▽ 5日目
契約彼氏5日目。ようやく中間地点である。
最初は「告白を断るため」に竜持君に彼氏のフリを頼んだのだけれど、今は違う。
…私、やっぱり竜持君のことを意識している。
できれば少しでも長くこの関係を継続していたいと思っている。
『明日、練習試合があるんで応援に来てくれませんか?』
昨日、竜持君から電話がかかってきたと思ったら、練習試合を見に来てくれとのことだった。
竜持君は桃山プレデターのことについてあまり話してくれなかったから、このお願いは正直驚いた。
…彼のことだから何か企んでいる気もするが。
(それよりも…)
それよりも、試合があるんだったら昨日私と一緒に過ごさない方がよかったんじゃ…?てか、本当に練習は休みだったのか疑問でもある。
…いや、竜持君のことだ。
流石に練習を休んでまで私を優先するだなんて思えない。私の考え過ぎだ。
私は首を左右に振って今までの考えを頭から消した。
「わぁ…人がたくさん居る…」
練習試合のあるグラウンドへと着くとそこは人が沢山居た。
日曜日だからだろうか。
応援席は満席、とまではいかないけれど、空席はあまりない。
(あっ…竜持君いた…)
グラウンドに視線を移すと、竜持君はボールの行方を確認しながら走っていた。
竜持君の顔は真剣そのもの。
昨日、一緒にいたあの竜持君とは別人、とまではいかないけれど、それぐらい違っていた。
お陰で胸のドキドキがおさまらない。
(えっ…!?)
竜持君は私に気がついたのか、パチリ、とウインクを飛ばして来た。
再び心臓がドキリ、ドキリと鳴る。
竜持君は視線を戻すと、ボールが彼に渡った。
そこから1人、2人かわしてシュート。そしてパサァっとゴールネットが揺れた。
(竜持君…)
先ほどのウィンクは「今からゴール決めるから見ててください」とでも言っているかのようだった。
私と竜持君…2人だけが分かるアイコンタクト―…これが今の私にとっては何よりも嬉しいものだった。
* * *
「知里子さん、来てくれてありがとうございます」
試合が終わって応援席に来た竜持君はにっこり笑って言った。
「ううん。むしろ呼んでくれてありがとう」
私、竜持君がプレイしているところ見てドキドキしたよ、と正直な感想を言う。
竜持君は優しく微笑むだけだったけれど、私はそれだけでもう満足だった。
本当に付き合っているみたいだ。
ああ、こんな関係がずっと続けばいいのにな、なんて思うのはやはりワガママだろうか。
「なんやぁ?もしかして竜持君の彼女?」
竜持君の後ろの方からひょこっと出てきたポニーテイルの女の子。
大阪弁を喋っている明るい子だが、ニヤニヤしながら私にそう聞いて来た。
「え、あ、いや…その…」
仮の彼氏彼女の関係なんて言えるわけがない私はあたふたする。
何て説明したらいいんだろうか。
友達?…ていうのも変だしな。竜持君がサッカーチームでどんな人ってのかも良く分からないけれど、学校でも同じ感じだったら余計に怪しがるだろうし。
「エリカさん、そんな迫るように聞かないであげてください。知里子さんが怯えているじゃないですか」
「ウチは別にそないなつもりは…」
"エリカさん"
…竜持君が彼女のことを名前で呼んでいて胸がチクリとした。
竜持君…もしかして彼女のことを好きなんじゃないかな。
それで、私を練習試合の応援に呼んで彼女の反応を見ようと思っていた、とか…。
「で、結局のところはどうなん?」
「そんなに知りたいですか?」
ただ、会話をしているだけなのに、私は一度"竜持君はエリカちゃんって子のことが好きかもしれない"と思ってしまったせいで、頭の中は全てそれでいっぱいになってしまった。
「そりゃ勿論」
「…ご想像にお任せします。ね、知里子さん?」
私に話を振った竜持君だったが私は何も言わずに彼らの元を去った。
…竜持君、やっぱり私のことを利用するために呼んだのかな。
(…いや)
それを言ったら私だって竜持君に無理な頼みごとをしているのだから、文句を言える立場ではない。
「…ウチ何か気障るようなこと言うた?」
「…すみません。ちょっと見てきます」
後ろでそんな会話が聞こえてきたが私は足を止めることはなかった。
「知里子さん…?」
竜持君が名前を呼ぶ。
私は相変わらず無言で歩き続ける。
「知里子さん?どうかしたのですか?様子が変ですが」
「ごめんね。何でもないの」
「何でもないわけないじゃないですか。あんな態度をしておいて―…」
ハッキリと言ってくれないと分からないですよ。
竜持君はいつものように言うけれど私はいつもの自分でいられなかった。
そもそも、いつもの私って何?何がどう様子が変なの?
頭の中がぐるぐる。心もぐちゃぐちゃ。
何だか自分の態度が腹立だしくてイライラする。
「私、分からないの」
「……?」
「竜持君とは付き合っているフリをしているだけなのに、さっきみたいに別の女の子と話しているのをみると胸が痛いの。苦しいの」
自分でも何を言っているのか分からない。
竜持君も困った顔をしている。
ああ、私。竜持君を困らせたくてこんなこと言っているわけじゃないのに。
これ以上言いたくないのに。
もう止まることができない。
「こんなこと図々しいよね。本当の彼氏彼女ならまだしも…」
「知里子さん」
これ以上言うなとでも言いたそうな目で竜持君は見て来てハッとした。
「10日間の間は彼氏彼女でいること。ですから、図々しいなんてことはないですよ」
竜持君はそう言うけれど私はやはり納得できずに何も言うことはできなかった。
すると、竜持君は「おや?」と声をあげた。
「知里子さん、目の下にまつ毛がついてますよ?」
「えっ―…」
竜持君は私の目の下を指でなぞるとクスリと笑った。
そして、頬に柔らかいものが触れた。
「…りゅりゅりゅりゅりゅ竜持君…!?」
人ってパニックになると上手く名前を言えないんだと言うことが分かった。
分かったけれど竜持君はなんてことをするんだ。
竜持君はまるで挨拶するかのように、ちゅっ、と私の頬に…!
「キスしてほしそうな顔をしていたので、つい」
そして無邪気に笑う。
何が、つい、だ。
よく、ドラマとかでありそうなシチュエーションではあるが、小学生、しかも同級生の男子がこんなことをやるだなんて思ってもいなかった私は竜持君の唇が触れた部分を手で押さえることしかできなかった。
「真っ赤になって面白いですねぇ」
「私は面白くないっ!―…んっ!?」
今度は口を塞がれてしまった。
「そんなに騒ぐと誰か来ちゃいますよ?それとも、知里子さんは皆に見せびらかしたいのですか?それだったら僕は止めませんけど」
初めてのキスだった。
キスは甘酸っぱいとか、フルーツの味がするとか色々と聞くけど
この時のキスは
なんだか無味で冷たかった。
冷たいキスでいいからお互い、本物じゃないと思っているから。
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