▽ 不思議な子、雨
夏休みということで私は家族3人で親戚の家に遊びに来ていた。
親たちはおじさんおばさんと話していて楽しそうだが私はちっとも楽しくない。だって此処の家には同年代の子供は居ないのだから。
「…ちょっと出てきていい?」
「いいけど…あんまり遠くまで行ったら駄目だよ?」
此処に居ても暇なだけだから私は辺りを散歩しようと思って腰を上げた。
心配そうにする母親に私は、うん、分かった、と頷く。
「行ってきます」
手を振って親戚の家を後にする。
さて、と。
私はキョロキョロと辺りを見渡した。どっちへと足を運ぼうか。
「山は…あっちかな?」
下に降りてもあまり楽しそうではないし普段行けそうにないところへと行ってみよう。
まあ、山に行って面白くなかったらそのまま下って行けばいいだけだし。下から上へと行くよりも上から下へ行った方が後が楽だ。
頭の中で瞬時に判断し私は山の方へと足を向けた。
「凛ちゃんこんにちは。これから何処へ行くの?」
行く先々では親戚の近所に住むおじさんやおばさんとすれ違った。
「ちょっとこの辺を散歩しようと思いまして」
「あら、そう」
気をつけてね、と、笑顔を向けて手を振ってくれたので私も同じようにお返しをした。
誰も私を特に気に留めた様子は無かったので私は、ずん、ずん、と歩いて行く。
意外にも山まで距離が長く山へたどり着いたころは少し肩が上下していた。
「やっと着いた…」
しかし本番はここから。山の中へと入って行くと足場は不安定。もしかしたら此処はあまり人が入らないところなのかも。
普通の人ならば危ないと思って山から降りるかもしれないが、私は違った。私の中の好奇心が沸き出てきて、もっと奥へ行ってみたいと胸が高鳴った。
「…人?」
暫く歩いていると人影が見えた。人が入った形跡がなかったけどあの人はどうやって山に入ったのだろう。
「……」
近づいてみると"人"は私と同年代ぐらいの"男の子"だと言うことが分かった。彼も私が居ることに気付いたようでピタリと動きが止まった。
「…早く山を降りた方がいい」
人を寄せ付けないような鋭い目をして彼は私にそう言った。
「なんで?」
「此処は危ないから」
「じゃあ、なんで貴方はいるの?」
「……」
彼は何も言わなかった。まるで反論する言葉が見つからなかったかのように。
「私、今、親戚の家に遊びに来ているの。で、この辺のこと良く分からないから散歩しているところ」
「―…此処のこと、聞いてない?」
「え、なんかあるの?」
キョトンとした顔を彼に向けた。
もしかして来たらマズい場所なのかな?家を出るときは"遠くに行かないように"としか言われなかったけど。
「聞いてないなら良いよ。とりあえず、早く家に帰った方が良い」
「あ、ちょっと」
彼はそれだけを言うと山の奥へと足を進ませた。
「私、凛!貴方の名前は?」
足を止める様子は無かったので私はとりあえず自分の名前を名乗って彼の名を訊ねた。正直、答えてくれそうな気配はないけれど。
彼はピタリと足を止めた。
「…雨」
けど、私の方を向くことは無かった。
「―…明日も来るから!」
口の横に手を添えて彼に届くように言って手を振った。
彼が名前を教えてくれて私は自然と笑顔になった。
* * *
「やぁ、また来たよ」
「……」
翌日、私はまた山へと入ると昨日と同じ場所に雨は居た。勿論無表情。
「…何で来たの」
「何でって…"明日も来る"って言ったから?」
「……」
「それに、雨ともっと話したくて」
だって、私と同年代ぐらいの子って居なかったんだもの、と私は説明した。
「ねえ、案内してくれない?私、この辺のこと知りたいの」
少し迷ったように見えたが雨は間を取って、
「うん、良いよ」
頷いた。
私は先に足を前へ前へと進ませる雨の後について行く。
「雨って何処に住んで居るの?何歳?どんなものが好き?ええっとそれから…」
他にも色々と聞きたいことがあるんだけれど、うーん、何を聞こうかな、と私は考える。
こっちに来てこんなに喋ったのは初めてだと自分でも思えるぐらい。
「そんなにいっぺんに答えれないよ」
雨からクスリ、と笑い声が聞こえてきて私は安心した。
「どうかした?」
「ううん…やっと笑ってくれたな、って」
「えっ」
「だって、雨ってば昨日からずっと無表情だったもの。話かけたらダメだったのかと内心ビクビクしていたんだ」
「そんなことないよ」
それから少しずつだけど、雨の事が分かった気がする。
雨は別に私を拒んでるわけではなく、ただ、ちょっとだけ内向的なだけなこと。
あと、物知り。山の動物や植物について詳しく説明してくれた。私は専門家でもなんでもないから雨が教えてくれるもの全てが新鮮に感じられた。
「良く知っているね。勉強したの?」
「まあ…そんなところ」
「へえ、すごいや―…きゃっ!」
雨がしてくれる話に夢中になり過ぎて私は足元をちゃんと見てなかったため、足を滑らしてしまった。
ずるずるずる、っと下へと滑る足。そして雨の背中から遠ざかる。
それを予想していたんだけれど、実際は違っていた。
「…大丈夫?」
雨が咄嗟に私の手を掴んでくれた。
「あ、うん…」
「ちょっとぬかるんでるから気をつけて」
「あ、ありがとう」
最初会った時は鋭い目だったけど、良く見たら雨は優しい目をしていた。
滑って焦ったのと、雨に助けられたお陰で私の心臓は煩いぐらいドキドキいってる
。雨にも聞こえているんじゃないかと心配するぐらい。
「…凛?」
雨が私の名前を呼んでハッとした。
「え、あ、な、なに?」
「どうしたの?ぼーっとしていたみたいだけど」
「なななんでもないよっ!」
と、明らかにおかしな態度を取り、雨は頭上に疑問符を浮かべていた。
ところで何時になったら手を離してくれるのかな、なんて内心思っていたけど。
「この先も足場が悪い。手、離さないようにね」
「う、うん…」
正直、ドキドキし過ぎてそのあとの会話は頭の中に入っていない。
* * *
雨に会うために山へ通い初めて暫く経ったある日親戚の人に聞いた。
私が入った山にはどうやらクマとかイノシシが住んで居るらしい。だから、普通の人は立ち入らない。
それから、おおかみを見た、という話も訊いた。
「クマとかイノシシならまだしもおおかみなんて居ないよねぇー」
きっと誰かの見間違いよ、と私は笑うと雨は足を止めた。
「おおかみのこと、どう思う?」
「え?」
「…いや、やっぱいい」
私がおおかみの話をした途端、雨の様子が少し変わった。
躊躇いながらも私に訊ねるが、私の答えを聞く前に雨は首を振った。そして、再び歩き出す。
「考えたことないけど、嫌いではない、かな?」
「……」
素直な気持ちを告げると雨は黙り込んでしまった。あ、あれ。私、変な答え方した?
「…凛になら教えてもいい、かな」
「なにを?」
「少しの間、目を閉じてくれない?」
少し平らになっている山道まで足を運び、雨はそう言った。
私は言われた通り目を閉じた。ちょっとドキドキ。
「凛は数日の間だけこっちにいるみたいだから最初は言わないでおこうと思っていた」
何をだろう?と思いながらも私は目を閉じたまま雨の言葉に耳を傾ける。
「何度も悩んだ。凛に打ち明けるべきかどうか」
「…雨?」
「まだ目を開けないで」
ビクっと肩を震わせ私は再び目を閉じた。
「凛と一緒にいると不思議と…心が温かくなったんだ」
「……」
「…このまま言わないで別れるのもどうかと思って」
「うん…」
「正直に言おうと思った。―…いいよ、目を開けて」
ゆっくり、ゆっくりと目を開けた。
視界に入ったものを見て私は口を押さえた。
「…ごめん。騙すつもりは無かったんだ」
そこには、雨ではなく、おおかみ男の姿があった。
「でも、凛に隠し続けることは…出来ないから」
少し俯く雨。
正直言うと驚いた。だって、雨が人間ではなくおおかみ男だったなんて。
「怖い、よね…」
雨の声は何処となく不安そうだった。
私は、首を左右に振り、そっと彼の顔に手を伸ばして触れた。
「ううん。怖くない」
「でも…」
「だって、雨、すごく優しい顔しているんだもの」
ずっと黙っていて苦しかったね。
辛い思いさせてごめんね。
私は、
「教えてくれてありがとう」
雨に抱きついた。
恐怖よりも嬉しい感情でいっぱいになった。だって、雨は初めて自分のことを語ってくれなかったんだもの。
何も語ってくれなくても私は良いと思っていた。雨と話が出来るのなら。雨と一緒に居ることが出来るのなら。
「ううん。お礼を言うのはこっちの方」
この夏。
私は不思議な子に出会った。
その子は。
人間とおおかみ、両方の姿を持つ"おおかみ男"でした。
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後書き
おおかみこども観に行って雨に惚れました(笑)
いやーお父さんに似て良い男になりましたね、ええ。
一応、映画後のある日の話、ということで書いてみました。
正直、雨の居る場所が微妙に違う気もしますが…そこは目をつむって下さい(苦笑)
(2012.08.25)
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