契約彼氏(銀オフ) | ナノ


▽ 4日目

契約彼氏4日目。
今日は竜持君とお出かけすることになったのだけれど、何処に行くのかまったく決まっていない。
とりあえずは、約束の時間になったら私の家まで迎えに来てくれるとのことだった。

ピンポーン―…

その約束の時間になると、インターフォンが鳴り響いた。
流石竜持君。時間ピッタリに来るあたりが流石である。

「竜持君。ごめんね」

「…開口一番それですか」

「だって、休みの日なのに―…」

私のためなんかに時間割いてもらうなんて。
本来ならばそう続くはずだったが、竜持君の人差し指が私の唇に触れたため言うことができなかった。

「"だって" は禁止、って言いましたよね?」

「…っ」

艶っぽい表情、言い方をする竜持君。そのせいで私の心臓は大きく脈打った。
…竜持君は普段からこんなことを平気でする人なんだろうか。それだったら一体今まで何人の女の子を落として来たのだろうか。
…彼のことだから私が(女の子が?)そうなることが分かっててやっている気がするけれど。

「知里子さん、顔真っ赤ですよ?」

「だっ、誰のせいよ!」

「さぁ?誰でしょうね」

そしてこのニヤリ顔である。
竜持君は自分のせい、いや、自分のお陰?で私の顔が真っ赤になっていることを面白がっているように見えた。
私と違って完全に楽しんでいる竜持君。

「まあ、真っ赤でも可愛いから別に良いんじゃないですか?」

「…あ、あのねー…!」

「…何か問題でも?」

何が、「何か問題でも?」だ。
問題大ありだ!
しかも、簡単に"可愛い"なんて言わないでほしい。そんな言葉、普段言われ慣れていないから普通に恥ずかしい。
顔が余計に熱くなる。

「からかっているでしょ…!」

「からかってなんてないですよ。ただ、(仮の)彼氏彼女にならないと言えないことなので、この際、言って思う存分楽しんでおこうかと思いまして。そうでないとこんなこと言えないじゃないですか」

からかってない、とは言っても、結局は私の反応を見て楽しんでいる竜持君。
…反論しようとも考えたけれど、竜持君のことだからまた上手く返してくるだろうから私は彼の言うことに対して思っていることを言うことにした。

「竜持君なら普通に言いそうだと思うんだけど」

「流石に僕でも言えませんよ。恥ずかしいです」

「どの口が言うかどの口が」

久々に、以前のように―…仮の彼氏彼女の関係(契約彼氏)になる前のように会話が出来た気がした。
あぁ、やっぱり、こんな感じで会話が出来るのって楽しい。契約彼氏になってしまってからは、私が気にし過ぎか、謝罪が多くなった。…竜持君は気にするなとは言っていたけれど。
竜持君も私と同じように思ったのか、口端が緩んだ。

「知里子さん。何処か行きたいところありますか?」

そう。今日は竜持君とぐだぐだ会話をするために会っているのではなく、一緒にお出かけ―…もとい、デートをするために会っているのである。
竜持君の口ぶりからするにどうやらノープランだったようです。まあ、予想はついていたけれど。
私は少し、考える仕草をし、そして口を開いた。

「…竜持君がいつもサッカーの練習する公園に行きたい」

「そんなところでいいんですか?」

だって、小学生がデートで行ける範囲って限られているし、だったら、竜持君が普段使っている公園を見てみたいと思った。
それに、私のために休日の時間を割いてくれたのだから、竜持君の好きな…興味のあるところに行きたい。
あわよくば、

「私、竜持君がボールを蹴っているところを見たい」

彼が好きなことをしているのを見たい。

「…ボールあるとも限らないですよ?」

「それでもいいの」

それでも。
竜持君がどんな所でどんな風に過ごしているか見てみたいから。
どんな景色を見ているのか知りたいから。
竜持君は「分かりました」と言うと、普段通っている公園へと案内してくれた。

* * *

「お、ボールが転がってますね」

誰かが忘れたのであろうサッカーボールが転がっていた。しかも、運良く結構綺麗なサッカーボール。空気もちゃんと入ってる。
竜持君はそれをひょいっと持ち上げた。
そして、それを膝の上、足の甲の上、頭の上と、リズムよくボールが移動して行く。
サッカーをしている人はこれが出来て普通なのかもしれないけれど、私は素直に凄いと思った。

「竜持君ってやっぱり上手いなぁ…」

竜持君のリフティングを見て思わず本音が漏れた。
だって、ボールが竜持君の身体にすいついているかのように、ひょい、ひょいっといとも簡単に移動していたのだから。

「僕を誰だと思っているんです?」

上から目線のように言う竜持君に対して私は何も言わなかった。竜持君のその態度が「感じ悪い」「生意気だ」と思う人は先生たち大人にも私たち小学生にも居る。
こんな感じだから竜持君に限らず、降矢兄弟たちは私たちの学校では良いように思われていない。
女子の間では密かに「カッコイイ」とかキャーキャー言われているが、性格に問題があって、私みたいに近づく子は居ない。
…彼ら、いや、竜持君は「僕たち問題児ですから」と威張っていっているけれど、本当のところはどうなんだろうか。
「3人居ればいい」とも見えるが、本当は寂しいのではないか。
…私の勝手な推測だけれど。

「竜持君は竜持君だよ。他の人に何て言われようと、思われようと、今は私の彼氏なんだから。私が選んだ人なんだから」

私は気付いたらそんなことを言っていた。
言葉に詰まることもなく、スラスラと。自分でも少しビックリするぐらい。

「……」

竜持君はポカンとしていた。
あ、あれ。私、変なこと言ったのかな?
自分の言った言葉を思い出してみる―…「今は私の彼氏」とか「私が選んだ人」とかって考えてみるとなんだか生意気だな。
うう、またもや失態…。

「ぷ…ふふふ…」

「竜持君…?」

私が落ち込んでいると竜持君は吹き出した。

「いやぁ、まさかですよ。知里子さんにそんなことを言われるなんて」

面白いことをいいますね、とまで言う竜持君。
笑いをこらえようとしているのか、彼の肩はフルフルと震えている。私、そんなに笑うようなこと言ったかな…?思ったことを言っただけだけれど、それがおかしかったのかな。
とりあえず、「生意気」とは思われていないようだった。

「僕は僕ですよね。ありがとうございます」

「どういたしまいて…?」

私は何故お礼を言われるのか分からないまま首を傾げた。
ま、まあ、ここは素直に竜持君の感謝の言葉を受け取ろう。…下手に考えると頭から煙が出そうだし、竜持君の考えていることは私には分からないし。彼は私の反応を楽しんだり、私を試すような発言をしたり、態度を取ったりするからね。

「知里子さんに励ましてもらったので此処は1つ、僕に要望を言ってください」

「…私、励ましたの?」

「ええ。それはもう充分」

「そう、かな…」

竜持君はすごく満足していたけれど、私はそれが理解出来ない。私、励ましたのだろうか。
でも、竜持君がそこまで言うのなら…此処で言う願いは1つ。
私は真っすぐ、竜持君の顔をとらえた。

「…この契約が終わるまでは…好きなフリをお願いします」

初めてのデートで楽しかったけれど(公園に来て竜持君がリフティングしただけじゃない、というツッコミは無しで)、私たちは本当の彼氏彼女ではない。

「分かりました」

そう。これはお互い好きなフリをしている。
ふいに吹いた風が冷たく感じた。

終わりの日まで愛して
契約が終われば、以前の2人に戻る。
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