▽ はじめて記念日
「お待たせ!待った?」
「…………今来たところ」
自分の家から出てみると幼馴染である土屋康太がもうそこに居た。ちなみに家は真向かい。
今日は私がワガママで買い物に付き合ってもらう約束をしていたんだけど、私よりも康太の方が早くから待っていた。
昔っからそうだ。
康太は何でも私のワガママに付き合っては、何も文句言わずについてきてくれる。私が待ち合わせ時間に遅れてもなに一つ文句を言わなかった。私が「待った?」と聞くといつも「今来たところ」と返す康太だけど、本当は知っているんだよ。何分も待っているってことを。それをあえて言わない康太。そんな優しいところが好き。
「…………どうかした?」
「ううん。何でもない。行こっ!」
にっこりと笑うと康太は私が何で笑ったのか良く分からないといったように首を傾げた。
「今日は駅前に出来た雑貨屋に付き合って!」
「…………分かった」
一言だけ康太は言うとそれ以上は何も言わずに私の隣を歩く。
いつもの光景。
「この前さー、代表が女装してたんだけど…まさかまた康太が絡んでいる?」
そして一方的に話題を振るのも私。
ちなみに私が言っている代表というのは根本恭二のこと。私はこう見えて2年Bクラス。一応は頭が良い部類に入る。
「…………何もしていない」
「そう言っている割にはどうして目を合わせてくれないんだろ?」
「…………さあ」
じい、っと康太を見つめて視線を合わそうとするが、康太は康太でフイっと視線を逸らす。目を合わすと気まずいとでも言いたいように。
やっぱり今回も絡んでいるんだ。
康太のいるFクラスに試召戦争で負けてから、私たちBクラス代表の根本は女装するようになってしまった。するようになってしまった、といえば語弊があるな。正しく言えば女装を"させられた"か。まあ、普段の行ないに問題があるから仕方がないとは思うけれど。
「でも、あれは見るに耐えないよ。絵面が汚い」
「…………俺に言われても」
「まあ、とりあえず。あんまり代表を苛めないであげて。いや、大いに苛めて結構だけど」
「…………どっち」
「そうだなあ…。じゃあ、女装系以外でお願いします」
「…………了解」
最初は、苛め過ぎも可哀想かな、とも思ったが、よくよく考えてみると私はヤツに優しくする義理なんてない。
私、ヤツのせいでクラス代表になり損ねて「残念だったな」と鼻で笑われたことがある。別にクラス代表になりたかったわけではないけど、アイツに比べれば私がクラス代表をやった方がマシに思える。色んな意味で。
とりあえず、そんなことがあって以来、私はどうも根本は良いように思うことが出来なくなってしまった。まあ、だからどうした、って話だけど。
「…っと、もうちょっとで雑貨屋に着くよ」
「…………(コクリ)」
何故か根本の話題で話で盛り上がってしまい(?)、気付けば目的地はもうすぐの所まで来ていた。
康太は私の隣で静かに頷いたが、
「…………!(ダラダラダラ)」
頷いて直ぐぐらいに鼻血が垂れる音が聞こえてきた。
「……」
康太の視線の先にはミニスカをはいた女の子2人組が楽しそうに歩いていた。
いや、これはいつものことなんだけどね。康太が女の子の脚とか見て鼻血出すことは。
慣れたには慣れたよ。
でもね。
私だって女の子なんだよ?
今まで何度も一緒に居たけど、私に鼻血出してくれたことは一度も無かった。いや、出して貰っても困るけど。
「……」
私が隣に居るのに、どうして康太はいつもそんな反応をするの?
私ってやっぱりただの幼馴染なの?
「…………月乃?」
康太は鼻血を拭き終わると心配そうに私の名前を呼んだ。
なんだか胸の辺りがモヤモヤして気持ち悪い。
「…………様子が変」
康太は私が根本の話をしても何とも思わないの?
私は康太が他の女の子を見て鼻血を出すなんて本当は嫌だよ…。
彼女でも何でもないってのは分かっているけど、これって私のワガママかな…。
「ごめん、やっぱ帰るわ」
私は自分の気持ちがバレないように、感情を押し殺してそう言った。
私ってば最低だ。
勝手に他の男の話をして康太は何の反応もなくてショックを受け、康太は康太で他の女の子を見て鼻血を出して私はムッと来てさ。でも、今日は私が康太を誘ったわけだから、それくらいは我慢しろよ私。
…我慢できないんだよね。
早く康太の前から居なくなりたい。そう思って踵を返して来た方向へとつま先を向けた。
「…………どうして帰る」
後は足が前へと動けばよかっただけなのに、康太がそれをさせてくれなかった。
どうして引きとめるの?止めてよ。引きとめたら私…康太に酷いことを言ってしまう…
「…私って、ただの幼馴染?」
「…………?」
「いつも隣に居るのに、康太の視線の先はいつも別の女の子。鼻血だ出して嬉しそうにニヤニヤと。私には、そんなことされたことがない…一度も女の子扱いされたこと無いよ…」
「…………」
ああ、言ってしまった。言ってはいけないことを言ってしまった。
「ご、ごめん…」
私はそう言って康太の手を払いのけ逃げるように走り出した。
ああ、本当、私ってバカだな。何やってんだろ。
「……あれ、おかしいな…」
私の目からは涙が溢れて来てそれが頬を伝っていく。
「どうして涙が出てくるんだろ」
康太が嫉妬してくれなかったから?
康太が私じゃなくて別の女の子を見て鼻血を出していたから?
ううん、違う。
自分がワガママで勝手過ぎたから悲しくなってきたんだ。
「…………ハンカチ」
すると、何故か康太の声が聞こえてきた。
「どう、して……?」
追ってきたの?と聞こうとしたが、泣いているせいで上手く言葉を発することができなかった。
「…………どんな理由があっても女を泣かすのはいけない。泣かした男が悪い」
「……」
康太はそう言って優しく涙を拭いてくれた。
…康太はちっとも悪くないのに。悪いのは全部私なのに。
「…………月乃は、俺にどうして欲しい」
「どう…って?」
「…………月乃を見て鼻血を出して欲しいのか?」
「…………」
「…………月乃を見てニヤニヤして欲しいのか?」
「……そんなの康太じゃない」
私にはそんな態度しない。
康太は何も言わずに私の隣に居る。なんだかんだ言って私に優しくて気遣いが出来て。
それが私に対しての康太。
「…………じゃあ、どうしてほしい」
「…さっきのは忘れて。私が悪かった」
「…………そうはいかない」
忘れてほしいのに康太は拒否した。
「だって、康太にとって私はただの幼馴染なんだから『他の女の子みて鼻血出さないでよ!』なんて彼女が言うセリフじゃ―…」
「…………だったら、彼女になって」
「へ?」
ま、待って。今なんて言った?
私は目を丸くして康太を見る。
「…………だから、彼女」
「自分の言っている意味、分かっている?」
「…………(コクリ)」
康太は頷いたけど、絶対に分かってないよ!
「か、彼女っていうのは、自分が好きで大切にしたい人のことだよ?幼馴染とはわけが違うんだよ?分かっている?」
「…………月乃に言われなくても分かっている」
康太は真剣に私の方を見つめる。
こ、これは…。本気で言っている。
「い、今まで私のワガママに付き合っていたのって…」
「…………好きじゃないと付き合わない」
つまり、えっと…どういうことだ?
康太は幼馴染として優しくしていたわけじゃなくて、え?
「…………月乃のことが好き」
康太の口から"好き"っていう言葉を聞けて、私は嬉しくて嬉しくて、また涙がこぼれてしまった。
「…………月乃?」
「私も、康太のことが好き…!」
私は思いっきり康太に抱き付いた。
「…………!(ブシャァァ)」
そして康太は初めて私に対して鼻血を出した。
はじめて記念日…………柔らかいものが…!
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後書き
50000hit企画第2段!
凛様からのリクエストで『土屋が女の子を見て鼻血出すことで喧嘩。最後は仲直り』という内容でした!
私が幼馴染ネタが好きなので幼馴染設定で書かせていただきました!
凛様のみお持ち帰りOKです。
リクエストありがとうございました!
(2012.03.19)
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