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お茶をどうぞ

Step.2 同期からの

私の邪魔をした一通の電話。恨めしい目で見ている私に気付かない文麿さんは、その電話相手の声と名前を耳に入れた瞬間、少しだけ表情が柔らかくなった。
え、誰。

「ああ、お久しぶりですなぁ」
「(だ、誰…!?文麿さんにそんな表情させるのは、誰なの…!?)」

フッと笑ったのを見逃さなかった。普段文麿さんは、電話の相手が仕事関係だったら表情は一切崩さない。相変わらずのクールな態度で、淡々とした声で、電話に応答する。私の時は知らないけど、個人的な人、文麿さんのお母さんだったりしたら、ちょっと困ったような表情をしたりしている。
しかし、今の文麿さんは今までとは違う反応。

「(ま、まさか…女の人…!?)」

想像したくない事が頭によぎり、サッと顔が青ざめた。文麿さんは変わらず電話のほうに付きっきりで、私の様子に興味を介さない。
というか、「久しぶり」ってなに?最近会ってない人からの電話なの?久しぶりだから表情が和らぐの?
いっこうに答えが見当たらない私は、文麿さんに視線を投げるのをやめて、そっと静かに俯いた。私の様子にいち早く気付いてくれるのは文麿さん。でも、今のこの状況において、文麿さんは私に気付いていない様子だ。
でも、私も気付いていない事があった。

「…ああ、なるほど。それを調べて欲しいんやな」
「……?」
「分かった。ほな、今から向かうんでまた後で連絡させてもらうで」
「……」

あれ?文麿さん、仕事の顔になった…?
微笑も束の間、文麿さんは相手からの話の内容を聞くとだんだんと表情と声色を変えていった。スゥと目を細めて、固い感じの声になった。
つまり、仕事モードに入ろうとしているって事。
相手が誰だ、とか思っていた私だったけど、文麿さんの様子が変わったことが気になって仕方ない。電話を切った文麿さんはそこでようやく私を見た。

「雫玖」
「は、はい…」
「すまんが、家送る前にちょっと寄りたい所があるんやけど、ええか?」
「…いいですけど、何かあったんですか…?」

もしかして事件が起きたんじゃないのでは。そう思った私の考えを察した文麿さんは「事件やないで」と即答で否定した。私が了承したこともあり、文麿さんは普段右に曲がるところを左に曲がった。

「警視庁の同期から頼まれ事をされたんや。ある事件について調べてくれへんかってな」
「…さっきの電話、ですか?」
「そうや」

遠回りし、大通りに戻った文麿さんはその目的地に向けて車を走らせる。
私はというと、文麿さんの言葉にホッと安心した。なんだ、電話の相手は警視庁の同期さんだったのか。女性、じゃないようだから安心した。

「……」

いや、待って。同期だとしてもそれが男とは限らないよね。ということは同期は女性?つまりは女性からの電話って事?
拭えたと思ったのも一瞬、また私は不安に駆られる。

「…あのな、雫玖」
「は、はいっ」

私の様子でも見ていたのか、文麿さんは呆れたような様子。そのままため息を溢しそうって、あ、溢した。
私の方を見ていない、見本のような運転をする文麿さんは口を開けた。

「さっきから気にはなっとったんやけど、もしかして電話の相手が気になったんか」
「…いえ、別に……そんな事は…」
「嘘言いや。顔に書いてはるで」
「!」

そう言われて思わず頬に手を当ててしまった。そんな私の反応に文麿さんは喉で笑う。
そ、そこまで分かりやすい反応をしてしまう自分に呆れるけれど、それよりもそれに気付いていたのに無視を決め込んだという文麿さんは意地悪にも程があるんじゃないの!?笑ってるけど、私を無視してたって事じゃんか!

「文麿さん、気付いてたんですか!」
「そら、あないな熱い視線を送ってたらなぁ」
「ひ、酷い…!」

したり顔とはまさにこのことか。私の方を見てはないけど、その顔には楽しそうな笑みを浮かべる文麿さん。まだまだ子供な私は不貞腐れて、ふいっと視線を窓の外へ移した。

「あれ…?」

思わず声を漏らした。外の景色は見慣れたものであり、初めて行くようなところではなかった。
京都駅前。交通量が多い場所に加えて、京都市内に観光で来る人が多いためにたくたん立てられているビジネスホテルがある通り。初めてでもなんでもない、私たちがよく通ったりするところでもあった。

「文麿さん、頼まれ事って…?」
「雫玖は今、関東のほうで起きとる連続殺人事件を知っとるか?」

文麿さんは笑みを消して真剣な表情に、仕事の顔で私に尋ねた。私は怒っていたのも忘れて、「はい」と答えて、連日報道されている事を文麿さんに言った。
関東の方で起きてる事件で、被害者は七人。今朝のニュースだとまた殺されたとも言っていた。殺害された場所はバラバラ。未だに犯人は捕まってないしで、関東の治安は平和とは言えない。合同捜査本部を結成したとも言っていたけど、文麿さんに連絡が着たという事は被害者たちに共通する何かがあったのだろうか。

「そうや。聞き込み調査の結果、二年前の今日、被害者七人が全員京都におったそうでな。それについて詳しゅう調べてほしいて言われてな」

文麿さんは少し間を置いて「それを、白鳥警部から頼まれたんや」と、教えてくれた。
白鳥警部?どこかで聞いた事あるぞ。

「…警視庁で同期の、白鳥警部さん…ですか?」
「そうや。覚えてるやろ、盗賊団“源氏蛍”の連続殺人事件でおった男の警部」
「……そういえば…」

青緑系のスーツを着た不思議な髪型の人が脳裏に浮かんだ。

「その人から頼まれたんや。二年前の七夕の日に何か起きてたら、それに関係してはるかもしれんってな」
「なるほど…」
「雫玖は知ってはるか?二年前にあったホテルの火事について」
「はい。二人の方が亡くなられたんですよね…」

私は二年前の火事を思い出した。あの事件は長いこと周りで聞くものだったりした。それはニュースでも連日報道されて、火元の原因とか亡くなった方とかの話を事細かに周りで口にしていた。
あまり思い出したくもない悲しいお話で思わず目を伏せた。

「……偶然、じゃないですね」
「そやろ」
「じゃあ、もしかしたら、彼らが泊まったホテルがその火事があったホテルで、全員が一緒だったってことかもしれないのですか…」
「そういう事や」

縦列駐車のパーキングに車を止めて、文麿さんは降りた。私も出ようかと悩んでいたら、文麿さんがこっちに来てドアを開けた。しかも手を差し出されたからこれは行くしかないよね。
手を取り、文麿さんはそのまま恋人繋ぎをしてくれた。思わず文麿さんを見れば、私のほうを柔らかい表情で見ていた。

「さっきの代わりや。運転しとったさかい、頭撫でられへんかったからなぁ」
「っ……」

どっちにしてももう怒ってないから…!
心の声を高らかにしていいたけど嬉しさと恥ずかしさが相俟って、声が出ないまま俯いて、ただギュッと文麿さんの手を強く握るだけになってしまった。その変化に気付かないほど鈍くない文麿さんは、フッと笑って小さな声で「おおきに」と言ったのだった。

「ホテルの場所は分かってるんですか?」
「もちろん。あの火事が起きたホテルは『ベガ』や」
「ベガは、織姫星…。七夕の日に、そんな素敵な名前がついたホテルで火事は、悲しいですね……」

年に一度しか会えない織姫と彦星。そんな二人にとっては大切な日に素敵な名前がついたホテルで火事だなんて悲し過ぎる。
一人傷心する私に文麿さんは「それを忘れん事や。もう二度と同じことを繰り返すわけにはあきまへんからな」と言ったのだった。