▽ 放課後のひと時
私には好きな人が居ます。
真田北高校の唐沢としゆきさん。
私がコンビニでお金が無くて困って居る所を助けてくれた人です。…普通に考えれば恥ずかしい話だけれど。
「唐沢さんっ!」
それ以来、私は唐沢さんの高校の正門の所で待ち伏せては一緒に帰る毎日を過ごしている。図々しいかもしれないけど。私は唐沢さんの隣に居るときが一番幸せです。
「今日も嬉しそうだな」
「はい、唐沢さんと一緒に帰れますから!」
「そうか」
唐沢さんは私が言っていることは冗談だと思っているみたいで照れる様子は全くなく聞き流す。いつものことだけど、少しでも私の気持ちに気付いてくれないかな、なんて思うけど、一緒に帰れるのだから、これ以上を望んでは贅沢だ。と、私は自分に言い聞かせている。
「唐沢さんって付き合っている人とか居るんですか?」
「居ない」
「意外ですね」
「立花はどうなんだ?」
「勿論居ませんよ!」
「…俺よりもお前の方が意外だ」
「そうですか?」
私は唐沢さんの方が意外だと思うけどなぁ。最初は深く帽子をかぶっていたから怖い人かと思ったけど、私を助けてくれたし(金銭的な意味で)私が毎日北高の正門の所で待っていても突き放すことなく一緒に帰ってくれるし。
「仮にも彼氏が居たら唐沢さんと一緒に帰ったりしませんよ」
「……」
「だから、唐沢さんも、彼女が出来たら遠慮なく私に言ってくださいね!」
自分で言って少し悲しかったけど、もしも彼女が出来たらその彼女に悪いしね。付き合っているのに他の女の子と一緒に帰っている所を見たら傷付くし。その時は…私は潔く身を引きます。
「っと…私、今日は寄るところがあるのでこれで失礼します。今日もありがとうございました」
「ああ、じゃあ、また明日」
「はい、また明日です」
お辞儀をしてにっこりと笑ってから私は唐沢さんに背を向けて走って行った。
…本当は寄るところなんて何処も無かったんだけど、なんだか居づらくなって。
自分で言ってしまっただけなのにね。唐沢さんは何も悪くないんだけど。
「…よおし!明日は唐沢さんに手作りクッキーをプレゼントしよう!」
私は意気込んでからスーパーへと向かって行った。
* * *
昨日、スーパーでクッキーの材料を買って家に帰ると、早速クッキー作りに取りかかった。
私、こう見えても(?)お菓子作りはよくやっている。お菓子を作っては友達にあげたりしていたから、今回も苦戦することはなく美味しく仕上がった。
唐沢さん、美味しいって言ってくれるかな?どんな表情になるのか楽しみ。
「唐沢さんまだかなー?」
いつものように私は北高の正門で唐沢さんを待った。
しかし、今日はいつまでたっても唐沢さんは出て来なかった。そう言えば生徒会に入って居るって言っていたから仕事が長引いているのかな。
「唐沢を待ってんの?」
もう少しだけ待ってみよう、と思っていると知らない男子生徒に話しかけられた。
「今日、あいつ休みだよ」
「えっ?」
だから、いつまで待っても唐沢はこないよ、と言われた。
そっか、そりゃいつまで経っても出てこないわけだ。
「なんならお見舞いに行ってやれよ」
私は男子生徒に書いてもらった地図を受け取りお礼を言うと早速唐沢さん家を目指して歩き始めた。
「あ、ここかな?」
表札に"唐沢"って書いてあるし。
インターフォンに指を伸ばすと上の方から会話が聞こえてきた。
『この間貸したDVD返せよ』
『あ〜まだ観てない』
『観ないなら返せよ』
『え〜!観るって!観る!』
『そう言って別に観ないだろ。早く返せって』
『ちょっと待ってよ。すぐ観るって〜』
視線を上に移すと唐沢さんがベランダ越しで隣に住んでいる女の子と会話をしていた。楽しそうに。
「か、唐沢さん…」
私は彼に気付かれないように、一歩、また一歩と後ろに下がるとその場から逃げるように走って行った。
「好きな子、居たんですね…」
私だけが浮かれていた。
私だけが楽しんで居た。
唐沢さんは私のことなんて何とも思っていなくて、ただの女子と思っていて。
ああ、私ってバカだな。
それ以来、私は真田北高の正門に行かなくなった。
* * *
唐沢さんに会わなくなってから何日か経った帰り道。
「立花」
背後で唐沢さんの声が聞こえてピタリと足を止める。が、それは一瞬だけ。
私は振り返らずにスタスタと歩き始めた。
「おい、待て」
唐沢さんが私を追いかけて来ているけど私は追いつかれまいとスピードを上げる。
「どうして逃げる」
だって唐沢さん、隣に住んでいる子のことが好きなんでしょう?その子と付き合いたいんでしょう?
だったら、私は唐沢さんから離れます。
私は…あなたのこと諦めますから。
「…月乃!」
…諦めようとしているのに。
それなのに。
どうしてあなたはそれをさせてくれないんですか。
「名前で呼ぶなんて反則ですよ…」
私は逃げるのを止めてしまった。
「お前が逃げるから」
「だって…!」
あなたは、好きな子が居るんでしょう?
その言葉が出る前に私の目から涙が零れてしまった。
「立花…?」
優しく名前を呼ばないで下さい。そんなに優しくされるとますます好きになってしまいます。
私は強く拳を握った。
「…本当は迷惑なんですよね!?たかが1回困っているのを助けただけなのに毎日毎日放課後に訊ねてこられて」
「誰もそんなことは言っとらん」
「普通に考えたらおかしいですよね。お金を返してはいさようならで終わる筈なのに一緒に帰るなんて…しかも、」
クッキーまで作って、さ。
喉まで出かかった言葉を私は飲み込んだ。
そういえば、あの日。
唐沢さんの家まで行ったけど、クッキーをあげずに帰っちゃったんだよね。
でも、家に帰ってもクッキーは見当たらなくて。
多分、どっかで落としたんだろうけど…まあ、あげれなくなったから捨てる手間が省けたわ、って思ってたっけ。
「……」
私が黙り込んでしまったら唐沢さんが口を開いた。
「クッキー美味かった」
「…え?」
私が顔を上げると唐沢さんはポケットの中からメッセージカードを取り出した。
「これ、立花が作ってくれたんだろ」
「どうしてそれを…」
「俺が学校を休んだ日、家の前に何か落ちてるって教えてくれた奴が居て」
「……」
それは、隣に住んでいる女の子のこと、なんだろうな…。
私はそう思うと自然とまた俯いた。
「私のことはもういいです。放っておいて下さい」
そして唐沢さんの方からため息が聞こえてきた。
「……何か勘違いしているかもしれないが、アイツは好きな奴でもなんでもない」
「え?で、でも…!」
「…あいつがDVD貸してほしいって言ったから貸しただけ。ただそれだけだ」
本当にそれだけ?と聞き返したかったが私はそれが出来なく、唐沢さんの方を見つめるばかり。
「それに、俺は好きでもない奴と毎日一緒に帰ったりはしない」
「え?それはどういう…」
「クッキー、美味しかった」
"ありがとう"
唐沢さんは帽子のツバをクイッと深く下げると踵を返して歩き始めた。
私は唐沢さんが言った言葉の意味を聞くことは出来なかったけど、嬉しい気持ちでいっぱいだった。
放課後のひと時明日、北高の正門で待ってますね!
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後書き
50000hit企画第8段。
蘇芳様からのリクエストでシリアス甘なお話でした。
あんまりシリアスっぽくない気もしますが(汗)
蘇芳様のみお持ち帰りOKです。
リクエストありがとうございました!
(2012.05.06)
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