▽ 恋の足音
(早く戻って来てよヤナギン…!)
私はファーストフード店へヤナギンと二人で来たんだけど、目の前にはヤナギンではなく彼女の知り合いの男子が座って居る。ヤナギンと一緒に帰ったりしているときにたまに見かける唐沢としゆき君。いや、それは置いといて。
どうしてこうなったのかは数分前に遡る―…。
『月乃ー。マック寄って帰ろ』
帰り道でヤナギンがそう言って私は頷いた。私も丁度小腹が空いていたし断る理由も特になかった。
マックの自動ドア前で足を止めドアが開くまで数秒待ってから中に入る。運良く店内は混んでなくて直ぐに注文を済ますことができ、私たちはキョロキョロと辺りを見渡す。空いている席は、と…。
『あれ、としゆき?』
ヤナギンは空いている席ではなくすでに埋まっている席に近づいた。そこは4人席を1人で座って居る真田北高男子生徒が居た。確かヤナギンの知り合い、だったよね。どんな人かはよく知らないけど。
『1人?寂しい奴だな』
『別に良いだろ』
挑発めいた口調、そして少し見下す感じで言うヤナギン。ちょっと止めてあげなよ、と思いながらも止めることは出来ない私。二人のやり取りを見てオロオロとすることしかできない。
ヤナギンはふうんと、言いながらテーブルの上にトレイを置いた。男子生徒が座って居る席の前に。…あれ?
『何している』
『何って見てわからない?寂しそうだから私らが座ってやるよ』
『え、ちょ!?』
待って待って。私を巻き込まないでよと思いながらその言葉を飲み込んだ。ヤナギンは別に問題ないよね、月乃?といった目線で見てくるので首を立てに振ることしか出来なかった。…ま、まあ、全く知らない人じゃないから良いか。ただ、居づらいことには変わりないけど。
私はおとなしくヤナギンの隣に腰を下ろした。
『あ、そういえば紹介がまだだったよな。この子、あたしと同じクラスの立花月乃』
『よ、宜しくお願いします』
『…どうも』
ヤナギンが私のことを紹介し始めてたから私はそれに合わせて頭を下げた。ヤナギンの知り合いの男子はキャップ帽に触れながら頭を少し下げた。あまりにもぶっきらぼうで"別に興味ない"って言ったように捉えれるんだけど。私だって出来れば関わりたくなかったよ。
『で、コイツは唐沢としゆき。まあ、腐れ縁みたいな奴』
『そ、そうなんだ…』
それにしてもヤナギンって男女問わず顔が広いなあ。前にも真田西高校の男子生徒と会話していたし。名前は忘れたけどなんか目の下にクマっぽいのが出来てた人。ちょっと羨ましかったりする。私、男子と会話するのはあんまり得意ではないから。
『ちょっとごめん、席外すわ』
『え、ヤナギン!?』
『大丈夫大丈夫。すぐに戻るから』
急にヤナギンはそんなことを言い出して私は彼女が通路に出れるように一度席を立った。てか、待ってよ!私を唐沢君と二人きりにしないで。…って言いたかったけど、流石に本人の前でそんなことが言えるわけでもなく、私はヤナギンの背中を見送ることしかできなかった。…うう。
しょんぼりしながら仕方なく席に座り、こうして今に至るわけである。
(ヤナギンは一体いつになったら帰ってくるの…?)
直ぐに帰るって言ったからてっきりお手洗いとかかと思ったんだけど、5分10分経っても戻って来ない。もしもお腹が痛かったら確かに時間はかかるけど、そんな様子は無かった。むしろ爽やかな笑顔で出てったよ。…ん、爽やか?今思えばそれもなんか不自然じゃないか?
私はふとヤナギンが座って居た場所に視線を落とす。良く見たら彼女の荷物が無い。あ、あれ…?
おかしい、と思って私はポケットの中から携帯を取り出し素早くヤナギンにメールを送った。今何処に居るの、と。返事はやはり直ぐに返って来た。
"ごめん、用事が出来た。ポテトとか食べていいよ"
ヤナギン…!
(もしかしてコレを狙っていたの…!?)
ヤナギンは私が男子と関わるのが苦手なのを知っている。彼女が男子と楽しそうに話しているときは私は隣には居るけど存在感がなくてまるで空気にようで何も発言しない。そんな私を見ているから彼女はこうやってワザと席を外したのではないだろうか。
「……」
どうしよう、と思いながらチラっと前に座って居る唐沢君に目をやる。白いキャップ帽を深くかぶりコーラを口にし先ほどから全然口を開かない。この気まずい空気はどうしたら良いのだろうか。私がヤナギンみたいに男子とも気軽に話が出来るタイプならまだしも残念ながらそんなスキルは持ち合わせていない。
(本当にどうしよう…)
きゅっとシェイクを握り私は俯きながらそれを飲む。甘いはずなのに甘く感じられない。それどころではないから。
「…大丈夫か?」
「え?」
さっきからずっと黙って居た唐沢君は突然口を開いたかと思うと私を心配する言葉だった。勿論私は驚く。
「そんなに身構えなくて良い。別に取って食わん」
…いや、それは分かって居るんだけど。どうしても私は男子と会話をするとなると緊張してしまうわけであって。身構えているつもりはないけど自然と固くなってしまう。
気にかけてくれる唐沢君だけど私は何も言うことが出来ずに再び俯いてしまった。
「……」
ああ、やっぱり沈黙になるよね。ごめんなさい唐沢君。私と二人で居るよりもヤナギンと話していた方がよっぽど楽しいよね。もう、これはヤナギンを連れ戻すか?うう…私にはそんなこと出来ない。絶対に怒られるに決まっている。…だったら、早く目の前にあるシェイクやらポテトやらを片付ける。これしかない。
私は心の中でコクリと頷いた。
「ニャーン」
「…へ!?」
そんなことを思っているとどこからかともなく聞こえてきたのはネコの鳴き声。私は思わず反応して変な声が出た。
「ご、ごめんなさい。変な声出してしまって…」
てか、よく考えてみたらこんなところでネコの声がするわけないよね。私、どうかしているよ。あー、恥ずかしい。
私は恥ずかしさを隠すためにシェイクを飲む。
「ニャーンニャーン」
「!?」
私の耳はおかしくなかった。今度はネコの鳴き声が2回も聞こえてきて辺りを見渡す。でも、それらしいものは何も見当たらない。
「ニャーン」
「…唐沢、君?」
もう一度鳴き声が聞こえた方を見る。それは目の前。どうやらさっきから唐沢君がネコの泣き真似をしていたみたい。…って、す、凄い…!
「か、唐沢君ってネコの鳴き真似出来るの!?」
「そんな驚くことでもない」
「ううん。凄いよ!私、此処にネコが居るかと思ったもん」
自分でも驚くぐらいすらすらと出る言葉。なんだか嘘みたい。
って、何はしゃいでいるんだろ私。恥かしい。
「ご、ごめんなさい…。こんな1人ではしゃいで」
「気にするな」
頬が熱くなり私は熱を冷ませるためにシェイクを飲む。って、シェイクに逃げるのこれで何度目だ。
謝る私に対して唐沢君は短く一言しか言わなくてまた空気が重くなったような気がした。
「…そうやって笑えるんだな」
「え?」
…気がしただけだった。
私はもう一度聞き返す。
「笑っている方がずっと良い」
トクン、トクン、と心臓の鼓動が変わり頬だけでなく全身が熱くなった。
「…あ、ありがとう」
一歩ずつ近づいてくる足音。この時は良く分からなかったけど―…
恋の足音私、唐沢君のこと好きになったみたい
++++++++++++++++++++++++++
後書き
50000hit企画第15段。
桜様からのリクエストであまり知り合いじゃない感じで恋の始まり、でした。
ヒロインはヤナギンのお友達でヤナギンとは違って男子と上手く話することが出来ないおとなしい女の子設定で書いてみました。話出来ない、けど話したいという思春期にありがちな感じで。
桜様のみお持ち帰りOKです。
リクエストありがとうございました!
(2012.07.16)
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