▽ 第10話
『忍』
『ん、 どうしたの?』
そう言えば私、あの子の名前覚えてないな。
なんて呼んでいたんだろ。
いつも夢の中で出てくる私は名前の部分はぽっかりと空いている。
『呼んだだけ』
『なんだそりゃ』
へへへ、と男の子は笑った。
そしてその顔は―…
『あれ、も、モトハル…?』
モトハルにそっくりだった。
もしかして、昔、私が遊んでいた子ってモトハルのことだったの!?
だったら、モトハルはなんで今まで黙って居たの?
私が忘れたと思っているから?それともモトハル自身が忘れているから?
『モトハル?違うよ。俺は―…』
しかし、男の子は首を振った。そしてスポッと白いキャップ帽をかぶった。
か、唐沢、さん…?
『唐沢さんなんですか!?そうなんですか…!?ねえ…!』
何度聞いても答えは返って来ず、男の子は私に背中を向けて走り出した。
『待ってよ…!ねえ、本当にキミは誰なの…!』
私も同じように後を追っていると、男の子はピタリと足を止めた。
気付くと彼の頭には帽子が無かった。
『本当に忘れちゃったの?忍』
『キミは…』
振り向いた男の子。
この男の子は見たことはある。
確か、文化祭…モトハルのクラスの劇で…モトハルに斬られる前に唐沢さんの隣にいた―…
「ああもう…」
そして、いつものようにタイミングの悪いところで目が覚める。
一体何なの?顔はころころと変わるし。
これじゃあ前に会った子が誰か特定できないじゃないの…。
「……」
てか、夢に出てきた子は本当に私が一緒に遊んでいた、あの子?
もしかして、私の想像で作られた子なんじゃないの?
あの子は…夢の子?それとも、現実で会った子?
分からない…思い出せない…
「お目覚めですかー?」
頭を抱えて悩んでいるとそんな声が聞こえてきた。
部屋のドアの向こうには金髪の顔。
「勝手に部屋開けんじゃねーよ!」
私は枕を金髪に目がけて投げてやったが、奴はパタンとドアを閉めてた。
てか、え?何で今日も居るの?
「今日も暇だったんで遊びに来ちゃいました」
「そうか。帰れ」
カチャっとドアが開き、金髪の顔がひょっこりと覗かせていた。
何が暇だったから遊びに来た、だ。
来るのは別に問題ないけど、寝ている乙女の部屋に入ってくるなよ。
…自分で乙女って言ってなんだか吐き気がしてきた。
「いいじゃないですか。どうせ忍も暇なんでしょう?」
「ああ、悲しいほどにね。でも、その暇を金髪と使う予定はこれっぽっちもない」
「……」
「さ、分かったなら出てった出てった。私が着替えれないでしょ」
しっしっ、とやると金髪は眉をハの字にした。
「…忍は俺のことどう思ってるんですか?」
「ああもう面倒だな。女子かお前は!なんでもいいから出ていけっ。会長やモトハル達にあらぬことを吹き込むぞ」
「たとえば?」
「着替えを覗かれたって。きっと軽蔑した目で見られるだろうなあ」
「分かった!分かったからそれだけは勘弁して!」
金髪は慌ててドアを閉めるとドタドタと音を立てながらリビングへと向かって行った。
私は、というと、静かになった部屋で着替えを済ませ、洗面所へ行き顔を洗った。もちろん、トイレも済ませた。
そして、金髪に何も言わずに家の外へ出た。家に居たら一人の時間が作れないし、金髪に言ったら言ったでついて来られても困るし。
なのに…
「付いてくんなよ」
金髪がついて来やがった。黙って出てきた意味が無いじゃないの。
「いいじゃないですか。俺も暇なんだし」
「アンタの都合なんて聞いてない」
こんなところをクラスの子とか知り合いにでも見られたらどうするんだよ。コレ、絶対に彼氏と間違えられるよ。私だったらそう思うね。
こんな奴と勘違いされるなんて勘弁してほしい…!
「何処行くんだ?」
「何処でもいいじゃん。てか、いつまでついてくるつもり?」
「行けれるところまで」
「……」
ついて来る気満々じゃねーか。
私が下着屋とかに入らない限り絶対に離れないぞコイツは。
てか、金髪は私と付き合っているって勘違いされても別に良いってか?好きな子とか居ないのか?それともそんなことをいちいち気にしているのは私だけってか?
「あのさあ、金髪」
「なに?」
「彼女とか作らないわけ?」
「……はい?」
聞いてみたら気の抜けた声が返ってきた。
いや、"はい?"じゃなくてね、と私。
「折角の休日にいとこの私と一緒に過ごしても仕方ないんじゃないのって話だよ」
「ああ、そういうこと」
「好きな子とか居ないの?」
「好きな子、ねえ…」
金髪は顎に手を添えてうーん、と考え始めた。
考えないと分からないことなのだろうか?てか、金髪に女の子の知り合いって居たんだ。男子校だからいないと思っていたけど。
あ、こっちの生徒会の人って可能性もあるか。
「で、どうなの?」
「良く分からんな」
「は?なんで?自分のことでしょ?」
「自分の事だからこそ分からん」
キリッと、キッパリと言う金髪。
「なんだそれ。じゃあさ、さっき私に"好きな子"って言われて考えていたでしょ?誰かの顔が思い付かなかったの?」
「…思い付いたと言えば思い付いた」
「それが好きな人なんじゃないの?」
って、偉そうに言っているけど私もいきなり好きな人居る?って聞かれたら金髪と同じように悩むかもしれない。人のこと言えないな。
まあ、居ないけど。今のところは。
「ふむ、そうか」
「で、誰なの?その人って」
「知りたい?」
「うん、知りたい!」
やっぱり人の好きな人の話って聞きたいじゃん?面白いし。でも、
「ないしょ」
金髪は悪戯っ子のような笑みを浮かべて言った。
ないしょ、だと…!
「秘密の一つや二つあった方がカッコイイだろ?」
「そーですね」
「うっわ、見事な棒読み」
なんかそんな風に言われたら冷めるわー。別に金髪の好きな人なんて興味無いし。
「聞くけど、忍は居ねーの?好きな人」
「私?いないね」
「きっぱり言いますねー。男らしい」
「潰すぞ」
「いやいや!男って言っても田んぼの田に力の男じゃなくて漢字の漢でおとこ!」
「だからなんだよ!」
言い訳の意味が分からん!
「本当に居ないの?誰の顔も浮かんでこなかった?」
「そうは言ってもねえ。私、女子校だし」
「女子校でも男子と関わる機会あるだろ?中学んとき一緒だった奴とか北高の生徒会とか」
「ああ、そうか」
それなら私にも居るぞ!と、私はポン、と手をたたいた。
「お、居るの?」
「夢に出てくる男の子!」
「……」
「え、だめ?」
答えたのに金髪は無言になった。
夢に出てくる子、ある意味気になっているよ。ある意味。それが恋なのかと聞かれると悩むけど。
「駄目じゃないけど…それじゃ誰か分からんだろ」
「てか、モトハルとかに聞いてくれるって言ってたけど聞いてくれた?」
「あ、やべ、忘れてた」
「…でしょうね。ま、半分ぐらいしか期待してなかったから別に良いよ」
「相変わらず扱いが酷いな…」
そんな会話をしながら私たちは何だかんだ言って一緒に歩いていた。
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