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お茶をどうぞ

Step.3 顔に出る

朝、通勤ラッシュが落ち着きを見せた頃。私は人の流れを逆らうようにして、走っていた。すれ違う人は特に気にする様子はなく、一瞥をしてさっさと会社へと向かう。

「早く、早く…!」

電車に乗っている間、気持ちだけが先走りそうになる。それをぐっと堪えつつ、降車駅についた電車から降りて、通い慣れた道を通った。定期にチャージしたお金が減ったのを確認し、改札を出たら即走った。
運動しているから息切れには問題ない。むしろ、平坦な道を走るより、人という障害物があったほうが嫌いじゃない。
そんな事を思いつつ、私が向かった先は、治安を維持するために日々働く格好良くて素敵な人達がいる場所。
そう。私が休日というのに、早くから向かった先は京都府警察署。
理由はもちろん、文麿さんに会うため。だって、今日は文麿さんが東京から帰ってくるんだから!

「あら、雫玖ちゃん。おはよう」
「あ!おはようございます!!」

今から何処かへ行くのだろう、スーツ姿のお姉さんが私に声を掛けた。見知った人だから、私もすぐに挨拶を交わす。それからふと横を見れば、今から取り締まりに行くのか、何台かのパトカーや覆面パトカーも出動した。
世間は休日なのに、ご苦労様です。
心の中で私は言った。

「まあ。雫玖ちゃん、早いなぁ」
「えへへ、おはようございます!」
「おはよう」

受付嬢のお姉さんに声を掛けられて、照れつつも挨拶をした。私が此処に来た理由を分かっているからこそ、にこにこと笑って通してくれる。
なんだか顔パスみたいになってて、申し訳なさも生まれてしまう。警察の人達に、逆に心配するほど優しい人達が京都府警察署でもある。市民に優しいけど、仕事になると、すごく真剣になる。
憧れちゃうなあ、と思いつつも周りを見渡して、文麿さんの姿はあるか探す。でも、ふと、すれ違う人達の中でも親しい人が目に入った。

「あ!車折刑事!!」
「ん?…おぉ、雫玖ちゃんじゃないか!」

咄嗟に声を掛けてしまったけど、相手も私だと気付くとパッと明るい表情で返してくれた。

「こんにちは!」
「こんにちは。もしかして、綾小路警部を待ってるのかい?」
「!は、はい…」

私が此処に来ている理由の大半は綾小路警部だっているのを分かっている車折刑事だから、開口一番にそう言ってきたのだろう。なんだか恥ずかしくて、つい照れてしまう。けど、本当だから否定はしない。
車折刑事は笑って私に教えてくれた。

「すまんね。まだ綾小路警部は帰ってこられていないんだ。今帰っていらっしゃる途中なんだ」
「あ…、まだだったんですね……」

車折刑事の言葉に肩を落とす。そっかぁ、まだ帰って来てないのか。
確かに文麿さんから連絡なかったから、まだ帰ってる途中なのかもしれないな。と、今更ながら冷静になってしまった。
それでも文麿さんから今から東京出るで、みたいな事をもらってたらそれに合わせてこっちに来たのに…。私には連絡がこなかった事にしょんぼりとしていると、それを察したのか車折刑事が私の肩に手を置いて慰めてくれた。

「そんなに落ち込みなさんな。事件が事件やったしな、きっと忙しかったんだろう」
「そう、ですよね…」

報道でもあったけど、まだ犯人や盗賊団“源氏蛍”の情報がまだ入ってないから、あのメールのあと忙しくなったのかもしれない。一夜で五人も別々の場所で殺されてるってなると、警察も忙しくなるものか。
私の我が儘で文麿さんや、京都府警の人を困らせてはいけないか。と思って、笑った。

「ああ。それに安心しなさい。綾小路警部はもうじき京都に着くだろうからね」

そう言って腕時計を見る車折刑事。私はロビーの壁に掛けられている時計を見た。休日とはいえ、すこし早い時間に来てしまったのは反省しなきゃ。でも、いったん帰る時間が惜しいのもたしか。此処から一人暮らししてる場所までそこそこ時間がかかるから。
家に戻るよりも、それだったら…。

「あの、車折刑事」
「ん?なんだい?」
「…ここで、待っててもいいですか……?」

一般人が用もないのに居たら気を遣うだろうけど、文麿さんを待ちたい一心で尋ねた。車折刑事はフッと優しい笑みを浮かべて、構わんよと許可を下ろしてくれた。

「そこの待合室、今日は誰も来ないし使う予定はないからそこで待っときなさい。勝手は分かっとるやろうから、特に言わん事はないやろ」
「ぁ、ありがとうございますっ」

車折刑事の言葉に間髪入れず頭を下げた。許可をもらったし、これで文麿さんを心置きなく待つことができる。嬉しい気持ちでいっぱいになりながらも、私は言われた待合室へと向かって走った。

「…それにしても、えらい可愛がりはってますなぁ、綾小路警部は」
「ええ。まぁ、私らもなんだかんだいって、あの子を可愛がってますけどね」
「ふふ、そうですなぁ」

その様子を、車折刑事たちが微笑ましそうに見ているとは知らずに。


**


それから一時間程経った頃に、捜査一課のデスクのほうに足を運ぶ者が現れた。その姿を見た車折は、自分の仕事を止めて彼に歩み寄った。

「お疲れ様です、綾小路警部!」

車折に声を掛けられた、綾小路は足を止めた。

「ああ、車折。ご苦労様どす」

心なしか疲れている様子の綾小路に、車折は大変だったのかと察した。
今回の三つの都市で起きた殺人事件は、骨が折れそうな捜査であることは、一課の者として知っている。東京に足を運んで、忙しなく働いて、そしてやっと京都へ帰ってきたのだ。出張に気乗りしないことを知っているからこそ、余計に今回は疲れているのだろう。

「車折、私になんか用どすか?」

労りの言葉を言うだけなら自分の仕事に戻っても構わないのに、車折に自分を見られる違和感。綾小路に不思議に思われ訊ねられて車折は綾小路にそっと伝えた。

「一階の待合室で、雫玖ちゃんがお待ちです」
「!……分かりました。…おおきに」

一瞬目を瞠り、けどすぐになんでもないように表情を戻した綾小路は自分のデスクへと座った。報告書は既に書いているようで、それを手に上司の机へと向かって、二、三ほど話をしてまだデスクへ戻って行った。
そしてあらかたの片付けをし、持ち帰るものを準備した綾小路はすぐに一階へと向かったのだった。
その様子を…。

『(分かりやすいなぁ…)』

と、その場にいた全員が思っていた事を綾小路は知らない。