短編(男日) | ナノ


▽ 夏の終わり、恋のはじまり


「ひま」


夏休みも終盤にかかったころ、私は家でゴロゴロとしている。
遊びに行きたいのは山々なんだけれど、友達みんなは「宿題が溜まっているから無理」と口を揃えてて言い、遊んでくれる相手は居ない。なんでみんな溜めちゃってるのかな。宿題は先に終わらすもんでしょ、まったく。


「……」


それにしてもホントに暇だな。学校がある時は生徒会があるから忙しいんだけど、夏休みは生徒会の活動はそんなにない。夏休み明けの体育祭の準備はあるけれど、まだ本格的には取りかかる時期ではない。まあ、それに、女子高の体育祭なんてたかが知れている。…ウチの生徒会長は無駄にはりきりそうだけど。


「北高の生徒会。元気、かな…」


文化祭以来、交流はあるものの流石に夏休みは顔を合わせていない。最初はヤンキーの集まりかと勘違いしてしまったけれど、話してみると皆良い人ばかり。話していても楽しい。ウチの会長と北高の会長はどうもソリが合わないみたいだけど。特にウチの会長が。


「あーアイス食べたい」


夏と言えばアイス、アイスと言えば夏と言っても過言ではない。しかし、生憎、私の家の冷凍庫にはアイスは常備していない。よし、暇だしコンビニへと買いに行くか。
格好はTシャツにジーパンとラフな格好だがまあ、良いか。どうせコンビニに行くだけだし。
玄関でサンダルをはいて外へ出るとこれでもかっていうぐらい日差しが照りつけていた。つまり、暑い。


「アイスを買う前に溶けそう…」


普段、クーラーの恩恵を受けていたせいか日差しにめっきり弱くなってしまっている。これは夏休みの怖いところだ。暑いからといって家からでないと直ぐにこうなる。


「…柿本?」


こんな暑い中、私を呼ぶ声。だが、私には男の知り合いはそんなに居ない。もしかして幻聴でも聞こえ始めたか。ヤバイな私、なんて思いながら振り返ってみる。


「あ、唐沢さん」


唐沢さんだった。良かった、自分の耳がおかしかったわけではなくて。
私は自然と笑みが零れた。


「こんなところで何をしている」

「何をしていると言いましても…此処は私の家でして」


と、私は頭をかきながら"柿本"と書かれている表札を指さす。


「この辺りに住んでたのか」

「まあ、うん」


普段何気なく通っている道路に面している家に知り合いの家があったなんて知らなかった唐沢さんは少し驚いた声で言った。まあ、普通、表札を1つ1つ見ながら通るってわけじゃないしね。知らなくて当然と言えば当然。


「ところで唐沢さんは何処か行くの?」


外で出会う、と言うことはこれから何処かに行くかもしくは今から家に帰るかのどちらかだろう。


「コンビニ」


何という偶然でしょう。私もコンビニへ行くところだったんですよ!と声を大にして言いたい。実際は恥ずかしいから言わないけど。
唐沢さんと目的地が同じだなんて何だか嬉しい。


「実は私もコンビニへ行くところ」


いつも通り、いつも通り、と意識をして私はそう言った。
私だけが勝手にはしゃいでも変だし、はしたないからね。唐沢さんは特に何とも思わないだろうし。


「そうか」


ほら、やっぱりね。
唐沢さんはいつものようにクールに言った。


「……」

「……」


そして何故か沈黙が続く。立ち止まっているせいで余計に熱く感じられる。額に汗がにじむ。


「あ、あの…」


唐沢さんからの言葉を待っていたが一向に出てくる様子はなく、痺れを切らした私は口を開いた。あ、イライラはしてないよ?念のため言っておくけど。
良かったら一緒に、なんて図々しいかな。生徒会で関わった仲ではあるけれど、良く考えたらそんなに仲良く会話した記憶はない。私は唐沢さんよりもモトハルとばかり話していたから。


「どうした」


唐沢さんが私の方を見る。私が発する言葉を待っている。でも、


「……なんでもない、です」


私には誘える勇気なんてなく、思ったことと違うことを言ってしまう始末でありおまけに俯いてしまった。これじゃあ何でもない、なんてことない、と言っていると同じことだ。


「…そうか」


唐沢さんは短くそう言った。
唐沢さんは私の気持ちに気付いてくれなかったみたいだ。いや、気付けという方が無理な相談であろう。何度も言うが私たちは仲良く会話した記憶は無い。そんな仲だ。


「一緒に行くか」


そんな仲だけど、唐沢さんから何の迷いもないセリフが飛んできた。私は驚いた顔を上げた。


「…俺の顔に何かついているか?」

「い、いや、別に何も…」


何もついていない。
ただ、唐沢さんから"一緒に行くか"なんてセリフが聞けると思わなかったから驚いただけ。


「此処で立ち止まって居ても暑いだけだ。早く行くぞ」

「う、うん…!」


先に行く唐沢さんを追いかけるように私は小走りで隣に行く。
ふふ、なんか唐沢さんとの距離が縮まった気がして嬉しいな。


「嬉しそうだな」

「だって、最近、知り合いと一緒に何処かへ行くっていうことは無かったから」


私は相変わらず本心を言わない。いや、これも本心であることには間違いはないんだけれど。
今は"知り合い"と何処かに行けて嬉しいと言うよりも"唐沢さん"と何処かに行けて嬉しい、という気持ちの方が強い。まあ、勿論、言えるわけありませんけどね!


「何故だ」

「…みんな宿題が終わってないからって言ってさ」


困ったもんだよ、と私は笑う。


「柿本は終わったのか?」

「もうバッチリです」

「ほう…」


大したもんだ、と言わんばかりに声を漏らす唐沢さん。もしかして意外だったりしたかな?これでも私は一応は生徒会の一員だ。生徒の模範となれるよう日々頑張って居るつもりでもある。


「今は夏休み明け試験に向けて勉強中ってところ。唐沢さんは?」


まあ、今日はまだ勉強してなかったけどね、と内心思うわけだが。
私ばかりが喋ってもアレなので唐沢さんにも聞いてみた。


「俺も宿題は終わった。柿本と同じ状況、だな」


流石唐沢さん。仕事が早い!と両手を合わせる私。


「早い、って言っても柿本も終わっているんだろ?」

「まあ、そうだけど。でも、唐沢さんみたいに完璧ってわけじゃないかなー」

「誰も完璧にやったとは言ってないぞ」

「あれ、そうだっけ?」


あはは、と笑う私。
でも、先入観とやらで唐沢さんはきちんとやっているイメージがあるんだけど。答えもちゃんとあってるぜ!的な感じで。


「…着いたぞ」


そんな話をしていると目的地であるコンビニに到着。これで涼しい世界にログイン出来るわけですね…!
唐沢さんはコンビニのドアを押して私が入れるようにドアの取っ手を持っててくれた。


「あ、ありがとう」


少し緊張しながらお礼を言い、頭を下げた。
唐沢さんからは"別に"という言葉が返ってきた。相変わらず長くは喋らない人である。
店内に入った私たちは店員から"いらっしゃいませ"と歓迎の言葉をもらい早速アイスコーナーへと足を運んだ。


「わー、涼しい」


アイスが入っているケース内に手を突っ込むと冷気が手に当たって涼しさを感じることが出来た。出来ることならずっとこのままでいたい。


「幸せそうな顔だな」

「だって気持ち良いんだもん」

「安い幸せだな」

「良いじゃん。唐沢さんもやってみなよ」

「…遠慮しておく」


と、唐沢さんはアイスに視線を移した。
私も遊んでいる場合ではない。アイスを選ばなきゃ。


「あ、ガリガリ君」


水色の袋にいがぐり頭の小学生がプリントされているアイスを取った。
いつも思うけどガリガリ君の口って顔の幅より倍以上デカイよね。そして歯が剥き出しである。昔は何とも思わなかったけど、この年になるとツッコミたくなる。
ところで、と私は話を切り出す。


「知ってます?ガリガリ君って苗字が無いんですよ」


此処で無駄知識を披露してみる。物凄くどうでもいいけど。…反応鈍かったらどうしよう。


「…ああ。ちなみにガリガリ君にはガリ子ちゃんっていう幼稚園児の妹が居る」


食いついて来た…!
おまけに唐沢さんも私の話に乗っかるようにガリガリ君のアイスを手に取った。


「よくご存じで…!」


感動してしまった。いつも、こんなネタを友達に振っては呆れられてしまったり、興味なさ気に「はいはい」とあしらわれてしまうから。


「ご存じも何もこれくらい常識だ」


常識なんですか。私、知らなかったんですけど。

そんな会話を繰り広げ、私たちはガリガリ君を買うことにした。
レジに向かう唐沢さんについていくと"まとめて買った方がいいだろう"と唐沢さんが私のガリガリ君を取り上げた。それはもう私が断るヒマもないぐらい。
唐沢さんがまとめてお会計を済ませてコンビニの外に出た。そこで私は財布からお金を出そうとしたが、


「今日は俺の奢りだ」


だから、お金はいい、と断られてしまった。


「いやいや、そういうわけにはいかないよ!」


唐沢さんに出して貰うなんて出来ない。唐沢さんは大した金額じゃないから、と言うが私はイヤだと首を振る。
そんな私に、はあ、とため息を吐く唐沢さん。


「…柿本に奢りたい。これじゃ駄目か?」


唐沢さんがそんなことを言うものだから私の心臓はドキリと跳ねた。
唐沢さんの言葉に他意はない、とは分かっている。分かってはいるんだけれど、私は女子高のため、男子に免疫がないせいで変に意識をしてしまうわけである。絶対に今、顔が真っ赤だ。私はそれがバレないように俯いた。


「…あ、りがとうございます」


何故か敬語になってしまったが、私はぎこちないお礼を言った。なんだこれは。
唐沢さんから差し出されたガリガリ君の封を開けて、シャリ、とかぶりついた。冷たくて美味しい。でも、歯にしみるのが難点だ。


「面白い顔をしているぞ」


くっくっく、と肩を震わせる唐沢さん。


「お、面白くなんてないっ!」


と、否定はするものの、内心自信がなかったりもする。第3者から見たら面白いかもしれない。
暫くシャリシャリと食べていると棒が顔を覗かせた。が、私のは残念ながらハズレ棒だった。


「ハズレか〜」


私ってあたり棒見たことないんだよね。1度でも良いから見てみたいな、なんて思っていると、


「あたり、だ」


唐沢さんがそんなことを言い出した。
私はそれを確認するかのように唐沢さんのアイス棒を覗き込んだ。確かに"あたり"と書いてあった。


「すごい!私、あたり棒なんて見たことがないよ…!」


1度見てみたい、と思ったら唐沢さんが見せてくれた。なんてタイミング。
すごいすごい、と私は1人で勝手にはしゃぐ。


「…柿本にやる」


そんな子供っぽい私を見てか、唐沢さんは私にあたり棒を差し出した。
奢ってくれたのにその上あたり棒までなんて貰えない、と私は顔の前で手を振った。断りの図である。


「俺は1本で十分だ」

「…私も連続で2本食べたらお腹壊しそうだし」

「だったら次回用にでも取っておけ」


じゃ、俺は用事があるからまたな、と唐沢さんは片手を上げて踵を返した。…なんだか逃げられた気もするけど、私はあたり棒をぎゅっと握りしめて唐沢さんの背中を見つめることしかできなかった。
唐沢さんはもう近くに居ないのに心臓は煩いぐらいドキドキいっている。


「唐沢さんってずるいなあ」


アイス奢ったり、あたり棒くれたりして…私をこんなにドキドキさせてどうしたいの。私、貴方のこと好きになったじゃないの。


「私って…」


なんて単純なんだろう。と思いながらため息を吐いた。






夏の終わり、恋のはじまり

アイスを見る度に貴方を思い出す。





++++++++++++++++++++++++++
後書き

なんか長くなっちゃいました(汗)
とりあえずあたり棒ネタが書きたかったんです。
カラオケで「君の知らない物語」のPVを見たので←

良く見たら短編は久々の更新という(笑)

(2012.08.17)
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