▽ キミの隣に私。
「ムッツリーニ君、一緒に帰ろ!」
「…………断る」
「えー良いじゃん。別に一緒に帰る女の子なんて居ないでしょ?」
「…………そんなことはない」
気に食わない。本当に気に食わない。
康太のクラスがAクラスと対戦して勝利を得てからAクラスの工藤さんはこうやって康太のクラスへやって来ている。遊びに来るのは一向に構わないんだけれど、二人の距離が近すぎて非常に不愉快だ。
「ふーん?じゃあ誰なの?秀吉君?」
「…………違う」
「うーん。あ、じゃあ、次で当てたら一緒に帰ってよ」
「…………嫌だ」
「いいじゃん。一緒に帰るぐらい!」
康太が工藤さんと一緒に帰る意思が無いことは分かっている。分かっているんだけど、二人が会話しているだけでも嫉妬を覚える。
今まで幼馴染として康太の傍に居たけど、工藤さんみたいにしつこく寄ってくる女の子は居なかった。いつも康太の隣には私が居た。そりゃあ、高校生にもなると私以外の女の子と一緒にいても不思議ではないのは分かっているけど、なんだか嫌だ。
今まで居た私の場所が土足で踏みにじられたようで。
「ねえ、その子って彼女?」
「…………」
「あ、違うんだ。じゃあ、別にボクが一緒に帰っても問題ないと思うんだけど」
「…………大問題」
「どうして?」
「…………俺は―…」
私は二人が仲良くしているところをこれ以上見たくなくて、気が付けばFクラス前から逃げるように走って行っていた。
…何やって居るんだろ私。
別に康太と付き合っているわけでもなんでもないのに、どうして嫉妬なんかするの?
康太とはただの幼馴染で小さいころから一緒に居て隣に居るのが当たり前だった。でも、それだけ。それだけの関係。
「……」
下駄箱に着いて、ため息を吐く。
そんな特別な関係でもないのに、私が嫉妬するのはおかしい。別に私の康太ってわけでもないのに。
「…………月乃」
上履きからローファーに履き替えて帰ろうとすると、息を切らした康太がそこに居た。
「…どうして」
どうして来たの?
嬉しいはずなのに、私は苛立つ気持ちを康太にぶつけてしまった。康太に苛立っても仕方がないのに。心の中がモヤモヤする。
「…………月乃が教室の外に居るのが見えたから」
「……そう」
そっけなく言う私。
「見えたから、何?」
「…………」
「別に良いのよ。工藤さんと一緒に帰っても」
「…………何でそんなことを言う」
「何で?さあ、何ででしょうね。康太が工藤さんと一緒に居る時、楽しそうにしていたから?」
「…………楽しそうになんてしていない」
「なんで否定するの?私、康太と付き合っているわけではないんだし。工藤さん可愛いし、良いと思うよ」
「…………何が言いたい」
何が言いたい?
私だって分からないよ。頭の中がぐちゃぐちゃで何がなんだかわからないんだもの。
「…工藤さんと付き合えば」
私は消えそうな声でポツリ、と呟くとその場から逃げるように走って行った。
…何であんなこと言っちゃったんだろ。本当は付き合ってほしくない。一緒に居てほしくない。会話もして欲しくない。
考えれば考える程、工藤さんに対する嫉妬心が湧き出るように溢れてくる。
私、こんな人だったんだ。
「…みっともない」
本当にみっともない。
走る足を止めて地面を見つめる。私の隣を楽しそうに会話しながら通り過ぎていく女子高校生達。私と正反対で楽しそうに笑っている。どうして私だけがこんな想いをしないと駄目なの。どうして、こんな考えしか出来ないの?
嫌だ。自分が嫌いだ。
そんなことを考えていると、涙が溢れて出そうになった。
「…立花?」
後ろから私を呼ぶ男子の声。
振り向いてみると、同じクラスの平賀源二君だった。
「平賀、君…」
そして目に溜まっていた涙は彼を見た途端、何かが吹っ切れたかのように頬を伝って流れ始めた。
平賀君は一瞬驚いた顔を私に向けたが、優しく言葉を紡いだ。
「…何かあった?」
これ、ハンカチ。と、私に差し出してくれて、私はお礼を言ってから涙を拭いた。
「…ううん、何でもないよ。ちょっと目にゴミが入っただけ」
「……」
「……」
私の顔を見て何かあったと心配してくれる平賀君。
でも、私は彼の優しさを受け入れずに、何もない、と強がる。私って本当に可愛くないな。ゴミが入っただけでこんなに涙を流す人が居るかっての。
無言が続いて気まずい空気が流れたが、先に沈黙を破ったのは平賀君だった。
「…本当に何でもないのなら別に良いんだ」
「……?」
「ただ、いつも元気な立花が元気がないのは心配だと思っている。俺でよかったら相談に乗るよ」
と、平賀君は自分の頬をかいた。
私っていつも元気、に見えていたのかな?平賀君には。
……こんな私でも心配してくれる人が居るんだ。嫉妬心でみにくい感情の塊の私でも。
「あ、別に無理にってわけではないから!」
何故か慌てる平賀君。
それから、言いたくなければ別に良い。落ち着くまで一緒に居るよ。と、まで言ってもらった。
なんだかここまで気を遣わせてもらって悪いな、と思ったのと同時に、普段落ち着いている平賀君がたまに狼狽するのを見るとなんだかおかしくっておかしくって、私は思わず「ぷ」と笑ってしまった。
「俺、何かおかしい?」
「ううん、おかしくないよ」
「だったら何で笑うんだ」
「本当になんでもないよ」
「何でもないのに笑ったりしないだろ」
ふふふ、と私が笑っているのを見る平賀君も、優しく笑っていた。
「ありがとう。平賀君。元気出たよ」
「別に何もしてないけど」
「ううん。十分してもらったよ」
「……?」
平賀君は頭に疑問符を浮かべていたけど、私は彼に「ハンカチ、洗って返すね。また明日!」と別れを告げた。
「…よし」
康太に謝ろう。
そして私の気持ちをストレートに言おう。
自分の気持ちがはっきりしていなかったから嫉妬するのはおかしいだの、自分みにくいだの思ったんだ。
だったら、私の気持ちを康太にぶつけるまでよ。
踵を返して来た道を引き返す。
康太と通学路は一緒だから戻っていればいずれ会うはず。
「……」
私の想像は的中していた。
引き返してしばらくしたところで康太とバッタリ会った。彼は少し気まずそうな表情を浮かべている。…まあ、私に"工藤さんと付き合えば"って言って逃げられれば気まずくもなる。
「康太。ごめんね。ひどいこと言って」
だから、私が。
私がいつも通りの私で接するのが一番いい。
康太は少し驚き、そして首を左右に振った。
「…………そんなことない。俺にも非がある」
「いや、康太は悪くないよ。悪いのは私」
だって、勝手に嫉妬してたんだもの。
勝手に嫉妬して、勝手に思って。勝手に自己嫌悪に陥って。
でも、本当にそれは全部勝手で康太にとってはいい迷惑な話。
ふう、と軽く息を吐いて私は真っ直ぐ康太を見つめる。
「ねえ、康太。私の気持ち、聞いてくれる?」
私、康太が好き。
振られたら振られたでそれでいい。
私は、自分の気持ちに素直になるんだ。
「…………その前に俺の話を聞いてほしい」
「康太の?」
と、思ったら康太が話を切り出して、こくり、と頷いた。
なんだろう。康太の話って。
工藤さんのことかな…。それだったらあんまり聞きたくないな。私の気持ちを言う前に振られるってことだよね。
…でも。
仮にそうだとしても、私の好きな人だもの。もしも、康太が工藤さんのことを好きって言うんだったら、私は康太の幸せを祈るよ。私は今まで通り、幼馴染として傍に居ることにするよ。
「…………月乃が好き」
「……え?」
でも、康太が言ったのは私が想像していたのとは違う言葉だった。
「…………月乃に"工藤と付き合えば"って言われて気付いた。俺は月乃が好き」
「………」
「…………今まで通り。俺の傍に居て笑っていて欲しい」
驚いた。
康太も康太で私と同じ気持ちで、私は嬉しくて嬉しくて身体が熱くなった。きっと、頬も赤いと思う。
「…………月乃の話は?」
「わ、私も一緒!」
「…………?」
「私も康太が好き。ずっと康太の傍に居る!」
そう言って私たちは人目を気にせずぎゅっと抱き合った。
キミの隣に私。…………俺は月乃を手放さない。
++++++++++++++++++++++++++
後書き
50000hit企画第11段。
レナ様からのリクエストで愛子に嫉妬で甘い話でした。
今まで康太の隣に居る女の子は自分だったのに、という設定で書かせて頂きました。
書いていて楽しかったです(笑)
レナ様のみお持ち帰りOKです。
リクエストありがとうございました!
(2012.6.17)
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