▽ 第18話
(…やっと思い出してくれた、か)
小学生の頃、公園で出会った女の子、忍。この辺では見かけないと思ったらどうやらいとこの家に遊びに来ていたらしい。いとことは一緒に居なかったみたいだが。
忍が家に帰る時"また会おう"という約束をした。その"また"というのはいつのことか分からないが小学生のころの俺は"今日来ているかもしれない"と思って暫く公園に通った。
(…今日も居ない)
今思えばそんなに頻繁にいとこの家に遊びに来るわけがなく、来たとしても長期休みの時ぐらいだ。でも、あの頃は来ると思っていた。直ぐに会えると信じて通い続けていた。
そんなある日のことだった。アークデーモンに額の傷を付けられたのは。
『何やってんの?毎日毎日誰か待っているみたいだけどさ』
『――…!』
声がした方を見るとそこには太い木の棒を持って気味の悪い笑みを浮かべたアークデーモンが居た。恐怖のあまりに背筋が凍って動くことが出来なかった。
『暇でしょ?丁度こっちも暇していたところなのよ』
ジリ、ジリ、とこちらに近づいてきて俺は一歩、また一歩と後ろへと下がった。
『うわっ…!』
足元を見ていなかったため俺は石につまずいて尻もちをついてしまった。ニヤリ、と笑みを浮かべて俺を見下ろすアークデーモン。俺は立ちあがることが出来なかった。
『―…一緒に遊ぼう?』
そして額に傷を負った。
* * *
どうしてこうなった。忍のことを思い出そうとしていたのにどうして"傷の思い出"まで一緒に出てくるんだ。お陰で吐きそうだ。
俺は頭を切り替えるために首を左右に振った。忘れろ忘れろ、と。
(あれ以来…)
あの事件以来俺は公園に行かなくなった。いや、行けなくなった。もうあの恐怖を味わうのはごめんだからな。
忍はもう来ない。そう自分に言い聞かせて。
正直、もう会うことは無いだろうと思っていた。"そんなこともあったな"と思い出としてしまっておくことにした。
だから、まさか北高の生徒会室で再会を果たすとは思わなかった。いきなり東高の生徒会が来たときは驚いたがその中に居た忍を見て更に驚いた。小学生のころに比べれば勿論大人っぽくはなっていたが面影は残っていた。公園で遊んだ忍、だ。俺は内心嬉しかった。何か会話出来るタイミングはないものか、と様子を伺っていると、急に忍はガタッ立ち上がった。
「…何か?」
此処から会話に発展できるのかどうかは微妙だが…まあ良い。忍はどう出るだろうか。
「え、あ、すみません。何でもないです…」
慌てて頭を下げる忍は俺に気付いている様子は無かった。まあ、無理もない。俺はあの時に比べれば大分変った。性格とか喋り方とか。それに帽子だってかぶっている。忍からは俺の顔を見ることは出来ない。…気付かなくても不思議ではない、か。
(……)
忍が紅茶を飲むのを見る。あの頃はジュースばかり飲んでいた忍だが紅茶を飲める年になったのか。…俺もだが。
「わけの分からんやり取りはその辺にしておけーっ!」
「ふごっ!?」
月日が経つのは早いものだな、と思っていると会長の声が聞こえて来た。会長居たんですね。会長に驚いたのか忍は紅茶を噴き出してしまった。
「大丈夫か?」
「え、あ…すみません」
俺は台拭きを取り出して忍が噴いてしまった紅茶を拭きとった。
「ハンカチ使うか?」
「あ、いえ。持っているので」
「そうか」
忍は自分のポケットの中からハンカチを取り出してそれを見せてくれた。
昔に比べればおとなしくなった印象を受けた。あの頃みたいにもう笑わないのだろうか。…それを言ってしまえば俺も同じか。
(…まあ、いい)
あの頃と違って今は忍の居場所は分かっている。それに東高の生徒会とは今後も付き合いがありそうだ。
だから、
忍が俺に気付いてくれるまで気長に待つとしよう。
* * *
あまりにも忍が俺のことを思い出しそうにないから少し行動に出てみた。と、言ってもハシゴから落ちたのはワザとではない。
(…忍に危ない真似をさせてしまった)
まさか俺を助けるために身体を張るとは。女なんだから少しは自分の身体を大事にしろよ。
(帽子…)
いつも頭を覆っている帽子が頭にないことに気付いた。どうやら落ちた拍子に帽子まで飛んでしまったみたいだ。いつもならサッと拾って何事も無かったかのようにかぶるのだが俺はそれをしなかった。これはいい機会かもしれない。帽子をかぶっていない状態をみたら流石に思い出すだろう。
本当は傷を見せたくはなかったが、こうでもしないと思い出さないと思った。
もう知らない振りをするのも疲れた。
「とし、ゆき…?」
帽子を拾って俺の顔を見た忍はそう言った。
良かった、思い出してくれて。
俺だけが覚えていなくて良かった。
そう思うだけで不思議と心が温かくなった。
なんだろう、この気持ちは。
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