胡蝶の夢 | ナノ


▽ 第5話

「うーん…」

ポケットの中からタイムテーブル表を取り出し視線を落とした。
用事が終わって受け付けに戻ろうとしたんだけど良く見たら私の時間は終わっていた。
だったら次の仕事場に向かえばいいと思うかもしれないが、生憎、今の時間帯には私の名前はない。
つまり自由時間ということ。

「暇だなー…」

ポツリと呟いた。
みんなそれぞれの持ち場に居るだろうし、私はどうしようか。1人でブラブラ歩くのもなぁ。折角の文化祭だし。

「…柿本?」

そんなことを思っていると背後から私を呼ぶ男の声が聞こえてきた。
しかし、私はこの声の主を知らない。そもそも私に男の知り合いはそんなに居ない。
誰だろう、と思って振り向いてみると、

「あ、モトハルさん」

北高生徒会の黒髪オールバックのモトハルさんだった。道理で分からなかったわけだ。
生徒会で関わるようにはなったけど、それは数日の間だけで、声のみで判断できるまでは関わっていない。

「その"モトハルさん"っての止めてくんない?」

そして私を呼んでからの次の言葉がそれだった。
いきなりのことで私は何故か分からずに目を丸くした。

「え、どうしてですか?」

「いや…その。あんまりさん付けって慣れてなくて」

視線を逸らし少し恥ずかしそうに頭をかくモトハルさん。
確かにモトハルさんみたいな人だとさん付けで呼ばれるような感じではないだろうな。
あの金髪とは違った意味で。

「では、どうお呼びしたら良いんでしょうか?」

「モトハルで良いよ」

予想はしていたけど…呼び捨てかあ、と思いながらも、

「はい、分かりました。モトハル」

と、了承した。
男子を呼び捨てにするのなんて久々だな。いとこなんてもっぱら"金髪"って呼ぶか"アンタ"だし。
そういえば、小学校のころに遊んだ男の子は名前で呼んだっけな。確かあの子の名前はえーっと…なんだっけ。思い出せそうで思い出せない。

「それから、」

頭の中で悩んでいるとモトハルは言葉を続けて、私はハッとした。
意識が余所へ行っていたわ。いかんいかん。

「その敬語も無しにしてくれ」

本日ニ回目の驚き。私はパチパチと瞬きをした。

「どうしてでしょうか?」

「呼び捨てなのに敬語ってなんかおかしいだろ?」

「あ、確かに…」

「な?」

中学んときは男子も居たけど高校になってから男子と関わってなかったから良く分からないけど、男子ってこういうものなのかな?まあ、いいや。


「じゃあ、改めてよろしく。モトハル」

「こちらこそよろしく」

何だろう、この謎な会話。と思いながらも私たちはヘラヘラと笑った。

「ところでモトハルはこんなところで油売っていていいの?」

「油ってお前…。まあ、一応、俺も今暇なんだよ」

え、そうなの?と思ってタイムスケジュールを見てみると確かにモトハルも暇な時間になっていた。
これはチャンスだ。
暇な者同士こうして出会ったのだから誘おう。昨日、金髪に"仲良くしていて損は無い"っていう話したし。

「じゃあさ、よかったら一緒に回らない?」

「俺と?」

私が誘うことが意外だったのだろうか、モトハルは戸惑いながらそう言った。

「何か問題でもある?あ、もしかして彼女が居るとか?それだったら私と一緒に回ったら大変なことになるねー」

「その心配はいらねーよ。俺、彼女とかいねぇし」

「あ、そうなの?」

モトハルって彼女いなかったのか。意外だな。
そういえば、他の生徒会のメンバーの人ってどうなんだろう?金髪は居なかったと思うけど。副会長は顔怖いしなあ。性格は紳士だけど。唐沢さんは…居るかどうか読めない。
ま、いいや。折角モトハルと文化祭回れるんだから早く行動に移そう。

「じゃ、行こうか!」

「行くって…行きたいところでもあんのか?」

「うーん…特にはないけど。あ、」

ポケットの中からパンフレットを取り出して視線をあちこちさせ、私の目は一点に止まった。

「どうした」

「いや、丁度今、体育館でウチの学校の演劇部が劇やっていて…」

パンフレット見て言ったらモトハルは「どれどれ」と言いながら私のパンフレットを覗き込んできた。

「見たいのか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど」

「じゃあ何」

そう。私は別に演劇に興味があるってわけでもなく、演劇部に親友がいるわけでもない。
じゃあ、どうしてこんなに演劇部が気になるのかと言えば理由は一つ。
私は重い口を開いた。

「多分、ウチの会長がそこに居ると思うんだけど…何かしでかしてそうだから見張りに行こうかと思って」

生徒会長のことだ。ウチの文化部はレベルが高いからと言ってわざわざ見に行って、金髪にフフンッと鼻で笑ってやるつもりだろう。
それで済んだら問題はないが、それ以上のことになったら私は頭を抱えなくてはいけなくなる。

「何かしでかすってお前…」

「だって昨日の見たでしょ?あの金ぱt…いや、北高の生徒会長を殴っていたし変に対抗心燃やしているっていうか…」

あ、危ない。いつもの癖で"金髪"って言うところだった。こんな言い方したら流石にバレるよ。知り合いだって。
運良くモトハルは私の金髪発言には気付いていないようだった。ふう、良かった。

「柿本って苦労してるんだな…」

「苦労ってわけじゃないけど…。ってそっちの生徒会長はどうなの?」

この際だ。アイツが生徒会ではどんな感じなのか探りを入れてやろうじゃないか。
きっとロクに仕事してない筈だ。

「こっち?こっちは別に普通だけど」

(アイツが普通?そんなわけないじゃないの…!)

「……まあ、勢いがあり過ぎてたまにしでかすこともある、といえばある」

「へえ、そうなんだ(やっぱりね!)」

そんな会話をしていると私たちは体育館に着いた。
中はライトを消していて薄暗かったけど、周囲に誰が居るのかは分かる程度の明るさ。
私たちは空いている席に腰を落ち着かせた。

(後ろからじゃあ生徒会長が何処にいるのか分からないなぁ…)

座っている状態で頑張ってひょこひょこと背伸びをして会長を探すが見当たらない。
まあ、彼女、背低いし。
いや、逆に考えよう。今、会長はあの金髪と居るはずだ。奴の頭を探した方が早いのでは…?

(…あ、)

案の定、金髪は直ぐに見つかった。が、残念ながら二人は結構前の席に座っていた。
どうしよう。席を移動するか?でも、パッと見、空いているようにも見えないし。かと行って席を立ち歩いて前の方でウロウロしたら後ろの人に迷惑がかかってしまう。

「どうかした?」

「え、いや。なんでもないよ!」

さっきから不審な動きを取るせいかモトハルに不審に思われ、私は慌てて誤魔化した。
そして丁度、演劇部の発表が終わり唐沢さんの司会の声が響き渡った。

「か、唐沢さんって良い声だよね!」

「え、あ、ああ。そうだな」

聞こえてきた唐沢さんの声に咄嗟に反応して私はそう誤魔化したが、逆に変だったような気がする。やってしまった…!
頭を抱えていると前の席の方でガタッと椅子が倒れる音がした。
え、何。何事?と、音のした方を見てみると、胸倉を掴まれた金髪が居た。勿論掴んで居るのは生徒会長。って何やってるんだ…!?

「柿本っ!」

モトハルが私を呼ぶ声が聞こえてきたけど私はそのまま騒ぎの輪へと突っ込んで行った。

「会長!?」

輪の内側へと行くと会長は金髪に向けて睨みをきかせていた。
どうしてこんな状況になってしまったんだ…!頼むからおとなしくしといてくれよ。
私が来て少しすると私と同じように北高の副会長も慌ててこちらへと来た。
そしてモトハルもいつの間にか私の隣に居た。

『売られとんのだぞ俺らは!買ってやらにゃぁ腐っちまうだろうが!』

やる気満々な金髪はネクタイを緩めた。

「あんのバカ…」

私は手で額を覆いため息を吐いた。

「バカ?」

「え、ああ。いや、何でも無いよ!」

思わず本音が出てしまい隣に居たモトハルが疑問符を浮かべた。
危ない危ない。口には気を付けないといけないな。

『まどろっこしいのは抜きにして白黒はっきりさせましょうや。俺の圧勝でしょうがね』

『上等だぁあ!』

我が高校の生徒会長が金髪に殴りかかった。
ああ、終わった。記念すべき文化祭が完全に終わった。

『やれやれー!』

『ぶっとばせ会長ー!』

しかし何故か皆喜んでいる。どうして!?
暫くするとBGMが流れてくるし。なんかノリノリじゃねーか!なんだこの文化祭は。

「ねえ…これ、止めなくていいのかな?」

「盛り上がっているからいいんじゃね?」

「そういうものなのか…」

なんか良く分からんな。
てか、金髪。楽しそうにしているけど、一方的に殴られてんじゃないの。

「アイツ…女の子に手をあげるつもり無いのに…」

なのにどうしてさっきから挑発するような言葉ばっかり言うんだろ。
私と取っ組み合いの喧嘩をしたときだって絶対に手を出さなかったし。…昔の話だけど。

「柿本?ウチの会長と知り合いか?」

ボソリと呟いた言葉をモトハルに拾われてしまい私はハッとした。

「え!?あ、い、いやだなぁ!知り合いなわけ無いじゃない。私、高校生になる前に此処に引っ越して来たんだよ!?」

「へえ、そうなんだ」

危ない。また、うっかりと口を滑らしてしまうところだったよ。
次、同じミスをしたら流石に誤魔化せないな。本当に気をつけないと…!

『俺は…女は殴らない主義なんだ…』

そんなことを思っていると騒ぎの中心である金髪と会長の戦いが終わったみたい。
金髪がドサッと倒れたところでコングが鳴った。
…いや、これ、何の勝負だったの?

「ったく。アイツ…」

まあなんの勝負かは分からなかったけどさ。絶対にアイツ、殴られ損だよね。いや、アイツに問題があったと言えばあったから自業自得なのかな。

「なあ、柿本…」

「え、何?」

「やっぱお前…ウチの会長と知り合いなんじゃ―…」

「そんなわけないでしょ!?」

私は咄嗟に叫んでしまいモトハルは怯んだ。

「ご、ごめん…」

「いや、良いんだけどよ」

「……」

「……」

私たちの間に気まずい沈黙が流れる。

「俺、言わねーよ」

そしてその沈黙を破ったのはモトハルだった。
ああ、私ってホントバカ。口は災いの元っていうよね。遣い方微妙だけど。
もう誤魔化すことは出来ないと思って私はコクリと頷いた。

「お願い。他の二人とこっちの生徒会の子には言わないで」

「分かった」

「察しの通り、私とあの金髪は知り合い。…いとこなんだ」

「え?い、いとこ?」

モトハルはいとこ、だったのか?と驚いた顔を見せた。
でも、何で知られたくないんだ、と彼は私に問う。

「あんなバカが親戚と思われるのが嫌で嫌で…!」

「ああ、なるほど?」

納得したのかしていないのか良く分からないけどモトハルはそう言った。語尾が上がっていた気がするけど。

「…まあ、言わねーから安心しろ」

「あ、ありがとう!」

良かった、と思って安堵したところで唐沢さんの司会の声が響き渡った。

『はい。以上。東高生徒会長と北高生徒会長によるガチンコバトルでした』
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