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お茶をどうぞ

Step.1 恋に落ちた瞬間

※ 企画作品


それは、私がまだ大学二年生の時だった。

「切り裂き魔、ですか…?」
「そうです。最近、この近くで被害があるんは御存知やろか」

学校から帰って時間が経ってない頃、アパートにやって来たのは京都府警の警部さんで。
切れ目な瞳に、平安時代の眉にも似た特徴のある眉。一房だけ前にし、あとはオールバックのオシャレを決めた髪型。笑ってしまうような恰好なのに、その人にはとてもしっくりきてて。
ドクン、と胸が高鳴った。

「…し、知ってます…」
「被害者が今現在五人。全員大学生で、皆髪が黒く、長い子ばかりや」
「はぁ…」

淡々と実務をこなす言い方の警部さん。
声、低くて素敵だなぁ。とか思いながらその事件の事を私は思い出した。
最近、市内で起きているのは知ってた。殺されてはないけど、重傷を負わされそうになったという切り裂き魔のニュース。
けど、それと私に何の関係が?

「…あの、その事件で私との関係が…分からない、んです…けど…」

恐る恐る聞けば、こっちに目を寄こした警部さん。あ、目が合った。

「…我々は二つ、想定しています」

一つは似たような容姿を狙っている事から、誰かに恨みを抱いているのではないか。
二つ目は、ただの快楽を求めているか。

「ともかく、貴女は夕方以降特に帰り道。一人で帰らず、極力二人以上で帰るなどしてください。万が一の為、警察が交代で警護しますが、それでも十分警戒してください」
「分かり、ました…」

真剣な表情から目が離せなくて、ほぼ呆然とした状態で私は返事をしてしまった。警部さんはそれだけ言ったら「夜遅くに失礼しました」と言って、部下と一緒に家を後にした。パタン、とドアが閉まり機械的に鍵を閉める。
ドアに背を預けた後、私はズルズルと床にお尻をつけた。
どうしよう。

「…な、なの…あの人…」

どうしよう。見事にあの人に一目惚れしてしまった。
それから数日ほど、ローテーションで刑事さんがよく視界に入るようになった。と言っても、コソコソしてるんじゃなくて街中の人に成りすましてある程度の距離を取って警護してくれていた。
でも、それよりも私が気になるのはあの警部さんの事だった。
あの日から警部さんを目にする事はなかった。部下の人達なら何度も見てるけど、あの人が警護をしてくれる日はなかった。忙しいのかもしれない。警部という地位に立っているわけだから。
それでも、もう一度…

「(会ってみたい、なぁ…)」

一度しか会って話をしただけなのに、私は彼に夢中になってしまった。



そんな、ある日の帰りの事だった。

「あの、すいません…」
「はい?」

研究でちょっとだけ遅くなってしまった帰り。さっさと帰ってやることがたくさんあるから足早に帰っていると、見知らぬ人に声を掛けられた。
その人は、帽子を深く被り顔が見えないようになってて、加えて全体的に真っ黒で。

「っ…」

どう見ても怪しい人だった。

「きっ、きみ…、か、か髪…ながい、ね…」
「そ、です…ね…」

ゆっくりと後ずさる。と、相手もじりじりと近づいて来た。息が荒く、足も覚束ない動きで、酷く、

「(気持ち、悪い…!)」

恐怖がじわじわと、込み上げてくるのが分かった。

「だ、大学生…?」
「こ、たえる…つもりは、ない…、ですっ…!」
「!待てッ!!」

一瞬の隙を狙い、私は男から逃げた。間違いない、あの人が例の切り裂き魔だ。あんな尋問みたくな言い方に、それに…

「ッ、わっ…!」

腕を後ろへと引っ張られた。そのまま尻餅をついて、痛みが顔を歪めた。でも、それは一瞬の事で。
誰が、私の腕を引っ張ったの…?

「逃がさない、よ…?」
「!」

ヒュン、と何かが私の頬に掠めた。ゆっくりと頬に指を当てると、ドロリ、とした何か。
自分の血だった。

「っ…あ、あぁ…!」
「綺麗な、髪…だね…。ほ、欲しい、なァ…、その髪、…ど、どれくらい、で…売れるの、かな…」
「や、」

ガシリ、と腕を掴まれた。足掻こうとしても、全然びくともせず。
怖くて声が出なくて。

「ねぇ」

視界の端で光ったソレ。

「死ネ」

怖くて、恐くて。

「っ…!!(誰、か…!)」

ただ痛みを待つことしか出来なかった。

「現行犯逮捕や!!」
「!」

痛みが来ることはなく、私の耳に入ってきたのは聞いたことのある声。それに重なり掻き消えた切り裂き魔の呻き声。ゆっくりと目を開けて状況を見れば、

「傷害罪でお前を逮捕する!」

男を倒し抑え、手錠をかけているのはあの警部さん。私は刑事さんに保護されていた。
嗚呼、助かったんだ…。
切り裂き魔は刑事さん達に連れて行かれ、私は呆然とその光景を見ていた。すると、警部さんが私のもとに歩み寄ってきた。

「どもないか?」
「ぁ…、」

何も言えない私に、心配そうな表情をしれくれる警部さん。一瞬、何かを見て目を丸くしてなんとも言えない、悔しそうに眉を寄せた。どうしたのか、と思っているとピリ、と頬に痛みが走った。

「っ…」
「あ、ああ堪忍なっ。…怪我、されたんやな…」
「ぁ、っ…」

何か話さないと、礼を言わないと、色々と言わないと、頭の中では分かっているのに何も言えなくて。その代わりにじわり、と視界がだんだんとぼやけ始めてきて。今泣くのはおかしいと自分に言い聞かせて、警部さんに礼を言おうとしたら、

ぽん…

「…」
「…け、ぶ…さ…」
「よく頑張りはったな。…もう、大丈夫や」

じわり、と警部さんの言葉が胸に沁み渡って。人前なのに、私はこんなに泣いたのは久しぶり、と言えるくらい大泣きしてしまった。
こうして、切り裂き魔の事件は幕を閉じた。
あれ以来、特に問題もなく、私は大学生活を過ごしていた。
ただ一つ、変わった事があるとしたら…

「あっ!!綾小路警部ッ!!」
「…また君か」

あの時助けてくれた警部さんを好きになってしまったことくらいだった。