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お茶をどうぞ

Step.1 寄り添う

「ぇ、明日から東京へ行くんですか?」

桜が舞う季節。
綺麗な桃色の花びらが風に吹かれ、舞い踊る光景に魅了される人達。
京都は今年も綺麗に桜が咲き、満開になっています。例年と同じくらい京都は、全国各地から訪れる観光客で賑わっています。昼にお花見するのも良し、夜は夜桜見物をするのも良し。京の都は古くから変わらない町並みもあって、風物詩の一つ。
そんな賑やかな場所から少し離れた桜街道の下。私は、綾小路警部から聞いた言葉を繰り返した。

「そうや。東京、大阪、京都で起きた事件で呼ばれたんや。雫玖も知っとるやろ?」
「それは、まぁ…」

知ってないと色々とまずいと思います。
綾小路警部が言ってる事件というのは、先日起きた連続殺人事件の事。一夜で、東京で三人、大阪、京都で一人ずつ殺したという、恐ろしい事件。
連日ニュースで取り上げてるし、そりゃあ物騒でもあるから大学でも噂になっている。一晩でよく殺したなぁ、と思ってしまう私は楽観的なんだろうけど。そんな事を思い出して、綾小路警部が明日向かう東京のことに思考を向けた。

「東京…」
「雫玖は連れて行きまへんで」
「?!…な、なんで分かったんですか」

ばっさりと言われた言葉に驚いて、つい墓穴を掘るような事を言ってしまった。
そりゃ、着いて行きたいとか思ったよ。綾小路警部と一緒に東京観光したい、とかさ。思ったけど、なんですぐに分かっちゃうの?
私は見透かされたようでなんだか恥ずかしくなった。そんな私とは反対に、綾小路警部は笑って言った。
その笑顔プライスレス。

「顔を見たら、一目瞭然や」
「ぐっ…」
「…旅行やないんやで。雫玖やてそれくらい分かるやろ?」
「……」

笑った表情から真剣な顔つきに。真っ直ぐ私を見る綾小路警部の瞳に、私は何も言えなくなる。
それくらい、分かってる。旅行でも遊びでもないって事くらい、分かってる。けど、最近全然会ってないから。最近、事件が相次いで起きているから会えない日が続いて…。

「…寂しい、です…」
「……」

ただでさえ学生と社会人。会う時間が少ないから、つい我が儘になってしまう。
申し訳なさそうな表情を浮かべる文麿さん。ああ、ごめんなさい。文麿さんを困らせるつもりはなかったの。文麿さんのせいじゃないって事も分かってる。仕事だから仕方ないもの。
けど、やっぱり寂しさが勝ってしまう。

「いつ、帰って来ますか…?」
「明日行くさかい、明後日の朝にはこっち戻る予定やな」
「…早く帰って来て下さいね」
「……、まだ行ってへんのに、それを言うんは可笑しくあらしまへんか」
「だ、だって……」

困ったように言った綾小路警部に、私は目を泳がせた。だって、せっかく会えたのに今度は出張で東京に行くだなんてそんな酷な事ないじゃんか。
ギュッと、思わず文麿さんのスーツの裾を掴んだ。

「…雫玖」
「?はい、!」

綾小路警部に名前を呼ばれて、顔を上げれば突然腕を引かれた。瞬間、文麿さんの腕の中にダイブする私。
え?なに?!ちょっとこれどうしたの!?
突然の抱擁に目を丸くしたまま綾小路警部を見れば、彼はズイっと顔を私に寄越した。
ま、待って…!ち、ちか、近いぃぃぃ…!!

「あ、あやの、綾小路警部…!?」
「雫玖」
「ひゃい!」

もう一度綾小路警部に名前を呼ばれたけど、緊張と恥ずかしさで噛んでしまった。やばいやばい、ちょっと色々と醜態晒してるんだけど…!
でも綾小路警部は笑わないで、じっと私を見る。見つめられて、穴があきそうなくらい。じわじわと自分の体温が上昇していくのが分かる。そろそろ気絶しそうな私に、フッと綾小路警部は目を細めた。
あ、その表情好き。

「ええ子で、待ってるんやで」

切れ長の瞳で見つめられて、優しい声でそう言われた、うんとしか言えないじゃん。もう格好良すぎだよ…。こんな素敵な人がまだ二十八歳なんだよ…なんかもうずるい。全体的にズルい。

「ま、待ちます…」
「うん。約束や」
「……待つから、」
「?」

今度は私が綾小路警部をじっと見つめた。

「ちゃんと待ってるから、きょ、今日は…」

手に力が入った。そんな私から目を逸らさないで、綾小路警部は私が言うのを待ってくれた。

「今日は、綾小路警部を…独り占めしてもいいんですよね…?」

明日行くって事は、今日はその事件以外の捜査とかないって事だよね。きっと、綾小路警部の事だから、一連の事件の捜査担当になってるから、それだけに集中されるはず。そして明日出張となれば、特に大きな仕事があるわけじゃないはず。
その意味を含んだ目で黙って綾小路警部を見ると、綾小路警部は一瞬キョトンとした目をしたけど、すぐにまた優しい目をして私を見てくれた。

「そないになるな。…ほんなら、今から何処か行きはりますか?」
「!」

その言葉に目を輝かせた。
だってデートのお誘いだもの!
嬉しくて頷きかけた私。でも、明日の事を考えたら、首を縦に振る事はできなかった。

「や、やっぱりだめ…!い、行かない…!」
「…ほんなら、どないするんや?」

そう聞かれて私は答えようか迷った。でも、今日は一緒に居られるって言ってくれたんだ。
だったら、思い切って我が儘を言おう。

「っ…、……あ、綾小路警部の家に行きたい」

私の言葉に綾小路警部はまた目を丸くした。恥ずかしいけど、言ってしまった我が儘。ここまで言えば、もう私は開き直る。むしろ言うしかなかった。
頬を赤く染めながらも、笑って綾小路警部に言った。

「綾小路警部と、二人でのんびりしたいな」
「……、…はぁ」
「え?!そこため息吐いちゃいますか?!」

呆れたようなため息にショックを受ける。けど、綾小路警部はフッと小さく笑いを溢して、私の手を繋いで歩き始めた。
しかも恋人繋ぎ。キャーッ!!!

「あ、綾小路警部…?」
「ほんなら、さっさと行きましょか」
「!は、はいっ」
「それとな、雫玖」
「え…?」

足を止め、綾小路警部はくるりと私の方を向いた。じっと見てくる瞳はどこか不満そうな様子で、どうしたのだろうかと私は首を傾げた。

「…言い忘れとったんやけど、私と二人きりん時は?」
「!」

その言葉にハッと、思い出す。私が何かに気付いた事に気付いたのか、優しい目になった。その視線だけでも、なんだか嬉しくて、その目を向けるのは私だけだと思うと嬉しい気持ちしかなかった。
ギュッと握った手に力を込めた。

「…文麿さん」
「……正解や」

笑い合って、文麿さんと一緒に桜並木を再び歩き始めたのだった。