契約彼氏(銀オフ) | ナノ


▽ 2日目

「で、出来たーっ!」

契約彼氏2日目。
昨日、竜持君に助けてもらったということもあって、私は朝早く起きてクッキーを焼いた。
いつもより早く起きたせいか少し眠いけれど、誰かのためにお菓子を作るのって楽しい。

「竜持君、喜んでくれるかな…」

星ガラがプリントされたビニル袋の中に入れてラッピングすると自然に笑みがこぼれた。
…なんだかこういうのって本当に付き合っているみたい。
渡す時なんかお互い照れちゃって、上手く気持ちを表現できなかったり…。
と、思ったけれど、すぐにその考えは変わった。

「…ないね。竜持君だから何か小言を言いそう」

何珍しいことやっているんですか、とか、貴女がお菓子を作るなんて驚きですね、とか。
明日、雨が降りますね、なんてことも言いそう。

「…虎太君なら文句言わずに食べてくれそうなのになぁ」

少しは彼を見習ってほしいな、なんて思いながら私はクッキーを手提げ袋の中に入れた。

* * *

放課後。
今日は残念ながら竜持君たちと一緒に登校することができなかったため、渡すのは放課後になってしまった。
休憩時間に渡しに行ってもよかったのだけれど、他の人が居る前で渡すのは私にとってハードルが高いので止めた。

「…周りに茶化されるのもイヤだし。ボロ出そうだしね」

その点、放課後は皆帰っているから全然問題はない。
ただ、竜持君がまだ残っているのかどうかは分からないけれど。
…まあ、凰壮君に頼んで「先に帰らないでね」と伝えておいて貰ったから大丈夫だと思う。多分。

(竜持君、待っててくれているかな…)

彼の教室を覗いてみると、竜持君はちゃんと待っていてくれた。良かった。と胸を撫でおろした。

「知里子さん遅いですよ。これじゃあ練習に遅れてしまいます」

「ご、ごめん。すぐに終わるから」

待っていてくれたけれど、機嫌は少し悪いみたい。
…人が居なくなるまで待っていた私のせいなんだけどね。竜持君もそこのところを分かってほしかったけれど、まあ、無理だよね。これは私のワガママでもあるし。

「竜持君、これ…」

竜持君も早く帰りたがっていることだし、早く用事を済ませようと思って、私は竜持君の前に例のものを差し出した。

「クッキー、ですか?」

珍しいこともあるんですね、とでも言いたげな表情で竜持君は受け取った。
…予想道理と言えば予想道理だけど、その反応はどうにかならないのかな。素直に受け取ってよ。頑張って作ったんだから。

「仮でも付き合っているから…手作りのお菓子をあげるのは普通かなって思って」

本当は"昨日助けてくれてありがとう"っていう感謝の気持ちを込めてだったのだけれど、いざ、本人を目の前にすると大事なことが言えない。
"付き合っているからプレゼントするのは当たり前"
竜持君のことを文句言う前に、私の方こそ素直に言えば良いのにな。

「…無理しなくていいですよ」

「え?」

心臓に鉛玉を打ちこまれたような気分だった。
折角、朝早く起きて作ったのに、その頑張りを全て否定された気分だった。
やっぱり止めた方がよかったのかな…。

「……そう、だよね…お腹壊したら練習に響いちゃうもんね」

ご、ごめんね。あはは。
私は無理に笑うと、竜持君の手にあるクッキーを奪い取った。

「…知里子さん?」

「私ってば空気読めって話だよね!こんなのもらっても迷惑っていうか…本当に付き合っているわけじゃないのに手作りとか…竜持君も困っちゃうよね」

「誰も食べないとは言ってないですよ。折角作っていただいたので食べます」

竜持君はそう言って私が奪い取ったクッキーを奪い返した。

「む、無理して食べなくても良いよ…!竜持君がいらなかったら練習終わったあとにでも虎太君や凰壮君にあげてもいいし…。そもそも、竜持君たちにとって美味しいかどうか分からないけど」

「貴女って人は…」

大袈裟にため息を吐かれた。
まるで「そういうことを言いたいんじゃありません」とでも言っているかのようだ。
何なの?私に分かるように説明してよ。

「虎太君たちには絶対にあげません」

「えっ?」

「珍しく知里子さんがクッキーを焼いてくれたんです。独り占めしたって別にバチは当たらないでしょう?」

"珍しく"は余計だけれど、私は何故かドキっとした。
竜持君の言い方、表情。
これらが原因しているのは確かなんだけれど、竜持君も竜持君でいちいち"付き合っている雰囲気"を出さなくてもいいのに。
そんなことをされると…私、本当に竜持君のことを好きになってしまいそう。
それと、と竜持君。

「"仮に付き合っている"ということになっていますが、僕はただ無理してまで知里子さんが頑張る必要はないって言いたいだけです」

最初の話に戻った。
竜持君が"無理をしなくていい"って言ったアレだ。
でも、私には竜持君の言っている意味が理解できなくて小首をかしげるだけだった。

「ああ、もう…ですから」

竜持君も私が理解できなかったことが分かったのだろう。
竜持君は視線を泳がせると、

「バレバレなんですよ。コレのために早起きしたってことが」

私のクッキーを軽くあげてそう言った。
え、バレバレ…!?
私、顔に出てたのかな…!?と、慌てて自分の顔に触れる。

「僕のためにそこまでしてくれるのは嬉しいです。ですが、僕たちは"仮のお付き合い"です。いつも通りの生活を崩さないようにできる範囲でやりましょう」

「そう、だよね…」

私のせいでこんなことになっているのに、竜持君は自分のことよりも私のことを考えてくれているのが逆に申し訳なく感じた。

「クッキー、美味しいです」

1つ1口でペロリと食べてからにっこり笑顔の竜持君は私の気持ちなんて知らないんだろうな。


またひとりで空回り
"恋人らしく"を意識したばかりに竜持君に無理をさせてしまった。
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