▽ 血のバレンタイン
バレンタイン当日。
僕たちFクラスの男子はクラスに女子が少ないのにも関わらず朝からソワソワしっぱなしだ。
自分の下駄箱の中をわざわざ見に行ったり、自分の机周辺、それからカバンの中を徹底的に探している奴も居た。
「くそっ…!なんで何処にも入ってないんだ…!」
そして僕も同じである。
探しても探してもチョコレートは出てこない。
「明久ー。お前のチョコなら下駄箱にあったぞ」
Fクラスに入ってきた雄二がしれっと言ったが、僕は「なんだって!?」と声をあげた。
なんだぁー。僕が此処に居座って居た間に恥ずかしがり屋な女の子がコッソリと入れに行ったんだね。なんて可愛らしいんだろ。
も、もしかして雫かな…?
「安心しろ―。雫ではないことは確かだ」
「何で分かるのさ!?」
「入れてたのは男だから」
「ノォォオオオ!?」
僕はうな垂れた。
どうして…!
どうして神は僕にこんな仕打ちをするのでしょう…!僕が一体何をしたっていうんだ…!
「…ま、嘘だけどな」
「雄二キサマァァァア!」
なんていう嘘を吐いてくれんた!と言わんばかりに雄二の胸倉を掴もうとするが、雄二はヒョイっと避けた。
「…朝から元気じゃのう…」
「…………いつものこと」
僕たちがそんなやりとりをしていると、まだ来ていなかったムッツリーニと秀吉が登校してきた。
そして、彼らは信じられない物を手にしていた。
「2人とも…それどうしたの!?」
可愛くラッピングされたブツはどう見たって貰ったお菓子。チョコレート。
秀吉は、「ああ、これはのう」と何の気なしに口を開いた。
「さっき雫に会ってのう。ワシらにくれたのじゃ」
僕と雄二はうな垂れた。
自分らにはくれなくて、2人にはあげた、という事実がなによりもショックだったから。
「…………心配することない。雫は2人にもあげると言っていた」
「ホントか!?」
何故か真っ先に雄二が反応した。
雄二は霧島さんがいるんだから別に雫からのチョコが貰えなくても良いんじゃないの?
これを雄二に言ったら「アイツは違う」って言ってくるんだろうな、なんて思いながら僕は黙っておいた。
「ただ、ワシらにくれるのはどれも同じもののようじゃがのう…」
「…それってつまり」
「…………雫にとって俺達は」
「友達、ってワケか…」
今度は僕らみんなでうな垂れた。
皆がそうなる気持ち分かるよ。
Fクラスの男子なら雫のチョコは欲しいって思うよ。
雫はFクラスの清涼剤だし、可愛いし、気が利くし。なによりも優しいし。
そんな彼女が自分を"特別な存在"と思っていたらどんなに嬉しいことか。…みんな同じモノを渡しているところ(少なくともムッツリーニと秀吉)を見ると僕らは彼女にとっては同等な存在。
「…………いや、待て」
そんな中、ムッツリーニは顔をあげた。
「…………逆を考えろ。雫は俺達のことを"友達"とは思ってくれている、と」
「ムッツリーニは前向きだね…」
僕はそこまで前向きになれないよ、と落ち込んだままだったけれど、秀吉まで声をあげた。
「いや、ムッツリーニの言う通りじゃ」
「え?」
ああ、そうだ。と雄二まで同意した。
「考えてもみろ。雫はFクラス全員にチョコを配っているわけではない」
「……!」
た、確かに…!
仲の良い僕らにだけチョコを配っている、と考えればこれはこれで価値のあるもの…いや、勝ったも同然ではないのだろうか。
「お、おはよー」
そんな中、渦中の人物である雫がFクラスに入ってきた。
いつもなら元気よく、そして、明るく入ってくるのに、今日は何処となく恥ずかしそうにしていた。何でだろうか。
「あっ、明久と雄二っ…」
雫はそう言って手に持っていた小さな紙袋の中から僕と雄二に手作りチョコチップカップケーキを手渡した。
「今日、バレンタインだから…2人にあげる」
「あ、ありがとう」
「お、おう…」
なんだかいつもと様子の違う雫に何故か僕らまで照れてしまった。
そして渡し終わった雫はそそくさと自分の席へと向かって行った。まるで僕らから逃げるかのように。
「…どうしちゃったんだろ雫」
「明久が気持ち悪くて逃げ出したんだろ」
「…………明久がいやらしいことを考えていたから逃げ出した」
「どうして僕のせい!?てか、僕のせいだけじゃないよね!?」
「そうでもなさそうじゃな」
「秀吉まで…!」
秀吉までそんなことを言うんじゃあ僕に味方は居ないじゃないか…!
ああ、なんだか涙が出てきそうだよ、と思って居たら秀吉は「いやいや」と否定した。
「あれを見るのじゃ」
と、秀吉は雫の方を指した。
「雫はさっきから紙袋を気にしているところをみると、まだ渡せていない人がいるようなんじゃが」
「でも、僕らはみんな受け取ったよ?」
それに、それがどうして僕のせい、って話につながるのだろうか。
「Fクラスに入ってきた時から様子は変じゃった。つまり、雫はワシらに同じものを渡したが、本命の奴にはまた別のモノもあげるつもりなんじゃないかのう?」
「「「何っ!?」」」
秀吉の言葉で活気が戻った僕ら。なんて単純なんだろう、って僕でも思った。
(…此処でこいつらを始末しておけば雫の本命チョコは僕のもの…!)
(…此処でこいつらを始末しておけば雫の本命チョコは俺のもの…!)
(…………此処でこいつらを始末しておけば雫の本命チョコは俺のもの…!)
みんな同じ顔で睨みあっているところを見るときっと僕らは同じことを思っているに違いない。流石は悪友たち。
秀吉だけは苦笑いしていたけれど。
(よし。此処はまず、雄二とムッツリーニに…)
勝負をしかけるしかない。
僕が勝てるものと言えばなんだろうか。料理?いや、2人とも料理は下手ではないしなぁ。運動?これも2人とも運動音痴ではないし…。
僕が勝てるもの…
「皆さんおはようございます」
そう考えていると登校した姫路さんが教室に入ってきた。
「今日はバレンタインなので皆さんにガトーショコラを作ってきました」
僕らは動きがピタリと止まった。
ガトーショコラ、だと…?
「でも…上手く作ることができなくて3つしかご用意できませんでした…」
「最強王者決定戦!ガチンコバトル対決ー!」
「「「イエーイ!」」」
あ、あれ。
こんなこと前にも何処かでやった気がするぞ。デジャヴか?そうなのか?
僕らは姫路さんが"ガトーショコラ(のような何か)"を見せたところで真剣勝負のじゃんけんをはじめた。
いつもなら、あいこが何度も続くのに、今回は―…
「…………俺の1人勝ち」
何故かムッツリーニだけ勝ってしまい、それ以外は皆負け。
僕らは喜んで姫路さんのガトーショコラをいただきました。
正直、その後の記憶はありません。
結局、雫が誰に本命チョコをあげたのか分かりませんでした。とほほ。
けど…
「康太君。ごめんね。こんなところに呼び出して」
「…………問題ない」
「これ…よかったら貰ってくれる?」
「…………?朝も貰ったけど」
「朝のは…その…カモフラージュと言いますか…」
「…………?」
「……私の本命チョコを受け取ってくれますか…!」
「…………!?」
何処かでムッツリーニの鼻血が噴き出す音が聞こえてきたけど、何だったんだろう。
血のバレンタイン++++++++++++++++++++++++++
後書き
バレンタイン企画第4段。
ミク様からいただいた「Fクラスのメンバーが夢主のチョコを取り合う」でした。
取りあい、と言うよりも最後は姫路さんのチョコで沈められた気もしますが(汗)
遅くなってしまい申し訳ありません(土下座)
参加していただきありがとうございました!
(2013.02.24)
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