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▽ ランドスケープ・アゲート


 自販機に百円玉を入れて、ボタンを押す。

「……あれ?」

 アイスティを買うはずだったんだ。だって夏だし暑いし。決して私は温かい飲み物を買うつもりはさらさらなかった。だって暑いし。

「……なぜお汁粉」

 おかしい。確かにアイスティのボタンを押したはずなのに。しかもそのお汁粉の缶は冷たい。温かくないのはある意味ありがたいけど、冷たいお汁粉ってどうなの? いやお汁粉には変わりない。きっと私が知らないだけで冷たいお汁粉ジュースだってあるはずだ。うんそうだ。
 でも、どろっとしてそうだなあ……

「何してんの」
「あ、悠太」
「ジュース買うのに時間かかりすぎじゃない?」
「そんなかかってた?」
「要は待ちきれずに食べ始めてるよ」
「む、薄情ですね」

 多分もう、要だけじゃなくて皆食べてるんだろうけど。ていうか悠太も普段なら食べてそうだけど、どうしてだろう。疑問をそのまま口にすると、悠太はああ、と頷いて答える。

「凛子のお弁当、預かってるって言ったでしょ」
「……あ、そうだっけ」

 悠太が右手を軽く持ち上げる。そこには手提げ袋が一つ。きっとお弁当が入っているんだろう。

「先に食べても良かったけど、せっかくだからね」
「そっか、ありがと」

 なんでか照れくさくなって、俯いてしまった。何気ない会話だったのに、なんでだろう。

「……ていうか、なんでお汁粉なの?」
「あ」
「この時期にお汁粉なんて売ってたんだ」

 手の中にある不本意すぎる缶ジュースの存在を思い出した。口の中はすっかりアイスティーな気分なのに、手の中にはお汁粉。これをなかったことにして、アイスティーを買い直す余裕はない。だって、貧乏学生だもん。たかが百円されど百円。

「アイスティーを買いたかったんだけどね」
「うん」
「アイスティーのボタンを押したはずだったんだけどね」
「……ああ、業者の人が間違えたんだね」
「だね、困るよね」

 ため息混じりにお汁粉のパッケージを見下ろして、自動販売機に背を向ける。早くしないと、悠太もお昼ごはんを食べ損ねることに。それはとっても申し訳ない。

「ちょっと待って」
「うん?」
「……アイスティーだっけ」
「うん?」

 振り返ると悠太が自動販売機の前にしゃがみこんでいた。がしゃん、と音が聞こえたし悠太もジュースを買ったらしい。振り返った悠太の手には、アイスティー。

「一個だけだったみたいだね」
「まじっすか……」

 たまたまの大当たりなんて。まるでおみくじで大凶を引いた気分だ。

「さあ戻りましょうか」
「んー」

 アイスティー片手に歩きだした悠太の隣に並ぶ。もしかして、そのアイスティーくれたりするのかなあなんて甘い期待を一つ。でも悠太も裕福学生ってわけじゃないから(祐希にお金貸したりしてるし)そんな期待できないかなあ。うん、私は本当に悠太に甘え過ぎだね。

「どうかした?」
「んーん」

 頭を振って何事もないことを主張。悠太は「そう?」とだけ言って前を向いた。屋上に向かうのかとおもいきや、ついたのは中庭。あれ?

「屋上、行かないの?」
「たまにはいいんじゃない?」
「後で祐希うるさそうだね」
「そうかもしれないね」

 案外人の少ない中庭のベンチに座って、悠太からお弁当を受け取る。箱を開けるとおばさんが作ってくれたお弁当が顔を出す。美味しそうだ。
 悠太は隣で、アイスティーのプルタブを開けて飲んでいた。やっぱり自分用だったらしい。やっぱり期待しちゃいけなかったってことだ。仕方なく不本意なお汁粉のプルタブを開けた。甘い匂い。

「美味しい?」
「うん、思ってたより。ていうか、甘いね」
「お汁粉だからね」

 悠太が苦笑したと思ったら手の中からお汁粉が消えた。代わりに、アイスティーが私の手の中に。じっとそれを見つめてから、悠太を見上げると「甘いね」と言いながらお汁粉に口をつけていた。

「くれるの?」
「交換だよ」
「そっか、ありがと」

 悠太はそのまましばらくお汁粉を飲んでいた。何にも言わなかったけど、端からアイスティーくれるつもりだったのかなって。嬉しくなって頬を緩ませたまま、アイスティーに口をつける。
 いつもより美味しく感じるのは、お汁粉の後だからなのか、それとも悠太の優しさが嬉しかったからか。

「ね、悠太」
「ん?」
「間接チューだね」
「今更でしょ」
「初々しさがないなあ」
「それも、今更」

 指でおでこを弾かれた。手加減されてたみたいだから、全然痛くはない。ずっと一緒だったから、確かに今更なんだけどさ。

「そんなの気にしてたら、これから先大変だよ」

 悠太が楽しそうに続けた。それってどういう意味なの? って聞こうかどうしようか迷う。だけど照れくさくて、恥ずかしくて。問いかけの言葉を飲み込んで、お弁当に手をつけ始めた。


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