▽ 3日目
契約彼氏3日目の昼休憩。
いつもなら、昼休憩は女の子友達と教室で話して過ごしているんだけど今日は違った。
「知里子さんいますか?」
「りゅ、竜持君…!?」
突然の来客。竜持君だ。
流石に契約3日目ともなると、私たちの関係を知らない人は少なくなってきた。
「ほら、知里子の彼氏がお出ましだよー?」
「も、もうっ!からかわないでよ!」
そのせいでからかわれるのも日常茶飯事。
私ってば浅はかだったな。いくら告白を断るためだとは言え、竜持君に偽の彼氏になってもらう方が明らかに面倒なことになている。
「すっかり僕らも有名人ですね」
友達にごちゃごちゃ言われながらも私は竜持君の所へと行った。
友達がからかっていることも全部竜持君の耳に届いているはずなのに、彼は何も言わずに優しく微笑んでいるだけだった。
この笑顔は何か含んでいる笑顔なのか、はたまた素の笑顔なのか私には分からないが。
「…イヤな意味でね」
「そう肩を落とさないでください。僕まで沈んでしまいます」
なんだか皆を騙して居るみたいで心が苦しい。
それよりも、自分だけならまだしも、竜持君を巻き込んでしまっていることの方が心が苦しい。
「…まさか、気にしているんですか?ここまで話が大きくなって僕に迷惑をかけてしまったって」
竜持君は相変わらず鋭い。
もしかしたら表情に出ていたせいかもしれないけれど、まあ、実際に自分の顔を見たわけではないのであくまでも推測。
「最初に言ったでしょう?"貸しはデカイ"って」
「そうだけどさ…」
「ギブ&テイクですよ。僕は知里子さんの要望、今回では"付き合っているフリをすること"。次は知里子さんが僕の要望を聞いてもらいます。何の問題もありませんよ」
「……」
竜持君はそう言ってくれるけれど、やっぱり申し訳ない気持ちは消えない。
「…そうだ。明日何処か出かけませんか?」
「えっ?」
「いや、何故そこで驚くのですか?恋人同士なんですから当たり前でしょう?」
「で、でも…」
竜持君は昨日"無理しないように"って言ったばかりなのに、竜持君本人が無理しているじゃないの。
お互い普段の生活を変えないようにって。学校で付き合っているフリをすれば良いだけなんだから出かける必要もないのに。
「明日は練習休みなんです。虎太君たちとサッカーをするのも良いですが、知里子さんと過ごすのも悪くないと思いまして」
絶対に私のことを考えてそう言っている。
昨日、私が余計なことを言ったばかりに。
本当にサッカーの練習は休みなのかもしれないけれど、それだったらいつもなら何の迷いも無しに虎太君たちと一緒に過ごすのに。
「…昨日は少し言い過ぎました。謝ります」
「えっ?」
「あの後ずっと考えたのですが、知里子さんなりに頑張ろうとしたんですよね?」
「……」
「"竜持君に迷惑をかけてしまった。だから、お礼とお詫びを込めてお菓子を作ってあげよう"」
「…それ、私の真似?」
「あれ?似てませんかね?自信あったのですが」
「全然似てないよっ!」
もー!っと、騒いでいると竜持君はクスリと笑った。
「やっぱり知里子さんは明るいのが一番です」
「竜持君…?」
まただ。
胸がドキドキと鳴っている。
竜持君が目の前に居ると煩いぐらい鳴っている。
お願いだから彼には届きませんように、と心の中で願った。
「で。明日、何処に行きましょうか?」
「……」
話が戻ったお陰でドキドキはおさまったが、再び申し訳ない気持ちがよみがえってきた。
「まだ気にしているんですか?」
「だって…」
「これからは "でも" 、 "だって" は禁止です」
「えー」
「えーじゃありません。知里子さん、僕と(仮に)付き合い始めてから沈むような発言が多いですよ?」
そんなことを言われても。
最初は「協力してくれて嬉しい!」っていう気持ちでいっぱいだったが、日にちが経てば経つほど嬉しい気持ちよりも申し訳ない気持ちでいっぱいになってきたのだから。
「僕が知里子さんと一緒に過ごしたいんです。―…これじゃあ不満ですか?」
「そんなこと―…」
"ない"
そう言おうとしたけれど、竜持君の言ったセリフがクラスの女の子たちに聞こえてしまったため、黄色い声でかき消されてしまった。
きみの優しさが苦しいこれは本当のお付き合いではない。
竜持君が私のために色々と考えてくれればくれるほど。苦しい。
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