×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

お茶をどうぞ

Step.2 いい子に

文麿さんが東京へ向かったその日、私はテレビの前でずっと待機していた。大学に行って卒業論文の研究はしないといけないけど、それよりもテレビのほうが最優先事項だ。

「んー…まだかな……」

ポチポチ、とチャンネルを何度も変えながら、各テレビ局のニュース番組を見る。
一連の殺人事件の捜査担当となった文麿さんが、事件解明の説明のためにテレビに出るそうなのだ。これは京都府警の人から教えてもらいました。だって知り合いの刑事さんが教えてくれたんだもん。
そして何度目かの番組を変えた時だった。

≪えー、捜査の結果、東京、大阪、京都で殺害された五人は盗賊団“源氏蛍”のメンバーであることが、判明しました≫
「!」

パッと映し出された会場と茶色のコートと帽子の警察の人が話した内容に、これだと瞬時に理解した。カメラワークでは遠目だけど、前に座っている四人のうちの一人が文麿さんであることも分かった。
もちろん、録画するよね!

≪従って、今回の事件は警視庁、大阪府警、京都府警と合同捜査本部を結成し、事件を引き続き調査します≫
「うわぁ…かなりの大掛かりなんだ…」

文麿さん、また忙しくなるのかな…。
警視庁のおじさんの言葉を聞いて、勝手に落胆する。すると、その隣に座っていた人が話を続けた。

≪“源氏蛍”は、平成三年ごろから東京、京都、大阪を中心に有名な仏像や美術品の窃盗を続けてきました。彼らの特徴は、メンバーは皆義経の家来の名で呼ばれ、同じ“義経記”を所持している事です≫
「……」

その言葉に、私は一瞬真顔になって自分の本棚に目を向けた。
そこには、義経記と書かれている本が。
いやいや…だい、大丈夫。だって義経の家来の名前じゃないし。うん、大丈夫。
そう思っていると、ふとテレビのカメラ画面が変わった。

≪首領は義経、以下弁慶、伊勢三郎ら全部で八人!!今回、その三名ら除く五名が殺害され…義経記が持ち去られていることが分かりました≫
「ふっ、文麿しゃ…!」

凛々しい表情で淡々と話すその姿にビリビリっと背筋に電気が走った。キリッとした眼差し。
恋は盲目とは言うけれど、でも、本当に素敵だもん〜!
リモコンを抱き締めるようにもって、うっとりとテレビ画面に映される文麿さんを見ていると、記者の一人が質問をした。

≪犯人の手掛かりは?≫
≪剣と弓の達人っちゅーことはたしかですが、義経、弁慶、伊勢三郎に関しては、年齢も性別も分かってないんですわ…≫
「…あれ、大滝さんだ……」

記者の質問に返答したのは大阪府警察捜査一課警部の大滝さんだった。今回の事件の捜査担当になったみたいだ。久しぶりに見る大滝さんに、なんだか懐かしくて、ふとあの二人の顔が浮かんだ。

「ふふ、元気にしてるかなぁ…」

いっつも一緒に居て、口喧嘩しながらも結局はいつも通りになる幼馴染で私の可愛い後輩。
なんて、思い出に浸っていると、テレビから「以上、中継をお送りいたしました」というニュースキャスターの声が。ハッと我に返って見れば、すでに別のニュースを報道していた。どうやら、文麿さんはあれで終わりのようだった。

「…それにしても、共通で義経記を持っている、かぁ……」

一人ソファの背もたれに背を預け、逆さのまま本棚を見つめた。研究で参考文献として扱う際に購入した“義経記”。
室町時代前期成立と推定される準軍記物語。英雄伝記物語としてでもある。作者は不明。全部で八巻あるその本は、源義経が幼少時代からの生涯を描きながら、周りの人達との話も書かれている。しかし、作中には矛盾する点が多くて、史料としての価値は低いと言われている。
それが、『義経記』。
まさかそれを盗賊団のメンバーが全員持っているなんて思わなかった。

「今じゃ、多くの人が義経記を持ってる。個人で持つなんて珍しいことでもないから、盗賊団メンバーだったり犯人を探すのは難しいんじゃないかな…」

立ち上がって、その本を手に取った。パラパラと中を流し読みしつつ、義経と弁慶との関係が一目でわかる“安宅関”で止めた。この話は、本当に二人の関係が分かるもの。色んな人のレビューとか感想を読むけど、どの人も安宅関の話は一度は口にしている。
でも、私としては義経公と静御前の話も好きでもあった。最後は切ないけれど、それでも愛し合っているっていうのが分かるもの。

「……平成の源義経公は、盗賊団のお頭。なんて言われてもおかしくないね」

失笑して、私は本を収めた。
すると、テーブルに置いていた携帯が震えた。メールだろうか。誰からだろう、と思いつつパスワードを解除して見れば…。

「!」

差出人は文麿さんだった。
慌ててそのメールを開き、内容を口に出して読んだ。

「『明日帰るから、もう少し大人しゅうしとき』……」

あまりにも甘く囁くような言葉に、体が震えた。
大人しくするよ。ちゃんといい子にする。
まるで中学生の初恋みたいに、震える指でメールを返信した。これを見て、どんな表情をするのか気になる。でも、なんとなくだけど予想がついてもいる。

「あーあ…、早く明日にならないかなぁ…」

呟いて、送信ボタンを押した。



今回の盗賊団“源氏蛍”の合同捜査本部を結成し、公開していい情報をマスコミに流した後。目暮警部達、捜査担当の警部達は別室にて今後の捜査についてを会議しようと移動していた。
綾小路警部や大滝警部は何度目とはいえあまり足を運ばない警視庁の構造を理解していないため、彼らに着いて行っていた。移動中、世間話というか今回の捜査についてを目暮警部から振られて、口々に言い合う警部達。神妙な顔つきで話し合う様子は、傍から見ればガラの悪い連中にしか見えないだろう。

「残りのメンバーの捜索と共に、五人を殺した犯人を捜さへんとアカンっちゅーのは、それなりにしんどいもんやでぇ…」
「そうどすなぁ。せやし、一刻も早くこの事件を解決せなあきまへんし、愚痴を溢してもあらへんやろ」
「京都府警も大阪府警も、事件解決に迅速な対応と判断をされていると聞いてます。今回も、よろしくお願いしますぞ」

目暮警部の言葉に、綾小路警部と大滝警部は真剣な表情になり返事をしたのだった。
その時、ブーブーと誰かの携帯電話が震えた。誰もが自分のかと確認するが、当てはまらない。しかし、一人だけスマホを見つめている者が。

「綾小路警部、緊急の連絡ですか?」
「…いえ、緊急でもなんでもあらへんかったです」

白鳥警部に聞かれた綾小路警部はそう言って、もう一度画面を見て小さく笑ったのだった。それは一瞬で、すぐに仕事の顔になり、皆を会議室へ向かうように促したのだった。

「……」

差出人は自分の愛してやまない彼女からの返信だった。

「(『いい子にしてますから、明日は早く帰って来てくださいね』…やなんて、可愛えぇなあ、ホンマ…)」

脳裏に浮かぶ娘に想いを馳せて、文麿は口元に弧を描くのだった。