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お茶をどうぞ

Step.1 夏の京都

京都の夏は蒸し暑い。
昔から夏の京都は涼しそうだとか印象を受けているようだけど、そうでもない。山々に囲まれ風の通りがないから熱が溜まっているし、大阪からの熱い風が流れてされに暑さが増して辛抱たまらない。さらに暑さを感じる蝉の鳴き声に、アスファルトの熱が地面から蜃気楼となってじわじわと帯びているから、京都の夏は他の地域に行った方がいい気がする。
もう一度言う、京都の夏は蒸し暑い。

「あーっつい!!冷房効いた部屋に行きたい!!」
「なっちゃん…暑い暑い言わないで…」

大学の弓道場にて。
眼前に広がる光景は一見涼しそうに見えるけれどそうでもなく、むしろ直射日光で直に焼けそうなものだった。
裸足で稽古をしている手前、日を浴び日を吸収した床は鉄板ほどではないけどそこそこ熱をもっていた。その上で弓を構え矢を射ようとする私と親友のなっちゃんだったけど、暑さで集中できるはずがなかったのだ。

「アイス食べたいかき氷…うう、涼しいところに行きたい…」
「ちょっと集中力乱れてるよ…」

弓を放ってしまいそうな様子のなっちゃんに私は苦笑を漏らすしかなかった。
深呼吸を一つして、数メートル先の的を見据えた。

「(…暑い……)」

確かに熱いけど、心頭滅却すれば火もまた涼しという。一本の矢を射るだけでも集中するのに、雑念があるまま矢を射れば絶対に真ん中には当たらない。静かに的を見て、心を落ち着かせる。
一つの事に対して集中すると、自然と周りの音が耳に入らなくなる。その時が自分は集中していると実感する。弦を引く手に力を一瞬グッと力を入れた。

「あれ、綾小路警部だ」
「!!?」

ヒュッ トスッ

「……」

おかしいな…私の集中力、何処にいったんだろう。

「…なっちゃん……」
「あ、しまった。まだやってたんだっけ…ごめんごめん、口に出ちゃってさ!!」

矢は見事に的に嫌われてしまった。素人並の綺麗に的から外れた矢を一睨みし、なっちゃんを見れば慌てた様子で私に弁解をしてきた。

「私の集中力返してよ!そもそも、文麿さんが此処に居るわけ…」
「おるでー、雫玖」
「ない…、……え?」

微かに聞こえた声を間違えるはずなどなかった。
バッと後ろへ首を回せば、弓道場の外。ちょうど練習場を眺めることの出来るフェンスの外に一人佇む人。
目を疑った。

「ふ、文麿さん…!?」

ヒラヒラと雅に手を振るのは間違いなく文麿さんだった。予想なんかしているはずもなく、なっちゃんの冗談だとも思っていた私は動揺が激しく現れた。弓を先に置けばいいのか、それとも文麿さんの元へ行かなくちゃいけないのかどうしたらいいのか分からなくて、わたわたしてしまった。
すでにバテて床に寝転がっているなっちゃんは「落ち着けよ」とか言ってるけど、落ち着けるはずがない。

「な、なんで…え、連絡、…え!?」

と、とりあえず文麿さんの元へ行けば、一瞬「ん?」と首を傾げたけどすぐににこりと笑った。

「連絡は入れとったんやけど返事がなかったし、まぁ、顔が見とうてな」
「…っ…!」

なんなのそのデレは…!!
顔が一瞬で赤くなったのが分かった。
恥ずかしげもなくサラリと言う文麿さんはずるい。無理、私が恥ずかしくなる!
暑さで誤魔化そうと手で顔を扇ぐけど、文麿さんは私が真っ赤になっている理由が分かっているのかクスクス笑う。そうやって揶揄うのもほどほどにして欲しいんだってば!

「雫玖は、私に会いたくあらへんかったか?」
「そっ……んな、わけ…」
「ん?」
「っ〜〜!!」

即答で否定しようとしたけど、文麿さんの顔を見て私は言葉を続けることは出来なかった。だって、文麿さんは私の反応を楽しんでいたから。否定することを分かった上でそう聞いてくる文麿さんに、私はしてやられそうになった。いや、もうやられたようなものか。
翻弄されてばかりの私だけど、本当に会いたかったから嬉しい気持ちを隠すことは出来なかった。
ここ最近、何かと忙しいみたいで電話もロクに出来ずにいたのだ。源氏蛍の件みたいに連続殺人が京都で起きているわけじゃないけど…。

「雫玖ー、アンタもう帰ったら?此処に来たのも、気分転換なんでしょ?」

後ろでなっちゃんがそう言った。見れば、身体を起こして扇風機に当たっていた。羨ましい…じゃないけど、突然そんな事を言うなっちゃんに驚きだ。

「え、でも……」
「片付けくらい私がやるわよ。暑いけど、今度何か奢ってね〜」

思わず渋った私に一方的に近い事を言うなっちゃん。それ以上何も言わないと、再び扇風機に当たる彼女に私はどうしたらいいのかと思わず文麿さんを見る。文麿さんは私と目が合うと、優しく笑み一つ頷いた。
なっちゃんの言葉に甘えろ…って、事なのかな…。

「じゃあ、なっちゃん。今度、駅前のカフェ行こうね」
「お!リニューアルオープンした喫茶店か!うん、いいよ!!」
「うんっ。それじゃあなっちゃん、ありがとう!お先、失礼します」

文麿さんに弓道場の入り口の方で待ってて、と一言告げて、私は練習場を後にする。更衣室に言って、着替えをしようとするけど、それよりも嬉しさがこみ上げてきてにやけが止まらなかった。

「(文麿さんが、会いに来てくれた…)」

誰もいないとはいえにやけた顔を見られたくなくて、練習着の裾で口元を隠す。
忙しくて電話もできなくて、少し寂しく思っていたから本当に驚いた。いつもなら私が何も言わずに京都府警察署に行こうとか思うけど、最近は本当に忙しそうだったから自重してた。
なのに、まさか文麿さんから、しかも学校まで赴いてくれるとは思わなかった。仕事で忙しいのに、合間を縫って来てくれた文麿さん。

「(不謹慎だけど、すっごく嬉しい…)」

また、彼を好きになった。
しかし、ずっと文麿さんにキュンキュンして何もしていないわけにはいかない。制汗スプレーやシートとかを駆使して汗臭さを消し、なおかつ汗で落ちかけた化粧を直して、弓道場を出た。
出る前に一度射場を見れば、休憩を終えたなっちゃんが一人淡々と練習をしていた。相変わらず格好いいなぁ、と思いつつ私はその場を後にした。

「文麿さん…!」

外へ出た木陰のところ。そこで静かに佇んでいた文麿さんは、私が来たと気付くとフッと笑みを浮かべた。その手にはスマホを持っていて、誰かと連絡を取っていたみたいだった。

「練習ご苦労さんどす、雫玖」
「ありがとうございます」
「荷物もつで」
「え」

気付いた時にはすでに荷物は文麿さんの手に。参考書とかパソコンとかけっこう重たいはずなのに、軽々と持つ文麿さんは流石というべきなのか。というか、紳士な行動してときめくんですけど。
私が持つって言っても返してくれないまま文麿さんは車へ。追いかければ私も必然的に車へと。そこでまた、助手席のドアを開けるというまた紳士的行動をする文麿さんはなんなんですか。私を胸キュン死させたいんですか。

「雫玖、今日はバイトはあるんか?」
「いえ、今日は何もないです」
「ほな家まで送ったる。ええか?」
「はい、ありがとうございます」

文麿さんに家まで送ってもらえるということは、少しは一緒にいられるということ。部屋まで上がってもらえるかな、なんて一人浮かれつつ、車は発進した。
基本的、文麿さんの車では無音が多い。でも、時たまラジオを掛けている時があって、今日は気分的にラジオを掛けているみたいだった。珍しい事もあるな、なんて思っていると、ラジオ番組では今日の事について盛り上がっていた。

≪今日は七夕ですね〜!京都では、北野天満宮で御手洗祭や地主神社の七夕祭りで盛り上がりつつあります!!≫
「(あ、そうか…今日は7月7日……)」

ラジオのパーソナリティーのお姉さんの言葉に私はふと空を見上げた。まだ昼過ぎ。星は見えないけど、今日の夜は晴れだった気がする。
思い立ったが吉日。

「あのっ、文麿さ…」

ヴー ヴー

「はい、綾小路です」
「……」

予定がない事を祈って、今日の夜のお祭りを誘おうとした私を邪魔したのは一通の電話だった。