▽ ヒーロー見参
(どうしてこんなことになっちゃったんだろ…)
薄暗い倉庫の中。恐怖のせいか夏なのに屋内はひんやりと冷たく感じた。私を含めここに居る者は柱に手を縛られて手首に縄の痕が痛々しさを物語っている。
「ヘタな真似すんじゃねーよ?」
ニヤリと笑う男の手には銃。それを見て、ひい、と小さく悲鳴を上げる者も居た。
今までの説明で分かるように私たちは人質に取られている。解放して欲しければ50万シュテルンドルを用意しろ、とのことだ。強盗犯の話によれば今シュテルンビルト内では大騒ぎになっているみたい。
(…私、イワンに酷いこと言ったから…)
あんなことを言ったからきっとバチが当たったんだ―…
「月乃君は折紙君のことが好きなのかね?」
「ゴフッ!?」
スカイハイ、もといキースがそんなことを言い出したために私は飲んでいたスポーツドリンクを盛大に吹いてしまった。
「え、そうなの?」
「ちょっと詳しく聞かせなさいよ〜」
私はヒーローではないけど、イワンがヒーローであるためにこうやって他のヒーロー達と交流がある。交流があるのはいいのだけれど、イワンのことが好きなのかっていう話をするのは止めてほしい。ほら、キースが変なこと言うものだからパオリンやネイサンが詰め寄ってくるじゃないの。
チラっとイワンの方を見るとイワンも頬を赤くしていた。
「…べ、別に」
そのせいで余計に恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。出来れば今すぐ全速力で逃げたい。
「別にってワケないでしょ?正直に言っちゃいなさいよ」
「ボクも聞きたいー」
「私も是非聞きたい」
興味津々といった顔を私に向ける。いや、確かに他人の恋愛話って楽しいから気持ちは分からないわけでもない。私だって同じ反応をする。でも、それが自分にとなると話は別だ。
皆の視線が私に集まるのに対して私の視線は宙を泳ぎっぱなし。そして放った言葉は、
「へ、ヘタレには興味ないし!」
これだった。
…咄嗟に出てしまった一言はイワンを傷付けるのに十分だった。いくら自分の気持ちを隠すためとはいえこれは酷い。最悪だ。
イワンの顔を見るのが怖いと思いながらも恐る恐る視線を彼に向けて見る。
きっとしょんぼりしているだろう。イワンはそういう子だから。でも、イワンは、
「そう、だよね」
と、頭をかきながらヘラっと笑った。
…何よそれ。何が"そうだよね"だよ。私、イワンに酷いこと言っているんだよ?なのに言われて当然って感じで。
何だかこれじゃあ私が…私が…
「…っ!」
私はその場から逃げるように走り出した。
「月乃…!?」
イワンが私を呼ぶ声が聞こえてきたけど私は足を止めることは無かった。
どうせなら否定して欲しかった。どうせなら怒って欲しかった。なのに、イワンはそんな素振りを見せずにいつものようにヘラヘラ笑ってた。
ヘタレって言われたのにどうしてそんなに笑っていられるの?
「待ってよ月乃っ!」
あと一歩で私の手は掴まれるところまで追いつかれてしまった。でも、追いつかれるわけにはいかない。私は意識を集中させると全身と瞳の色が青く発光した。言うの忘れていたけど私もNEXT。能力は俊足。つまり、足が速くなるNEXT。イワンがHEROであろうが身体能力が高かろうが私に追い付くことは出来ない。
ダンッと地面を蹴り、私の周りに風が起こった。
「うわっ!?」
その風はイワンに襲いかかりイワンはそれをガードした。風がおさまったころには彼の目には私はもう映っていないだろう。そう思いながらも私は前へ前へと足を進ませる。少しでもイワンから離れるように。
「……何やってんだろ私」
イワンが追いついてこないと分かると私は能力を解除した。
本当はイワンのことが好きなのにみんなにはやし立てられて思ってもいないことを言ってしまった。…小学生か私は。
「頭冷やそう…」
後でイワンにちゃんと謝ろう、と思って私は近くのコンビニへと足を踏み入れた。店内をウロウロしたらそのうち謝る言葉も思いつくだろうと考えて。でも、この判断が間違っていた。直ぐにイワンに謝りに行けばよかったんだ。
私が入ったコンビニは強盗が入っていた。なんていうタイミングだ。
そして現在に至る。
(……)
最初はスキを見つけて走って逃げようと思った。手を縛られる前ならば出来ると思った。でも、捕まったのは私だけではなく逃げることができなかった。私みたいに能力者じゃない人だっている。逃げ出したいのは私だけじゃなくて皆も同じ。
(私が…私の能力が攻撃系だったら…)
この状況を打破出来たのかもしれないのに。何もできない自分が悔しい。
ドォン…!
「なんだ今の音は…!?」
そんなことを思っていたら何処からかともなく爆発音が聞こえてきた。
「神妙にお縄を頂戴するでござる!」
「どう、して…」
私たちの前に刀を構えて現れた歌舞伎スーツを着たヒーロー。イワンもとい折紙サイクロン。何時もならば見切れているだけなのにこうして私たちを守ろうとしてくれた。
「コイツいつも見切れているだけの奴じゃねーか」
「構わん、やれ!」
ダンッと地面を蹴る折紙サイクロンは強盗犯二人組に向かって行った。能力はヒーロー向きではないが身体能力は高い。
「遅いっ!」
「何…!?」
銃で撃っても折紙サイクロンに当たることはなく強盗犯の前にはいつの間にか彼の姿があった。そして、折紙サイクロンは両手に刀を構えそれぞれの柄で強盗犯のミゾオチに衝撃を与えた。つまり気絶させた、ということ。
『折紙サイクロン犯人確保ォ!』
何処からかともなくHERO TVの中継が聞こえてきた。犯人を2人捕獲した折紙サイクロンは400ポイントゲット。
「…今回は折紙さんに全部持っていかれちゃったな」
遅れてきたドラゴンキッドはちぇーっと口を尖らせ、そして私たちのところへ来た。
「もう大丈夫ですよ。今、縄を解きますから」
「ありがとうございます…!」
こうして私たちはヒーロー達の手によって助かった。
ドラゴンキッドが私以外の人質を倉庫の外へと連れ出し、倉庫内には私とイワンだけが残った。
「私、酷いこと言ったのにどうして…?」
聞かずには居られなかった。あんな酷いこと言ったら普通は助けに来ない。どうなっても良いって思うのに…。
イワンはヒーロースーツのマスクを取った。
「どうしてって言われても…」
あの時と同じようにふにゃっと笑うイワン。どうしてそんな風に笑えるの?
「何て言えばいいのかな」
人差し指で頬をかき、うーん、と悩む。相変わらずの笑顔で。
そしてためらいながらも口を開いて出た言葉は、
「月乃のことが好きだから、かな」
だった。
「好きだから何を言われても嫌いになれない。好きな人が危ないと知ったら助けに行くよ」
最初はイワンの言う"好き"は友達としての"好き"だと思っていた。でも、今のセリフを聞いて私と同じという気持ちが分かり、同時に頬が赤くなった。
「……」
強盗犯は銃を持っていたけどそれに屈することなく立ち向かって助けてくれて、そしてイワンの気持ちは私と同じで、嬉しくて、嬉しくて。
「…よければ月乃の気持ちを聞かせてほしいな」
私はイワンに抱き付いた。
「…これはどういう意味かな?」
「わ、分かるくせに…!」
「言葉にしてくれないと分からないよ」
分からない、と言っておきながら声が笑っている。絶対に分かって言っているよイワンの奴。
「だってハグなら挨拶でする国あるからね。月乃のところでは珍しいかもしれないけど」
「だったら…!」
だったら、分かるでしょ!と、声を上げて言おうとしたが、イワンの人差し指によって制止された。
「だから、僕は月乃の口からきちんと聞きたいんだ」
イワンの行動一つ一つのせいで私の心臓は煩いぐらい脈を打つ。あ、あとで覚えてなさいよ…!
「私は、イワンのことが…」
「僕のことが?」
なあに?と言ったようににっこりと笑うイワン。あぁ、笑顔が眩し過ぎて頬に熱が更に集まる。
「…好き、です」
自分でもありえない、と思うぐらいぎこちなく、しかも小さな声だった。
「はい、良く言えました」
イワンは私を子供扱いするかのように頭を撫でた。
「ちょっと…!」
と、ムキになるがイワンがそれを遮るかのように言葉を発した。
「じゃあご褒美をあげないとね」
「ご、ご褒美…!?」
何処まで子供扱いすれば気が済むんだ…!確かにイワンよりも"好き"って単語はなかなか言えなかったけどさ。
するとイワンは私の両肩を掴むと少しかがみ、私の唇に自分の唇を重ねた。
「――…!?」
もちろん私は突然のことだったためパニックになってしまい情けない話ではありますが気を失ってしまった。
「…もうヘタレなんて言わせないよ?」
そう聞こえてきた気がしたけどそれは夢の中なのか現実なのか良く分からなかった。
ヒーロー見参月乃をお姫様抱っこする日が来るなんて思わなかったな。
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後書き
50000hit企画第16段。
朔様からのリクエストで彼女or好きな女の子が誘拐されて助けに行く話で甘々、という内容でした。
酷いこと言ったのにイワンは構わず助けに来る話で書いてみました。
朔様のみお持ち帰りOKです。
リクエストありがとうございました!
(2012.07.19)
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