▽ キミでいっぱい
「ねえ、ふと思ったんだけどさ」
「何だ」
私は彼氏でもあるとしゆきの部屋で口を開いた。としゆきは読んでいた雑誌をめくりながら私に耳を傾ける。
「としゆきって筋肉あるの?」
「…は?」
疑問に思ったことをストレートにぶつけるととしゆきからは"何言ってんだコイツは"みたいな目で見られた。…まあ、実際には帽子をかぶっているから想像での話だけど。
「いや、前にヤナギン達から聞いたんだけど」
「アイツらの話は気にするな」
「まだ何も言ってないよ」
「どうせたいしたことない」
「相変わらず扱いが酷いなぁ」
まあ、良いんだけど、と私は話を続ける。
「ヤナギンと生島に賞味期限が切れたお菓子あげたんだって?駄目じゃないの」
どういう経緯でお菓子をあげたのかは良く知らないけど(てか、彼女たちが興奮してしまって話すのを忘れていた)賞味期限が切れたお菓子を2、3箱貰ったらしい。羽原曰く動物園のサルみたいにむさぼっていたとか。
「あれは俺も気付いてなかった」
「嘘。としゆきってばそういうところだけちゃっかりしているんだから」
だって、私にはちゃんと賞味期限が切れていないお菓子をくれるし。…当たり前か。
「……筋肉と賞味期限切れのお菓子は関係あるのか?」
「ああ、そう。賞味期限の話がしたいんじゃないの」
もう、どうして話が逸れたんだろう。あ、そうか、賞味期限切れのお菓子の方が印象が強かったからだ。…って、あれ。なんか上手くかわされた気がする。わざと賞味期限切れのお菓子をあげたのではないかってこと。まあ、良いか、とブツブツ言いながらも本題に戻す。
「期限切れのお菓子を寄こされたことに怒ってヤナギンが蹴りを入れたりしたんだけどガードしたんだって?生島がとしゆきの身動きが取れないようにしてもヤナギンの蹴りが彼女に入るように動いたとかなんとか」
「…それで?」
「それでって…そこまで動いたり出来るんだったら相当鍛えているんじゃないのかなって思って」
「避けれるのと筋肉は別モノだろ」
「うーん、そうかもしれないけど」
でも、よく考えたらとしゆきは運動部に所属しているのではなく、生徒会に入って居る。まあ、生徒会と言えども筋肉を使うこともあるだろうし。筋肉あっても不思議ではない。
「まあ、何でも良いや。筋肉触らせて」
前置きはどうであれ、結局私はとしゆきの筋肉が触りたい。
「色々と諦めたな」
「だって。触ってみたいんだもん」
はあ、と深くため息を吐くとしゆき。なんでそんなに深いため息を吐くのかは私には分からない。別に変なことを頼んでいるわけでもないのにどうしてだろう?筋肉を触るぐらいどうってことないと思うんだけど。
「…分かった」
何だかんだ言ってとしゆきは了承してくれた。触らしてくれるなら最初からそうしてくれればいいものの。了承まで少し間があったのが少し気になるけどまあ良いや。
「じゃあ、失礼しますー」
「…って、おい」
「え?」
「筋肉って腹筋のことかよ」
私は一応礼儀として"失礼します"と言ってとしゆきのTシャツをめくったら彼に驚かれた。え、筋肉って言ったら腹筋のことでしょ?割れているのかどうかチェックしたくなるってのが女の性ってモノよ。…私だけか。
「駄目なの?」
「駄目ってわけじゃねーけど」
「まあ、良いわ。触りまーす」
「はあ…」
一体何度"まあ、良いわ"って言葉を聞いただろうか、と呆れたようにとしゆきはため息を吐いた。良いじゃない、善は急げって言うじゃない。…あれ、遣い方違うかも。
私はとしゆきの腹筋に手を伸ばした。
「わあ、固いんだね!」
「それなりには」
「すごーい!」
「運動部みたいにハッキリとは割れてないけど」
「割れてなくても凄いよ!私、こんなに固くないし」
としゆきの腹筋はやっぱり固かった。男の子と女の子ってこうも違うものなのか、と改めて実感するぐらいのものだった。いつも涼しそうな顔をしているとしゆきでもやっぱり男の子なんだね。うんうん。
「…満足か?」
「うん、満足した!ありがとう!」
私は上げたTシャツから手を離してお礼を言った。としゆきはTシャツを整えながら何か考えているようだった。どうしたんだろう。
「としゆき?」
帽子をかぶっているせいで表情が分からないからとしゆきの顔を覗き込んだ。
「筋肉」
「え?」
するととしゆきは1単語だけ口にした。え、筋肉がどうしたって?ともう一度訊き返す。
「…触らせた代わりに俺には何処を触らせてくれるんだ?」
「えっ?」
としゆきが言った意味を暫く考えると私はある結論に至って顔が赤くなる。と、としゆきってば…なななな何を…!何処を触らせてくれるって…何言っているの!?
私は金魚みたいに口をパクパクさせる。
「顔、真っ赤だぞ」
「だ、だってとしゆきが―…!」
としゆきが、変なことを言うから。
そう続く筈の言葉は続けることが出来なかった。何故ならとしゆきが私を押し倒したから。私の視界にとしゆきの顔とその後ろの天井が入ってきた。
「お前は無防備過ぎる。少しは警戒しろ」
「だって…」
「だってじゃない。俺だって男だ。何をするか分かったものじゃない」
「う…」
初めてとしゆきが少し怖いと思った。そう思うと何故か目に涙が溜まってしまいいつ泣いてもおかしくない状態に。…でも、泣きたくない私は泣くのを堪える。
「…そんな顔するな。悪かった」
いつものとしゆきの声と違うことに気付いた私は首を左右に振った。
「…私の方こそごめんなさい」
「分かれば良いんだ。分かれば」
そしてとしゆきは私の唇にキスを落とした。優しい優しいキス。
「これからも月乃を大事にする」
「うん、ありがとう。としゆき」
私はこんな素敵な彼氏を持って幸せだなと思いながらとしゆきに抱き付いた。
キミでいっぱい月乃の笑顔を見るとほっとする。
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後書き
50000hit企画第18弾。
凛様からのリクエストで唐沢夢の甘々でした。
無防備過ぎるヒロインに唐沢が頭を悩ませそして押し倒すという話で書いてみました。珍しく唐沢が大胆(笑)
凛様のみお持ち帰りOKです。
リクエストありがとうございました!
(2012.07.21)
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