話を続けさせる気がないのかと勘違いされてしまう恐れがある返しだ。もう少し気のきいたことを言えたらいいのにな、と後悔。

「そ、そうだっ!菊さん、デパート行きませんか?」

「デパート、ですか?」

思い出したかのように、いや、明らかに不自然とも取れる言い方をすると菊さんは「どうしてデパート?」と言っているかのように小首を傾げた。

「何かやっているのですか?」

「いえ、そういうわけではないのですが…」

寒いから温かいところに行きたい、なんて言えるわけがない。

「ほ、ほらっ。デパートといえばデパ地下。デパ地下といえば試食コーナーですよ!私、小腹が空いてしまいまして」

苦しい言い訳である。
まあ、でも、デパ地下の試食コーナーは好きだから全然問題はない。
…しかし、私がこう言ってしまうと菊さんは「でしたら、何処でお茶しましょう」なんて言い出すんじゃないか、と内心ビクビクしていた。お茶しましょう、になると私はしばらく動かないから折角外に出てきた意味がなくなってしまう。
…お茶をするのなら最後に、だ。

「デパ地下ですか。いいですね。是非行きましょう」

パン、と手を合わせて笑顔で言う菊さん。
良かった。別の意見が出なくて。
目的地も決まり、自然と足が軽くなった。
私たちは近くのデパートへと足を運んだ。

「バレインタインですね」

デパ地下に足を踏み入れるとそこはバレインタイン一色だった。
そうか。もうそんな時期か。すっかりと忘れていたよ。

「なんか凄い熱気ですね…」

チョコレートを選んでいる女性たちの目は本気であり、下手に近づくと怒られるんじゃないかと思うくらいだった。
でも、バレンタインが近づけば近づくほどチョコレートは売れてしまうし、今のうちに選んでおいた方がいいかも。

「菊さんはどんなチョコが好きですか?」

折角、菊さんと来ているわけですし、この際、菊さんの好きなチョコレートをプレゼントするってのも手だ。
…本来なら手作りチョコをあげたいのだが(一応はあげる予定だが)、上手くいくとも限らない。
いわゆる、保険って奴です。
菊さんは「そうですねぇー…」と漏らした。

「美味しいものであれば何でも」

「それ答えになってませんよ…!」

私が聞きたいのはそういうのじゃない。もっとこう…菊さんが欲しいのは「これだ!」と特定できるピンポイントな情報が欲しいんですよ。

「じゃあ、菊さんは質より量ですか?それとも量より質ですか?」

バレンタインチョコとなるとその辺りも重要になってくる。
安くて沢山入っているものや、値段の割にはあんまり入っていないものもある。

「私は量より質ですね。食べれるなら沢山食べたいですが、少量のものを味わって食べるのもオツなものです」

「おお…!」

流石菊さん…!なんだか回答が素晴らしい。と、私は勝手に感動する。

「じゃあ、菊さんの食べたいチョコをプレゼントさせてください…!」

「えっ、私に下さるのですか?」

「勿論ですよ。菊さんにはすごくお世話になっていますから…!」

自分にくれると思っていなかった菊さんは驚いた声を出す。気を遣っているようで申し訳ない、とでも言いたそうな表情になる菊さんだが、すぐに顔がほころんだ。

「雫さんはどんなチョコが好きですか?」

「わ、私、ですか…?」

まさか自分に聞かれると思わなかったので慌てる。
ど、どうしよう。
チョコって言っても色々な種類があるし、私、どのチョコも好きだし…ああ、選べないよ…!

「あっ、こんな感じのとか好きです…!」

デパ地下を歩いていると目に止まったある1箱のチョコレート。
社名は良く分からないけれど、見た目が和風っぽくてなんだか菊さんを連想させる感じ。それになんだか美味しいそう。

「なんかぱっと見、和菓子っぽくてなんか可愛いなぁと思って…」

勿論、「菊さんみたいだから選んだ」なんてことは恥ずかしくて言わなかったけれど。
菊さんは「そうですか」と言った。

「では、このチョコをいただけないでしょうか?」

「そ、それは駄目ですよ…!」

「どうしてですか?」

だって、私が「このチョコが良い」って言ったあとに、菊さんが「このチョコが良い」なんて言ったんじゃあ、私に合わせているってのが丸分かりだ。

「…本当にそう思っていますか?私に合わせてないですか?」

菊さんは良く周りの意見に左右されている。自分の意見を言わないことが多い。
「○○さんがそういうのなら私も」というのが口癖だ。だから、私は首を立てに振らない。
でも、菊さんは「いいえ」と言った。

「本当にそう思っていますよ。私もこのチョコを食べてみたいです」

「菊さん…」

「一緒に食べましょう」

「それじゃあ意味がないです…!」

私があげたチョコを一緒に食べるなんてだめだよ…!

「私は雫さんの喜ぶ顔が見たいんです。それでも駄目ですか?」

「……」

菊さんはずるい。
そんな優しい顔で言われると駄目なんて言えるわけがない。
首を縦に下ろすことしかできないよ。

「…菊さんがそれで良いのなら…」

「はい。お願いします」

でも、バレンタインの日が待ち遠しく感じた。


喜ぶ顔が見たい


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後書き

バレンタイン企画第3弾。
管理人案で、バレンタイン前に一緒にデパ地下へ行くネタで書いてみました。
夢主の喜ぶ顔が見たいから自分の欲しいものよりも夢主の意見を優先するとかいいなぁと思いました。
…更新したのはバレンタイン後なのにお話はバレンタイン前という…(苦笑)
(2013.02.17)
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