▽ In the fountain
「こんなところに居たんだ?」
「…………小梅」
放課後になって、康太は急に姿を消したかと思えば校内にある噴水の所に居た。
「…………シャッターチャンスがあったから」
「へぇ、どんな?」
「…………」
何か撮りたいものがあって此処に来たらしいが、まあ、康太のことだから言えないようなことを撮ろうとしたのだろう。
女の子のスカートが舞い上がったとか、スカートの中が見えそうになったとか、はたまた女の子が―…
…って、どれも女の子のスカート関連じゃないか。
今に始まったことではないけれど、なんだか悲しくなってきた。
私、この男のことが好きなんだよね?と、自問自答したくなる。
「…………噴水の水面が綺麗だったから」
「素敵な嘘をありがとう」
「…………う、嘘じゃない!(ブンブン)」
康太は両手を振りながら、顔も左右に振りながら必死に否定はするが、私は笑顔。勿論、彼の言葉を信じていない。
私が知っている限り彼が風景を撮っているところなんて見たことがない。
「…………こ、これ!」
証拠を見せてくれるのだろうか。ポケットの中から彼が愛用しているデジタルカメラを取り出し、ピッピッピ、と写真を選択。そしてそれを私に見せてくれた。
「…ホントだ」
デジタルカメラの液晶にはキラキラと光が射し込んでいる噴水が表示されていた。
康太の言っていたことはウソではなかった。
「……」
確かにウソではなかったけど、なんだろうこの敗北感は。
まあ、でも。
康太が撮った噴水の写真は純粋に綺麗だなぁと思う。
これが私の通っている文月学園の噴水だというのか。いつも見ている噴水と全然雰囲気が違う。
流石、今まで色々な(女の子)被写体を撮って来ただけのことはある。
「…………何か言いたそうな目」
「いやぁ、流石康太だと思って」
女の子の写真を撮ってきたからうんぬんを言わなかったからか、康太はほんのり頬を染めた。お、照れてる照れてる。
女の子の写真の話をすると絶対に否定するからね彼は。
(よし、このスキに、と…)
私はニヤリと笑いながら康太のデジタルカメラを取り上げた。
「…………!?…か、返せっ!」
ひょい、っと奪い返そうとする康太だが私はそれをさせまいと思って彼からデジタルカメラを遠ざけた。
彼から伸びてくる手を避けながら私はデジタルカメラを操作して噴水の写真の前に撮ってあった写真を見てみる。
「やっぱり女の子の写真撮っているじゃないの」
「…………そ、それは間違えて」
「間違えてこんなに綺麗なアングルを撮ることができる方が凄いわ」
写真を見れば見るほどスカートの中がギリギリ見えるか見えないかのライン。
私も同じ女だけどこれはちょっとドキドキしますわー。…じゃなくて。
「いつも思っていたけど…駄目でしょ、こんなの撮ったら」
「…………」
「…まあ、人の趣味をとやかく言うつもりはないけどさ」
私も何だかんだ言って女の子。
撮られた方の女の子の気持ちを考えるとやはり複雑な気持ちなわけであって、いくら康太がこういうのが趣味だったとしても、私が知ったからにはデータを消したい、と思う。
それに、好きな人が自分ではない別の女の子を追いかけて写真を撮るのも複雑な気持ちである。
「…よっと」
私はひょいっと噴水のふち(って言うのかな?)に乗った。
「…少しは撮られる方の気持ちも考えてあげてね」
「…………」
下に居る康太を見おろす形で言うと、康太は不思議そうな顔を向けてきた。
なんだろう。私が言ったことおかしかったかな?
あー…普段、康太の趣味に関しては何も言わないから「急にどうしたんだろう」って思ったとか?
まあ、でも、康太がやっていることは一応黙認していたけどね。かといって無理に止めさせるつもりもなかったけど。
「…………上から小梅に見られるの…なんか変な感じ」
だからそんな顔をしていたのか康太は。
でも、私と康太の身長差は凄くあるってわけでもなく、かと言ってあまり差が無いわけではない。
康太の身長を正確に知らないから実際はどれくらいの身長差があるのか分からないけれど、まあ、5センチはあるはず。多分。
それで私がこうやって噴水のふちに上っているからいつもと立場は逆になるわけであってね。
逆ってレベル以上だが。
それより、と康太は口を開いた。
「…………そんなところに上っていると危ない」
「え?ああ、大丈夫大丈夫!」
噴水のふちって確かに危ないかもしれないけれど、私はそんなにバランス感覚が悪いってわけでもないから心配ご無用だ。
私は康太を安心させようと噴水のふちを1歩2歩と軽やかに歩く。
「ね?大丈夫で―…っわぁ!?」
油断したのが悪かったのか、何故かバランスを崩してしまった。
スローモーション再生でもしているかのように、私の身体は徐々に噴水へと傾いて行くように感じた。
ああ、私、ぼちゃんって落ちるんだろうな。
それよりも、手に持っている康太のカメラ…このまま私が噴水に落ちてしまうとダメにしてしまうかもしれない。
康太のことだから防水カメラになっているかもしれないけれど、完全に水に浸かってしまっては流石に壊れるかもしれない。
防水ってどのレベルまで本体(今回ではデジタルカメラ)を水から守ってくれるのか分からないし、流石に壊してしまうと申し訳ない。
だから、こいつだけ死守しなければ…!
私は数秒の間、瞬時に頭の中でそんなことを考えて、自分の身体から康太のデジタルカメラを離した。少しでも水に触れないようにと。
ぼちゃん―…
「…………大丈夫か?」
「…あ、あれ?」
ぼちゃん、と噴水の中に入ってしまったのだが、思ったよりも身体に衝撃はなかった。
「…………人の忠告を聞かないからこんなことになる」
咄嗟の反応だろう。
康太は私が噴水に落ちそうになったのを見て、私と同じように噴水のふちの上へと飛び、そこから左手で私の腕を掴み、もう片方の手で私の背中を支えた。
それが綺麗にきまったらカッコ良かっただろう。
康太の反応が一歩遅れたため、私と康太は一緒に噴水の中へと入ってしまった。
「…………小梅?」
それでも、私は康太がカッコよく見えた。
そして思わずぽーっと見惚れてしまった。
「…へ!?あ、は、はい?」
「…………大丈夫か?ぼーっとしているけど」
「あ、だ、大丈夫デス」
「…………?」
私がカタコト言葉になっている理由が分からない康太は首を傾げる。
…良く考えたら…康太との距離、近い…。
「あ、あの…」
「…………どうした」
「…この状況、非常に恥ずかしいんだけど」
腕を掴まれ、背中も支えられている状態。勿論、そんな態勢ならば、お互いの距離だってすごく近い。
「…………す、すまない…―…っ!」
慌てて康太は私の手を離し、そして私から距離を取った。
そこまでは良かったのだが、焦ってしまったせいでうまく後退することが出来なかった康太は、バランスを崩してそのままぼちゃん。
尻もちをついてしまいました。
「…………」
目をぱちくり、ぱちくり、としながら私を見る康太はまるで今の状況が分かって居なかったかのようだった。
「……っぷ、」
「…………?」
「…っはははは!」
康太のその様子がおかしくておかしくて私は笑ってしまった。
「…………?」
「康太ってば…あははは!びしょ濡れじゃない!」
「…………誰のせいだ」
「ごめんなさい私のせいです」
すいませんでした!と勢いよく謝る私。
調子に乗ってしまって本当に申し訳ございませんでした。
「おまけに康太のデジカメもちょっと濡れてしまったし…」
これでもかというぐらい平謝りを続けたせいか、康太は、
「…………それくらい良い」
と気にしていないようだった。
いやでも、さっきはあんなにデジタルカメラを取り返そうと必死だったじゃないか。
きっと私に気を遣ってそんなことを言っているに決まっている。
「…………それよりも、小梅に怪我がなくて良かった」
「………っ!」
そしてこういう時に限って康太はカッコイイことを言うのである。
私がそんなセリフに弱いってこと、絶対に分かってて言っているだろう。
くっそー、こうなったら…!
私は康太に背中を向けた。
「…………小梅?」
「……そんなこと言う康太は…」
「…………?」
「こうだっ!」
背中を向けているスキに康太のデジタルカメラを起動し、それを康太に向けてパシャリと撮る。
デジタルカメラの液晶にはなんともまあ、驚いた顔の康太が写っていた。
「…………不意打ちなんて卑怯なっ…!」
「何とでも言うがいいわ!それにしてもこの康太の顔は傑作だなぁー!」
「…………くっ…!」
「まあ、このデータを貰えるのであれば、さっき見た女の子の写真は見逃してあげるけど?」
「…………分かった」
悔しそうな顔をしながら康太は渋々頷いた。
「ふふふ、交渉成立」
「…………はぁ」
これで、康太の写真がまた増える。
心の中でガッツポーズをする私でした。
(…………陰で笑われるんだろうか)
ちなみに康太がそんなことを思っていただなんて私は知らない。
In the fountain++++++++++++++++++++++++++
後書き
1周年記念企画第10弾。
七子様からのリクエストで連載番外編でほのぼのでした。
噴水に落ちるネタを随分前から書きたいなぁと思っていたので、それを今回書かせていただきました!
それまでの話や最後のオチなんかは全く考えていませんでしたが(笑)
七子様のみお持ち帰りOKです。
リクエストありがとうございました!
(2013.01.14)
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