▽ ぎゅっと。
放課後。
授業が終わって何も考えずに下駄箱に向かって、何も考えずに靴を履き替えて、そして何も考えずに正門を出た。
「あれ、としゆきじゃん」
門を出てすぐの所で唐沢としゆきに出会って私は思わず声をかけ、何も考えていなかった私の頭中はとしゆき一色となった。
相変わらずクールな男で私に気付くと「忍か」の一言で終わった。え、何その反応。リアクション薄いよ。
「何かもっと反応してよ」
そう言いながら私はとしゆきの隣に行って一緒に歩き始めた。
「反応?一体どんな」
「そうだなあ…"忍、此処で会うなんて運命だな"とか?」
「お前キモイな」
「酷っ!私のガラスのハートは粉々に砕け散ったよ!」
冗談で言ったのにとしゆきはズバと本音を吐いて私は傷付いた。
私はオーバーリアクションしているが彼は至って涼しい顔をしている。いつものことだけど、なんだかなあ。
「どうした。面白い顔になっているぞ」
「この顔は元からだよ!キーッ!」
「サルか」
「サルじゃないよ!」
としゆきは私と話したらいつもこんな調子でいちいち私が反応するようなことをワザと言ってくる。
反応しないようにしようと思った時期もあったけど、私は我慢というのが出来ずにすぐに断念してしまう。お陰でいつもとしゆきに「反応しないんじゃなかったのか」などと嫌味を言われてしまう。だから、我慢しないようにした。
「ど、どうしたの?」
さっきまで人の顔を面白いだの何だの言っていたとしゆきは、じい、っと私の顔を見つめている。
私はとしゆきの突然の行動にドキっとしてしまい、思わず足を止めた。
「忍、お前…」
そして何故か徐々にとしゆきの顔が近づいてくる。
え、ちょっと待って。何この展開。キスですか、そうなんですか?って、帽子かぶったままだとツバが私の顔に当たっちゃうよ。
でも、としゆきだからそこは器用にやってくれそうな気もするけど。
っていやいやいや。なんで私はとしゆきにキスされる、っていう感じで話を進めちゃっているの。おかしいでしょ自分。
私はあわわあわわなりながら目をキョロキョロと泳がせていると、としゆきの手が私の右目の下の方に触れた。
「まつ毛がついている」
「へ?」
ひょい、とつまんで見せるとしゆきの指には確かに私のまつ毛がついていた。
あ、ああ…なるほどね。としゆきはまつ毛をご丁寧に取ってくれたんだね。
―…キスされるなんて思った自分が凄く恥ずかしい。
「どうした。顔が真っ赤だぞ」
「な、なんでもないよっ!さ、さっさと帰るよ!」
明らかに反応がおかしいけど私はスタスタと先に歩いて行った。としゆきもそんな私に直ぐに追い付いた。
「あー…寒いなあ!」
私はとりあえずさっきのことを忘れるようにそう言った。
困った時の"ああ寒い"
会話が続くとは思えないが、これでまつ毛事件のことは頭から抹消されるだろうと願って。
「寒いなら手袋とかマフラーをすればいいだろ」
今回は運良くとしゆきが良いパスを回してくれた。これは会話が続く気がするぞ。
「いやあ、手袋とかマフラーしたらなんか負けた気がするから」
「何に」
え、何にって。…うん、何にだろう。
あ、きっとあれだ。寒さに負けた気がするって奴だ!
うんうん、と一人で頷いていたらとしゆきに変な目で見られた。
「あ、あと、手袋やマフラーの温かさに慣れたら本当に寒い時に困るじゃない?」
ついでな感じがプンプンするけどこれって納得することだと思う。…ただ、としゆきに通用するかどうか分からないけど。
「なるほど。それも一理あるな」
「でしょ?だから―…へっくし」
「ま、それで風邪引いたら馬鹿だな」
としゆきに珍しく納得してもらって嬉しくなっていたらタイミング悪くくしゃみが出てしまい、またバカにされてしまった。
確かにこれで風邪引いたら馬鹿かもしれない。けど、バカは風邪を引かないって言うし、あ、マズイ―…へっくし。
「ほれ」
「ほれ、って…え?」
ずびずびと鼻をすすっていたらとしゆきに手を差し出された。これはどういうことだろうか。最初はハンカチやティッシュでもくれるのかなと思ったけど、彼の手には何もない。
「寒いんだろ?だから、手」
「…え?」
「手繋いだ方が温かい。温めてやると言っているんだ」
最初はとしゆきの言葉が足りなさ過ぎて全然分からなかったけど、やっと言いたいことが分かった。
としゆきってば…普段は私に対して毒を吐いてばっかだけどやっぱり優しいな。
そんなことを思っていると自然に笑みが零れてた。
「ふふふ」
「何がおかしい」
「いやあ、手繋ぎたいなら繋ぎたいって言えばいいのに」
私も私で素直ではなく、一言"ありがとう"って言って手を繋げばいいのにとしゆきに向かってからかうように言ってしまう。そんな私のいらん性格のお陰で、
「寒くないのなら繋ぐ必要ないな」
こんな展開になってしまうことは良くあること。
「ごめんなさい。手を繋がして下さい温めて下さいお願いします」
「最初から素直に繋げば良いものを」
そして私が頭を下げて謝るのもいつものことである。
としゆきは、はあ、とため息を吐くともう一度私に向けて手を差し出した。今度こそは私は素直にその手に触れ、お互い自然に恋人繋ぎをした。
普通に手を繋ぐよりも恋人繋ぎをする方が互いの手の接地面積が広く、手も温かくなりやすい。が、普通の繋ぎ方よりは恥ずかし過ぎるけど。
「としゆきの手、あったかいね」
「お前の手もな」
「えへへ、そうかな?」
ま、恥ずかしい素振りなんて見せるつもりはさらさらないから口では頑張って普通なことを言うけどね。としゆきも普通に返してきて。
あーあ、なんだか私だけ余裕がないなんてずるいなあ、なんて思いながら私はとしゆきの手をぎゅっと握った。
ぎゅっと。余裕が無いのは俺だけか?と思いながら忍の手を握り返した。
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後書き
元ネタは私です(笑)
高校3年の時にマフラー手袋せずに通っていて、このヒロインみたいに「本当に寒い時に困るじゃん!」と友人に言ってました。
バカだなぁ←
あと、唐沢さんの「お前キモイな」っていうセリフ結構好きです(笑)
元セリフは漫画です。
あともう一つ。
お気づきの方も居るかもしれませんが、手を繋ぐネタは以前バカテスの方でも書きましたが気にしないで下さい←
(2012.03.12)
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