▽ 第16話
「とりあえず座れ」
「あ、はい」
三人が出て行った後、生徒会室は私と唐沢さんだけが残され、私は唐沢さんに言われて椅子に座った。
「紅茶飲むか?」
「え、でも、さっき飲み物を…」
「気にするな」
「でも…」
「それに、りんごちゃんさんに"唐沢さんの紅茶を飲みに来た"って言っただろ?嘘を吐くのも良くない」
そう言えばそうだっけ。
確かに唐沢さんの言う通り嘘を吐くのは良くない。よし、ここは唐沢さんの行為に甘えることにしよう。
「そう、ですね…!じゃあ、お願いします」
そして唐沢さんは紅茶を入れる準備をし始めた。普段から紅茶を入れているのだろうか、手際が凄く良くて惚れ惚れするぐらいだ。ティーポットもカップもお洒落で素敵だな、なんて思いながらぼーっと眺める。
「不愉快な思いをさせてすまなかった」
「え?」
唐沢さんからの突然の謝罪に私は驚いた。
「その…自分の先輩がスカート覗かれているのを見るってのは…嫌だろ」
少し言いにくそうに唐沢さんは言いながらティーカップに紅茶を注いだ。
「…嫌じゃない、って言ったら嘘にはなりますけど…それは唐沢さんが気に病む必要はありません」
「だが…」
「だって、唐沢さんは覗いていないじゃないですか」
「……」
あれ、私、変なこと言ったかな?唐沢さんの動きがピタリと止まったぞ。
「か、唐沢さん?」
私が名前を呼ぶと、唐沢さんはまた手を動かし始めた。
「もしも、俺も覗いていたらどうする」
「へ?」
「あの三人と一緒になって、ですか」
「ああ」
唐沢さんは私の方に来て、ティーカップを私の前へと置いてくれた。ご丁寧に茶菓子まで添えて。
そして唐沢さんは私の前の椅子に座って私と向かい合う形になった。
…目の前にはお洒落な茶菓子と紅茶のセット。その向こうには真剣な唐沢さん。
でも、質問内容は"一緒にスカート覗いていたらどうするか"だ。なんだ、この状況は。おかしくないですか。
私はティーカップを口につけて少しだけ紅茶を口に含んでからティーカップを置いた。
「全力で唐沢さんを軽蔑します」
「……」
あはは、と笑って答えるが、唐沢さんは全然笑っていない。
コホン、と咳払いを一つしてから私は話を続ける。
「まあ、冗談です。私の予想ですが、唐沢さんなら一緒になって覗かないと思いますね」
「何故だ」
「うーん。何故って聞かれたら良く分からないですけど…」
「俺だって一般の男子高校生だ。あいつらと同じことをしたって不思議ではない」
「あ、確かにそうですよね。うーん、どうしましょう」
言われてみればそうだ、と、私は顎に手を添えて考え込む。
よし。さっきのスカートを覗いていたアホの図を想像してみよう。あそこに唐沢さんが入るとどうなるか、だ。
…想像なんてできない…!
「…想像できませんでした。すいません」
「…いや、謝ることでは」
「やっぱり唐沢さんって一緒になってバカやるよりは冷静に注意する方だと思うんですよね」
「……」
「あ、あれ?違ってました?まあ、私の想像が入り混じってるので違うかもしれませんが」
「いや、まあ…そんな感じだな」
「なんだ、あっているんじゃないですか。驚かさないでくださいよ」
唐沢さんが黙るから違うのかと思ったじゃないですか、と私は笑い、茶菓子を一口、口に入れた。うん、美味しい。
「じゃあ、逆に聞きますけど、私がスカート覗いていたら唐沢さんはどうしますか?」
「その質問に答える意味はあるのか?」
「え?何故です?」
「俺よりも柿本の方がその状況に遭遇する確率はかなり低いと思うんだが」
「……」
あ、そうか。
唐沢さんは男だからそういう状況に遭うこともあるかもしれないけど(どういう状況だ)私は女子だから無いよね。あるとしても、故意に覗くんじゃなくて、階段とかでうっかりと覗いてしまう場合だけだろうし。
「あ、あはは〜。私ってば何聞いているんですかね。唐沢さんに聞く前に気付けよって話ですよね」
と、私は頭をかき、そう言えば、と私は話を切り替える。
「唐沢さんはウチの生徒会長に言うつもりですか?三人がスカートの中を覗いたってことを」
「言わない。知らない方が幸せということもある」
「そうですよね。それを聞いて安心しました」
いやー良かったよかった。
知ったら生徒会長はまず金髪を半殺しにするだろうし。それだけは避けたいものだ。一応はいとこだからね。私が金髪の親に説明するのもイヤだし。
「知らない方が幸せ、か…。確かにそうかもしれないな」
「唐沢さん?」
唐沢さんは何を思ったのか、自分で言ったことを意味深に繰り返したので、私は訊ねずには居られなかった。
「…いや、何でもない」
「どうしたのですか?」
今のは忘れてくれ、と唐沢さんは言うと席を立った。
「…ケーブル、入れるところが違うな」
今までの話は終わった、と言わんばかりに唐沢さんは違うことをし始める。はあ、とため息を吐いて唐沢さんは収めてあったハシゴを出して、ハシゴに上り始めた。
ケーブル?ああ、そういえば、生徒会長がケーブルをいじっていたな。
天井に付けられているハブを見ると回線は左から順にささっているのに、生徒会長がいじったであろうネットの回線はどうして一番右にさしているんだろう。ここは左から三番目に入れるべきでしょう。見栄えが宜しくない。
私は紅茶を頂きながら、唐沢さんの様子を見てみる。
「これでよし」
生徒会長がやったところを修正した唐沢さんはハシゴから降りようとした。が、何故か唐沢さんは足を踏み外してしまった。
「あ、危ないっ!」
私はダッと立ち上がって唐沢さんの所へと行ったが、キャッチは出来なかった。
「いててて…」
とりあえず、私が下敷きになって唐沢さんは無事みたい。いやあ、良かった。
「す、すまん。大丈夫か?」
「私は全然平気ですよ」
「まったく。なんであんな危ない真似を…」
と、唐沢さんは急いで私から退けて私の身体の心配をしてくれた。
私の心配よりは自分の心配をして下さいよ、と私は言って、目の前に落ちていた唐沢さんの帽子を拾った。
「はい、唐沢さん。帽子、落ちましたよ」
「……」
何気なく拾った唐沢さんの帽子。
そう言えば、私、唐沢さんが帽子を取った姿、見たこと無いな。
ゆっくり、ゆっくりと視線を上へと向ける。
「え、うそ…」
そこには。
「とし、ゆき…?」
小学校のころ、一緒に遊んだ男の子、としゆきが成長した姿があった―…
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