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お茶をどうぞ

Step.5 恋人には甘い

お互いが好きすぎることに笑っていると、襖の向こうから「失礼致します」と声を掛けられた。文麿さんが「どうぞ」と許可して、女将さんがお見本通りの作法で入ってこられた。
私も学びたいな…。……大学のマナー講座、今からでも受けてみようかな。

「文麿くん、あんさん宛に荷物が届きましたえ」
「ああ、さよか」
「…荷物?」

お店先に送るように仕向けたということになる。しかもこの時間帯にっていうことは、日時指定をしていたということ。
わざわざ今日に指定なんて余程のものでは、と思う私をよそに、文麿さんはぱっと表情を明るくして腰を上げた。

「ほんなら向かいます。女将はん、案内頼んでええやろか」
「ええ、構いませんえ。こちらへ」
「?お手伝いでしたら私も……」
「ああ、雫玖は少しゆっくりしときや」

文麿さんに手で制され、さらには女将さんにも「今日の主役は雫玖ちゃんやからね。ここにいてもらわな」とにこやかに言われてしまい、私は素直に従うしなかった。
すぐ戻るで、と去り際に頭をひと撫でして退室した文麿さん。
ぱたり、と扉が閉まった音が最後、部屋は無音に包まれた。ぽつん、と残された私は数秒だんまりを決め込み…すぅーと鼻呼吸をして手で顔を覆った。

「むり、すき……」

過剰摂取は体に毒です。
時折、彼氏である文麿さんがリップサービスしすぎて私の寿命がだいぶ削られていないか不安になる。いや、文麿さんを置いて死ぬようなことはしない。絶対に後に死ぬって決めてるんだ。ちなみに文麿さんにはいっていない。
それは置いといて、さっきの目尻にキスをした文麿さんは本当にずるい。そっと指を這わせると、そこだけ熱を帯びている気がしてならない。気のせい?いやいや、気のせいじゃないよね、これ。

「あー…だめ、好きすぎる……」

好き。どうしようもないくらい好きなんです。
ああ、もう。ほんとうに、ずるい人だなぁ。どうしてくれるんですか。こんなにも人を好きになったことはない。こんなにも心を満たされたことなんてない。
好きになって、幸せと感じて、喜びのあまり泣きそうになるなんてこと、今までなかったのに。
文麿さん以上に好きになる人なんてこの先現れないと、断言してしまいそうだ。文麿さんから見ればまだ若いからとか言いそうだけど、私はもうあなたに夢中なんです。と私は声高らかに宣言したいくらいだ。
静かに立ち上がり、窓際へ動く。外観を損なわないように昔ながらの景観に統一している祇園の街並み。祇園の夜景が綺麗で、腰かけるようになってたからそこに座って景色を眺める。
どれくらい時間が経ったのか。たぶんそこまで経ってはいないと思う。部屋の前で声が聞こえてきて、文麿さんが戻ってきたんだと分かった。

「戻りましたよ、雫玖」
「おかえりなさい、文麿さん」

窓際から立ち上がり、文麿さんに歩み寄る。相変わらず立ち姿はかっこよく、にやけそうになる顔を笑顔で誤魔化した。荷物はなんだったんですか、と文麿さんに声を掛けようとした私。けど、それよりも先に文麿さんが私の名を口にした。

「雫玖」
「は」

はい、と返事しようとした私の鼻に掠めたのはふわっと香しい花の香り。そして視界いっぱいに広がる鮮やかな色彩。
一瞬、思考が停止してしまうほどの、美しく綺麗な花だった。
え、え…?
驚く私に文麿さんはその素敵な花束を向ける。
白いバラをメインにかすみ草や彩りが綺麗なガーベラが添えられている。
唖然とする私だったけど無意識に手は動いて花束を受け取る。そのまま、流れるように文麿さんに手を取られた。
されるがままだった。文麿さんに花を渡され、手を取られ、こちらに熱を孕んだ視線を逸らせずにいた。

「…ふっ、雫玖、見すぎやで」
「だっ…、これ、なに……どうして……」

突然の出来事、唐突なプレゼントに戸惑う私を見て、文麿さんは照れたように笑う。でも、一呼吸おいた後の表情は、真っ直ぐで真剣なものだった。

「…雫玖にとっては、まだスタートラインに立っただけかもしれへん。せやけど、まず一歩、…この一歩を大事にしてもらいたいんや」
「…っ……」

身体が勝手に動いていた。花束を手にしたまま、私は文麿さんに勢いよく抱き着いてしまった。突進といってもいいくらいの勢いだったのにも関わらず、文麿さんは難なく私を受け止めてくれた。
そういうところがまたずるい。
ぐりぐり、と額を擦り当ててあたしは、行き場のない気持ちを声に出す。

「文麿さんずるい〜〜〜!!!もうなんなんですかぁぁ!!!」
「そないなこと言われてもなぁ…」
「私が調子乗るの分かっているのかっていうくらい甘やかす!!甘やかしすぎる!!」
「そら、私は雫玖の彼氏やからなぁ。恋人を甘やかさんでどないすんや。私は甘やかしたいもんでなぁ」
「ん゛ん゛んッ!!もう!!ダメ!!これ以上何も言わないでくださいッ!!」

ぼすん、と今度は頭突きまがいなことをしてしまった。そこまで強くしたわけじゃないけど痛かったかもしれないと思って、慌てて離れようとした。けど、それよりも先に文麿さんが離れないように、私を抱きしめる腕に力を入れてきた。
弾かれたように見上げると、とろりと蜜のように甘い視線と交錯する。
もう、それだけで、私の心臓は大きく跳ね上がる。

「ぁ、あぅ…」
「そないかいらしい反応されたら、もっと見たくなりますなぁ」
「ふ、文麿さん…いつも以上に…、………あ、れ……」

さりげなく取られた手を見て、言葉を失った。
密やかに輝いていた、銀色のそれ。

「ああ、やっとそれに気付いてくれはったな」

私の反応に文麿さんはほっと息を吐く。
まって。え、うそ。

「まだ気が早いかもしれへんけどな、……ここを、私に予約させてくれへんか?」

左の薬指。きらり、と光る可愛らしいそれ。
いつの間に指に通していたのだろうか。全く気付かなかった。気付かないように彼は、それを静かに嵌めてくれていた。

「……ゆび、わ………」

左の薬指に輝いている指輪に、私は言葉が出なかった。