▽ 無防備が悪い
「……はぁ」
生徒会室に入って俺は大袈裟にため息を吐いた。
「何で忍が…」
しかも寝ている。
こいつは東高の生徒会の柿本忍。合同文化祭以来ちょくちょく此処へと来るようになったが、何故か東高の生徒会長よりも来る頻度が高い。特に用事があるとも思えないが俺らは一応おもてなしとして紅茶をいれている。まあ、今は気持ちよさそうに寝ているからその必要はないが。
「……」
まったく、女子高だからか知らないが無防備過ぎる。生徒会室といえどここは男子高だぞ。
「へっくしゅん!」
「!?」
噂をすればなんとやらか、俺がドアの前で立ち止まって居ると忍がくしゃみをして起きあがった。
一瞬驚いたがまぁこれで目を覚ましてくれるだろう。お前にずっと寝られていると俺もどうしていいのか分からんからな。何故か他の生徒会メンバーは居ないし。
俺は忍に近づいてみる。
「……むにゃむにゃ」
また寝た。くしゃみをした癖にまた寝た。
起こしてやろうかとも思ったが、この幸せそうな寝顔を見ているとわざわざ起こすのも可哀想に思えてきた。仕方ない、このままにしておくか。
俺は起こさないように忍の向かいのイスをそっと引いて腰を落ち着かせた。
「……」
しかし暇である。頬杖をついてぼーっと忍を眺めるものの寝ているためなんの面白みもない。何か寝ごとでも言ってくれたら面白いのに。
「ずび…」
「寒いのか?」
少し鼻をすする音が聞こえてきて思わず尋ねた。寝ているのに返事が返ってくるはずもないのに。
「風邪引くとマズいな」
何かかけるものは無いだろうか?と周りを見渡すもののそんなものは生徒会室に置いていない。
それもそのはず。此処は男子しか居ないのだから寝るとしても何もかけずに寝る。
「……」
起こさないように立ち上がり無言でブレザーを脱いだ。かけるものが無いのならブレザーをかければいい。何もないよりはあったかい筈だ。これで風邪引く心配もないだろう。
俺は忍の背中にそっとブレザーをかぶせた。彼女は小柄なため俺のブレザーの中にすっぽりと収まった。
「これなら大丈夫だ」
自然と笑みが零れてきた。幸せそうに寝ている忍……なんだか可愛い。
「むにゃ……唐沢さぁん…」
「……!?」
じいっと忍の寝顔を見ていると急に自分の名前を呼ばれて焦った。まずい、起こしてしまったか?
数秒の間、俺は動くことが出来ずに固まったままで彼女の様子をうかがう。
「……良いですよ…」
「……は?」
どうやら起きていなかったみたいだが、忍は何やら寝言を言っている。"良いですよ"の前に何かが言ったようだが小さくて聞き取れなかった。しかし何が良いと言うんだ。夢の中ではお前と俺は何をしているんだ?
「ほら…早く」
「何が…?」
聞いてみるものの返事は返ってくるわけでもない。どうしたものか、とじいっと忍の顔を見つめる。相変わらず俺のブレザーの中にすっぽりはいっていて、気持ちよさそうに寝ている。しかも何処となく頬を染めている。
流石の俺でも耐えれないぞ、コレは。
「……」
さっきから"良いですよ"や"ほら…早く"だとか…なんの催促だ。俺だって普通の男子高校生だぞ。
「忍が悪い」
俺の前で無防備に、しかも可愛く寝るから悪い。
「……」
帽子のツバに手をやりスッとそれを取る。一気に視界が明るくなると俺は少しずつ忍へ近づく。
そして俺は忍の唇にそっとキスをした。
「……」
忍の唇は柔らかかった。なんだこの感触は。女の子の唇ってこんなにも柔らかいのか?
「……って、俺は何やってんだ」
帽子をかぶり直して俺は頭を抱えた。
寝ている女の子に近づいてキスするなんて…
「(変態じゃないか…!)」
ショックだ。色んな意味でショックだ。
ああ、頬が、顔が、身体全体が熱くなってきた。
「頭冷やして来よう…」
俺は口を押さえたまま生徒会室を後にした。
* * *
唐沢が出て行った後の生徒会室はというと―…
「か、唐沢さんに…き、キスされた…」
実は少し前に起きていたんだけど唐沢さんの様子がおかしかったから寝た振りをしていて…そしたら急に帽子を取って私に近づいて…あわわわわ!思い出しただけで顔が火照る!火がついたように真っ赤になる!
「は、恥ずかしい…!」
両頬を押さえる。ど、どうしよう…。
あの唐沢さんが私に…!?な、何でかな…。お、男の人とキスしたのって初めてなんだけど…!
それにしても唐沢さんのキス…なんか優しかったな。も、もう一度してほしいなぁ…って何考えてんだ私!
「て、てか…このブレザーって唐沢さんのだよね…?」
自分にかけられたブレザーは紛れもなく北高の制服。
流石に置いたまま帰るってことはないから…戻ってくるってことだよね。うわああぁあ!どうしよう!?どんな顔して会えばいいの!?
あ、そうだ。また寝たフリをしておけばいいのか!
「出来る自信がない…!」
肘をついた状態で私は頭を抱える。
「……!?か、唐沢さんが戻ってくる…!」
廊下の方から足音が聞えて来て焦る私。
と、とりあえず寝たフリをしよう。顔を横に向けておかなければいいんだ!うん、そうよ。大丈夫よ私。バレないバレない!
私は自分にそう言い聞かせて再び狸寝入りを始めた。
ガチャ―…
「……」
髪の隙間から見てみるとやはり唐沢さんが戻ってきた。
そこに居た唐沢さんはいつもの唐沢さんでさっき私に…き、キスしたように思えない。さっきのが間違えと思えるくらい。
「(私だけが舞い上がっていたのかな?)」
さっきのは事故よ。魔が差しただけよ。確かに唐沢さんってたまに何をするのか分からないところがあるけど。
私はなるべく深く考えないようにと思っているとまたいつの間にか眠りについていた。
次に起きた時には他の生徒会メンバーも居て私は慌てたのは言うまでもない。
無防備が悪い他の奴に知られなくてよかった。
++++++++++++++++++++++++++
後書き
ちょ、唐沢さぁぁあん!?何やってんですか!
ごめんなさい、私が調子に乗りました。
唐沢さんもきっと健全な男子高校生。こんなことがあってもいいのではないかと思って…。
しかし終わり方が微妙。ごめんなさいorz
(2012.02.24)
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