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▽ 優しさに滲む


「……?」

 廊下を歩いている時に、布切れを見つけた。
 拾い上げてみるとそれは、薄く青みがかったハンカチだ。誰かの落し物みたいだけど、誰のだろうか。


(……名前とか、書いてるかな)


 落とした人が困ってるかも。と思いながらハンカチを広げてみる。裏返して、隅々まで見てみると、端っこに黒いペンで小さく文字が書いてあった。


(……平賀。……え、平賀くん?)


 その名前から私が連想できるのはただ一人。うちのクラスのクラス代表だ。もしかしたら同じ名字の別の人かもしれないけど、でももうそれは平賀くんの持ち物にしか見えなかった。
 ポケットに突っ込んだままの携帯電話を引っ張り出して、時間を確認。放課後になって結構時間がたっているが、平賀くんはもう帰ってしまったのかな。


(よし、教室戻ろう)


 困ってるかも、と思いながら早足で教室に戻る。
 普通に考えれば、ハンカチなんて落としてもそうそう困るものじゃないと思う。ましてや今は放課後だし、廊下に落としてしまったハンカチをすぐに必要とする用事ってなんだって気もした。でももしかすると、このハンカチがすごく大事なもので必死に探してるかも!
 というのは結局ただの自分への言い訳。

 本当のところは平賀くんと話せる口実が出来たせいで、居ても立ってもいられなくなった、だけ。


 自分の教室にたどり着いて、ドアの前で一度深呼吸。
 (綺麗な青い髪が、教室内の窓際に立っているのが見えた)


 もう一度深呼吸をして、胸に手を当てる。心臓の動きが少し速いけど、大丈夫。平賀くんに会っても、ちゃんと平静を保って話せるはず。


(大丈夫、大丈夫。よし!)


 気合を入れてドアに手をかける。毎日毎日開けているドアなのに、これからすることを考えるだけでドアがすっごく重く感じる。ああもう、急いできたのに、いざとなったら、緊張しすぎてドアを開けることさえままならないなんて。


 手に力を込めて、ドアを横にスライド。小さな音を立ててようやくドアを開けると、窓際に立っていた平賀くんが振り返った。不思議そうにしている彼と目があって、自分の顔が赤くなってないかと不安になる。


「まだ帰ってなかったのか?」
「う、うん。平賀くんも、まだ残ってたんだね」
「ちょっとな」


 必死に普通を取り繕いながら、教室に入る。窓際に立っていた平賀くんが私の傍に歩いてきてくれた。(だめだドキドキしてきた)


「忘れ物か?」
「えと、ある意味、忘れ物かな」


 不思議そうな平賀くんに、大事に握りしめてきたハンカチを差し出す。瞬きをしながらハンカチを見つめる平賀くんが、あ、と声を出した。


「それ、俺のハンカチ」
「廊下で、拾ったの」
「わざわざ届けてくれたのか」


 なんとか頷く。平賀くんの顔を見るのも恥ずかしくなってきたけど、こんな近くで平賀くんと話せるなんて、まれだし見ないともったいない、のに。ああもう、どうしてこんなヘタレなの私!


「ありがとな」
「……どういたしまして」


 手の上からハンカチの感触が消える。それが少し寂しく感じてしまって、返すためにここに来たのに、わがままだなあ私。


「……っ……」
「……?」


 平賀くんの笑い声が聞こえた。うつむいていた顔を少しだけ持ち上げて、平賀くんを盗み見る。(口元に手を当てて、平賀くんが笑っていた。格好いいなあ)


「そんなに固まるなよ。同じクラスだろ?」
「あ、うん。ごめんね」


 反射的に謝ってしまうと、平賀くんが苦笑した。


「……俺、そんなに怖いか?」
「そんなこと、ないよ!」


 慌てて否定する。平賀くんが怖いなんて、ありえない。
 そうか、と平賀くんが安心したように息をつく。どうやら平賀くんを不安がらせてしまったみたいだ。(だめだなあ、私)


「それなら良かった」


 そう言って笑う平賀くんの笑顔がとても綺麗だった。男の子に綺麗って表現はおかしい気もするんだけど、でも、格好いいなんてもう通り過ぎた。すごくすごく、綺麗だよ。


「……綺麗だなあ」
「ん? なにが?」
「え?」
「何が、綺麗なんだ?」


 口に、出していた。
 その事実に顔の熱が上がる。どうしようどうしよう、まさか平賀くんがなんて言えないよ。だって普通は嫌だよね? 男の子が綺麗なんて。(というか、そもそも恥ずかしい)


「あの、その」
「ん?」


 一生懸命言葉を探す私を、平賀くんは急かさずに待ってくれた。優しいなあ。早く、早く言葉を探さないと。

 平賀くんの肩越しに、オレンジ色の空が見えた。これだ!


「夕陽が、綺麗だなって」
「……ああ。そうだな」


 窓を振り返った平賀くんの顔が、夕陽色に染まっていて、とても綺麗だった。だめだ、こんな事考えてるとまた口に出してしまう。


「もう遅いし、送って行くよ」
「え?」
「確か、方向一緒だっただろ」
「い、いいの?」


 ああ、と平賀くんが頷いた。
 どうしよう。一緒に帰るってだけなのに、すごく嬉しい。平賀くんの優しさが嬉しい。例えそれが、誰にでも向けられるようなものでも。
 平賀くんが自分の席からカバンを取ってきて、また私に笑いかけてくれる。


「俺、氷室とちゃんと話してみたかったんだ」


 どうしよう、私今日幸せすぎて死ぬかもしれない。


優しさに滲む
(綺麗すぎてまともに見れないよ)

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