▽ 心地のいい手
「なんか嬉しそうね」
休憩時間になると生島が私の席の前の椅子にまたがりながらニヤリと言った。
彼女に対して私は我ながら気持ち悪いと思えるように「うふふ」と笑って、
「今日もミツオ君と一緒に帰るんだ」
いいでしょ、と自慢する。
ちなみにミツオ君、と言うのは真田北高校の男子生徒のことで、実は私、先月から彼と付き合い始めたんだ。
「その幸せオーラがムカツクー」
「あはは、ごめんごめん」
悪いと思ってないでしょ、と生島は言ってから「で?」と、私に訊ねる。
私は野菜ジュースの紙パックを手に取った。
「キスはしたの?」
「ぶはっ!?」
私はタイミング良く飲んでいた野菜ジュースを生島にぶちまけてしまい、彼女は顔に野菜ジュースをつけた状態で目を細くして私を見ている。怖い、怖いぞ。
「何か言うことは」
「ごめんなさい」
でも、生島がいきなり変なことを言うから吹くのは仕方がないことであって…いや、下手なことを言うのはよそう。彼女はレスリングをしているから怒らせたら怖そうだ。
私は彼女に謝るとハンカチで彼女の顔を丁寧に拭いた。
コホン、と咳払いをする生島。
「その反応からすると、まだのようね」
「ま、まだだよ!」
話が元に戻り、「あ、当たり前じゃないの!」と顔が赤くなる。
「その前に手だって繋いでないし…」
段々と語尾が小さくなる私。
手も繋いでないのにキスするなんて…いやそもそも私とミツオ君がキス…!?うわあ、想像するだけで恥ずかしい。
「はあ!?手を繋いでいない!?」
「え、だ、駄目なの…?」
なんて思っていると生島は、ありえない、と言ったように声を上げた。
「今時の小学生でもそんな奴おらんわ!」
「ええー!」
「昨日から付き合い始めました〜ならまだしも、1ヶ月付き合ってまだ手を繋いでないとかありえない!」
仕上げにバンッと机を叩く生島。
いやあ、でもね生島さん。
あなた、付き合ったことないでしょう?なのに何言ってんだこの人は。人の事よりも自分のことを―…
「…何か言いたそうね」
「ソンナコトハアリマセン」
ごめんなさい。私が悪かったです。はい。
生島に「今日、手を繋いで帰れよ!」と無茶なことを言われたところで話は終わった。
* * *
そして放課後。
正門で待っているとミツオ君が駆け足で「ごめん、待った?」と少し息を上げていた。
「ううん、今来たところ」とテンプレートなセリフを言って私たちは下校し始める。
「……」
…が、暫く歩いても私はずっと無言のまま。ミツオ君から話を振られるものの、「うん、そうだね」など、会話の続きそうにないセリフを言ってしまって、全くもって話が弾まない。
そんな中、ミツオ君はピタリと足を止めた。
「…ミツオ君?」
彼が止まったことに気付かず歩き続けていたが、隣に彼が居なくなったことに気が付いて私も同様に足を止めた。
そして振り返るとミツオ君は少し心配そうに口を開いた。
「何かあった?」
いつもと様子が違う、と言うミツオ君。
「ななな何もないよ!」
と、明らかにおかしな声で言う私。
…付き合っているのに未だに手を繋いだことないとかやっぱりおかしいのかな?
私だって別に繋ぎたくないわけじゃないけど…ただ、手を繋ぐとか恥ずかしいし…
ミツオ君と私が手を繋いでいるとか考えるだけで頭が沸騰しそう…!
「……?」
ミツオ君はポケットに手を突っこんだまま私の隣まで来て私の顔をじいっと見る。
こ、こんなときに見つめないでよ。逃げ出したくなる…!
「顔、赤いけど体調悪い?」
「そ、そんなことは――…!」
ないよ、と言葉を続けようとしたが、ミツオ君は右手を私の額にピタリと当てたためそれは阻まれた。
私は驚いて思わずビクっとなる。
みみみミツオ君の手が私の額に…!
「うーん…ちょっとだけ熱いかも」
私の気持ちなんて知らないミツオ君はしれっと言いながら、自分の額にも手を当てて熱さを比べてみる。
やっぱり俺よりは熱いな、なんて普通に言っているが私は普通で居られない。
「み、ミツオ君…!」
「ん?」
「手…手…!」
「あ、悪いっ」
ずっと私の額に手があることに気付いたミツオ君は慌てて引っ込めた。
って、私の馬鹿…!折角ミツオ君が私を心配してくれたのになんてことを…!
それにこんな状況滅多にないなだから思う存分額に置いておけばよかったのに…。
はあ…もう、昼間に生島に言われてから意識しっぱなしだよ…。とほほ。
「ミツオ君ごめんね…」
「いや、俺の方こそ…」
そして会話は途切れ途切れになってしまった。
うう…ホント私ってば何やって居るんだろ。
「ミツオ君あのね…」
此処は素直に言った方がいいよね。心配してくれるミツオ君に申し訳ないし。
そう思って私は昼間に言われたことを切り出そうとした。
「俺達、おかしいんだってさ」
「…え?」
私が小声で言ったせいでミツオ君が気付かなかったのか、ミツオ君は私の言葉を遮って口を開いた。
私たちは一定のペースで歩き始める。
「今日、友達に言われたんだ。付き合って1ヵ月にもなるのに手を繋いでないなんて小学生でも居ないって」
「……」
ミツオ君は人差し指で頬をかきながらそう言った。
照れているのか視線は私の方に向いてなく、その辺を泳いでいた。
…ミツオ君も私と同じこと言われていたんだ…。
「それで…その…」
「ふふ」
「え?」
何だかおかしくて私は思わず笑ってしまうと、ミツオ君の不思議そうな顔がこちらに向けられた。
「実はね。私も言われてたの。友達に」
「月乃も…?」
「うん、高校生にもなってそんなの居ないって」
同じ日に同じこと言われたなんておかしいな、って思って。
「でも、ミツオ君は私と違っていつも通りでなんか悔しいな。私なんてミツオ君のことを意識し過ぎてテンパったのに…」
「ぷっ…」
「あー!なんで笑うかなぁ!」
「ごめんごめん。だから、あんなに可愛い反応をしたんだなって思ってさ」
「か、可愛くないよ!」
もう、と私が言うとミツオ君はそっと私の頭を撫でた。
「そう言っても逆効果だよ」
「うう…」
ずるいよ、ミツオ君。
そんな優しい声で言われると私の心臓がバクバク煩くなるよ。
私は何も言うことが出来なかった。
「なあ、月乃」
「…なに?」
「手、繋いでもいい?」
その一言でまた跳ね上がる心臓。
嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが入り混じり良く分からない感じで私は戸惑いながら頷いた。
「う、うん、良いよ…」
「じゃ、じゃあ…」
少しずつ近づくお互いの手。
息をするのもやっとで、心臓は相変わらず煩く鳴っている。
手を繋ぐことってこんなにも緊張することなの?なんて思っていると今時の小学生にバカにされるのかな。
でも、私にとってはそれぐらいのことなんだ。
「「……」」
ぎゅ、とお互いの手が繋がれた。
う、うわあ…!私、ミツオ君と手を繋いでいるよ…!どどどどどうしよう…!
「やっべー…すごくドキドキする」
私はそのミツオ君のセリフにいちいちドキドキするんですけど…!
まあ、そんなことを言えるわけがなく、私は俯くことしかできない。
「…耳、真っ赤」
「ひやぁぁああ!?」
耳元で呟かれた声。それは紛れもなくミツオ君の声で私は変な声を上げてしまった。
「そんなに驚くこと?」
「だ、だって…!ミツオ君ってばいきなり…」
ミツオ君が耳元に近づいている、ということに気が付いていれば大丈夫だったけど、私、気付いて居なかったからね。
そりゃ驚きますよ。
ミツオ君は慌てている私を見ていたずらっ子の小学生みたいに笑う。もう、笑わないでよ…!
「いきなり、何?」
「…もう、いじわる」
分かっているクセに聞いてくるなんて。
ミツオ君は相変わらず隣で笑っている。私の反応を楽しんでいるかのように。私はちっとも楽しくないよ。…なんて言ったら生島に殺されそうだけど。
「月乃の手、あったかいな」
「ミツオ君の手だって」
あったかくて、大きくて。
なんでもっと早く手を繋がかなったんだろうって後悔するぐらい。
それぐらいミツオ君の手は心地よかった。
「家まで手を繋いで帰ろっか」
「う、うん…」
恥ずかしいけれど。
でも、繋いだ手は離したくなくて。
私はミツオ君の言葉に照れながらも頷いた。
心地のいい手月乃の反応が可愛過ぎる。
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後書き
50000hit企画第9段。
あめ様からのリクエストでミツオ君甘でした。
私にしてはなんだか珍しく甘くて高校生らしい内容になった気がします(笑)
あめ様のみお持ち帰りOKです。
リクエストありがとうございました!
(2012.05.13)
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