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「‥暑い」

4限の授業中、最初から最後まで爆睡していた隣の席の不真面目仁王はそう言ってむくりと起き上がった。確かに、今日はここ最近でかなり暑い。「そうねー」と返しながら財布を取り出す。そりゃあこんな中突っ伏して寝てたら暑いでしょうよ。

「なに、昼買いに行くんか」
「うん」
「俺も行く」
「そう‥ていうかほんと仁王寝起き最悪だよね、超こわいよ 顔」
「それでもイケメンやろ」
「さて何食べようかなー」

こういう時の仁王は無視に限る。これは今までに彼と過ごしてきた短くも長い間で(なんだかんだ二年になるけど)私が学んだことの一つである。寝起きだからか普段よりもはるかにのろのろしている彼を置いて先に立ち上がってドアへ向かう。

「つれないのう」
「あら、早いね起動」
「誰かさんが人のこと置いてくからな」
「‥ちょっと仁王さん腕重いんですけ、ど」

私の肩に仁王の腕が乗せられたのはもう教室のドアが目前というところであったのだけれど、そこには一人の見知らぬ女の子が立ちはだかっていた。やばいと思った。彼女は私のことなどまるで気にせずに「仁王先輩、」と可愛い声を出した。‥知らない、私は関係ない。迅速に腕を振り払って彼女の横を通り過ぎる。さすがの仁王も私のこの行動にはついていけなかったようで、女の子からの通せんぼを喰らっていた。さて、先に私は購買に行こうかと、思ったけれど仁王がひどくこちらを睨むので少しだけ待ってあげることにする。でも私この後の展開、大体分かるんだもん。腕を組んで少し離れたところで二人を見守る。道行く生徒たちは見て見ぬ振りであった。わりと見られる光景だからだろう。果たして、彼女は期待どおりの言葉を発した。仁王は無表情だった。だから顔こわいって。そう思って苦笑した、次の瞬間。彼は彼女に顔をずいと近づけて、言ったのだ。

「‥あんた、誰」

ここに新たな仁王雅治伝説が誕生した。どんな形にせよばっさりいくとは思っていたけれど、これはひどい、ひどすぎる。茫然と立ち尽くす女の子の横をするりと抜けてこちらにやってくる男にサイテ―と一言告げると何が?と言わんばかりの顔をして彼は何故か私の手首をがしりと掴み歩き出した。
自販機と売店に寄る間、彼は手を離そうとしなかった。おかげで視線がすごく痛かったし、丸井からも「なにしてんのお前らうける」と言われる始末で私は参ってしまった。何もうけないんですけど。しかも教室に戻りたい私の気持ちを裏切るように彼の足は上へ上へと階段を上っていき、それに仕方なくついていった私は結局、パンと飲み物を手に青空の下に立っていたのだ。

「‥暑い」
「そりゃ屋上ですから」
「こっち、日陰行こ」
「えー教室戻ろうよー」
「いやじゃ」

さっきの子泣いてたらめんどい。そう言う仁王はやっぱりサイテ―だと思った。屋上唯一の日陰が出来たスペースに移動し腰をおろす。日陰とはいえ空気が暑い。けれど、まあ折角の天気だしと思うことにして、ジュースにストローを刺した。

「夏やなあ」
「そうだねえ」

パンをかじりながら仁王を見た。もうさすがにこわい顔はしていなかった。あの子どうしてるかしらと、考える。今回はちょっとひどい例だったけれど、非常にモテる仁王は大体いつもあんな感じで来る子も来る子もばっさりと切る。それはもう潔く。けれども、「クールな仁王くん」に憧れる女子は後を絶たない。

「仁王はいつも断るよね」
「何が」
「仁王くん!好きです!」
「ああ、そうやのう」

私が知る限り、彼と知り合ってからというもの学校内のこういった告白に彼がイエスと言ったところを私は見たことがない。一体どういう子なら彼はその首を縦に振るのだろうか。外で、私の知らないところで彼女がいるとか、そういうことなのだろうか。と、そこまで考えて少しへこむ自分が嫌だった。突き放されるのは、こわい。だから踏み出さない。それに比べて、彼女たちは強い。私は彼女たちをすごいと思っている。だって私にはそんな強さはないもの。

「‥仁王はどうしたら頷くの?」
「うん?」

だけどとりあえず、聞いてみることにした。曖昧に。しかし彼は勘がいいので私の言わんとしたことなどすぐに理解をして、「俺は」そう切り出すや否や、彼はその指を銃に変えてみせた。彼の人差し指が私の胸をまっすぐに狙っていた。

「こう、ど真ん中に、バンと来たら?」
「‥ハードル高いなー」

バン!という声と共に彼が笑った。‥やばい、でも分かる気がする。紙パックを床に置く。今日は暑いなーと改めて思う。そしてこれから私が取る行動は、暑さによるものだということもついでに自分に言い聞かせておく。それから迷いなく間を詰めて先程私を撃った彼の手を掴む。彼は目を見開いて私を見ていた。ゆっくり、もう片方の手を上げ、銃口を彼に向ける。それは彼の胸を捉えた。震えるな、私。ついさっきまで水分を取っていたというのにカラカラな口を開く。

「‥ねえ、ど真ん中に行けば、私でも?」

私を見据えていた彼の口角が上がる。捕まえていた手が私の手をするりと抜け、私の髪を通り後頭部に回り、そのままぐいと引き寄せられる。その距離に、息を呑む。そして、彼は言った。

「‥当たり前」

それを聞いて私は、この難攻不落な男へ一発、お見舞いしてやることにしたのであった。完全に暑さからの暴発である。さあ果たして、ど真ん中に決まるか、それとも。


狙うは心臓のど真ん中
タイトル:largoさま

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