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お茶をどうぞ

Step.2 他人ゆえに

静かになった中、服部くんは渋い顔で私に言った。

「そないに、分かりやすかったんかいな」
「うん、とても」
「……ウソやろ…」

私が間髪入れずに言ったら、ガックリと肩を落とす反応。私から見たら、視界の端で色々と話していたりして目に留まった。そう言えば、さっきまでの重たい空気は何処に行ったのやら、しもうたー!なんて声を上げた。
その様子に私は小さく息を吐いた。
良かった。いつも通りの服部くんに戻ったみたい。

「せやった…雫玖先輩って、他人が気付かんようなところを気付く人やったわ…」
「うーん…そうかなぁ…」
「そうやった!」

ダンッ、と机を叩いた服部くん。その顔は、悔しさが見え隠れしていた。
私はそんな事ないと思うんだけど、服部くんはそうでもないみたい。まぁそう思うのは昔の事件が関係しているのかもしれない。

「覚えとるか、雫玖先輩。俺が中学ン時に起きた事件」
「いろいろあってどれかは覚えてないかな」
「学校帰りの喫茶店で起きた事件や。久しぶりに雫玖先輩に会えるって喜ぶ和葉と三人で駅前の喫茶店で起きた殺人事件や」
「あー…あったね。うん」

あんまり思い出したくないけど。
自分が巻き込まれた事件とか覚えておきたいはずがない。少し冷めた言い方になってしまい、誤魔化すようにコーヒーを一口飲んだ。しかし、服部くんは私の様子に気付いていないのか、懐かしがるように、でも声色は楽しそうな思い出を語るかのようなものだった。

「あの時、雫玖先輩普通に犯人の物的証拠になるモンを見つけてもうてそらびっくりしたわ。事件終われば、殺す瞬間を見てたとかも言うしなぁ」
「…たまたま目がいっただけよ。そういうの、あるでしょう」

服部くんが中学生。私が高校の時の出来事。
まだ中学生の服部くんは今みたいに名推理は出来なかったけど、大滝さんが優しいのをいいことに事件現場へ行っては色々と物色しては何かに気付いて警察の人に助言をしていた。まぁ、それによって犯人が分かったりしたから、警察も大目に見てた。

「雫玖先輩の前じゃ、下手な事出来ひんとか思うてたわ…」
「そうね。平蔵さんに隠し事をしようとしても、私が目敏く気付いちゃった事もあるものね」
「あん時は俺のしとったことを見とったんかと思うたわ」

昔話に華を咲かせてしまう。それくらい、小さい頃から服部くんとは関わりがあったのだ。和葉ちゃんとも、服部くんを通じて知り合ったのだ。
二人とも私の大事な妹弟のようなものだ。

「まぁ、私から言うのもなんだけど…あの子は、もう少しうまく誤魔化すべきね」
「……」

クスリ、と笑い言うと、服部くんは私を見た。その目は、真剣な色を帯びている。でもその奥には、心配の色もあった。
何かあったのか、なんて明白ね。

「無理に、話さなくていいよ」
「気にならへんのか?」
「うーん、そうねぇ。はっきり言うと、五分五分ね」

これは本音だった。
何で。と言おうとする服部くんの言葉を遮るように、私は続けた。

「だって、江戸川くんとは初めて出会ったもの。一度しか会ってない子の訳ありな事情なんて聞いても、酷い話同情も憐れみも湧かないわね」
「……」
「危ない目にあった原因には、たぶんあの子に非があるんじゃないかしら。この間の事件といい、自分から首を突っ込みに行く性格だろうから。深く関わってはいけない事に深追いしてしまった…、私の憶測だけど、そう考えたら一言しか言えないわ」

自業自得ね。
思った以上に、冷たい声になっていた。それを感じ取ったようで服部くんは固唾を呑んだ。怖がらせるつもりはなかったけど、怖がらせちゃったみたい。

「服部くんはあの子の事を知っているから何か手伝おうと、サポートしようと思うけど、私はそうじゃない」
「ほなら、雫玖先輩は工藤の事を他の奴に言いふらすんか」
「別にそうは言ってないよ。他人が知られてほしくない事を知ってしまった以上、秘密にするわよ」

その言葉にほっと息を吐いた服部くん。

「ただ、私はあの子の手助けとかしない。それだけだよ」
「…雫玖先輩って、そないにドライやったか?」

私の言葉一つ一つが重たく感じたのか、服部くんは肩身を寄せてそう言った。また怖がらせたみたいだけど、私は普通の事を、私自身の本音を言っただけなのに。冷めたコーヒーを飲み干して、私は「そうねー」と笑って言う。

「私の領域の一番外に居るから、仕方ないんじゃないかな」

人にはパーソナルスペースというものがある。個人空間、といい動物だとパーソナルテリトリー、つまり縄張りだ。自分の領域を他人に侵入された事の表れなどから呼ばれたりするもので、人との距離を測るものにも使われる。
服部くん達は私の領域に入っている。幼い頃から知っているからね。
でも、あの子は違う。

「たった一つの事件にかかわった他人っていう見方もできることを、忘れないでね」

だから、私はあの子の事情を深入りするつもりはない。
そう言えば納得したような、でも江戸川くんを知る人としては納得できていない様子の服部くん。個人の感情も影響してしまうから、これ以上は無駄に等しい。
時計を見れば、すでに六時前になっていた。そろそろここを出ないと、文麿さんと合流できないや。

「あの子にもそう伝えてね。私は秘密は守る。でも、事情は聞いていないから私が君にしてあげることは何もないし、何もしないってね」

鞄を肩から提げて、伝票を手にする。私が突然立ち上がった事に驚いた服部くんだけど、ハッと時計を見て納得したようだ。
時間切れ。

「今日はわざわざ此処まで来てくれてありがとう。お姉さんが奢ってあげるね」
「雫玖先輩…」
「安いけど、口止め料として払わせて」

伝票で口元を隠し笑って言えば、服部くんは目を丸くして見た。でもすぐにフッと目を閉じ口角を上げた。一度だけ瞬きをして私と目を合わせた服部くんは、私の可愛い後輩くんだった。

「おおきに、雫玖先輩」
「いえいえ」

ふふ、と笑いを溢して、私は一足先に喫茶店を後にした。ちょうど窓際の席だったから、店を見れば私に手を振っている服部くん。
口パクで「またな」と言っているのが分かって、私も一つ頷いて手を振り返したのだった。

「(江戸川コナン…、工藤新一くんね……)」

あの時、初めて会った時を思い出した。幼い顔だけど、どこかで見たことあるような気がした。朧気な記憶でそこまで気にしていなかったけど、今だと思い出せた。

「(服部くんがライバル視している『東の工藤』だったわね…)」

最近のニュースでは毛利小五郎さんが話題となっていた。その裏では、小さくなった工藤くんがサポートしていたということか。
私の憶測の内容に服部くんは否定も肯定もしなかった。詳しい内容は分からないけど、大まかにはあっていたのだろう。昔から嘘が下手なのは知っていたから、分かりやすかった。
きっと工藤くんは、蘭ちゃんを巻き込みたくない。

「(だから、あの時そのままにしたのかもしれない)」

人はいなかったのは確認した。あの鬼の面をつけた人達がすでに寺に戻って行ったのを見たのだろう。それでもう心配ないと思って、蘭ちゃんをそのまま、自分は寺へ戻ろうとして私と鉢合ってしまった。
蘭ちゃんが大事だったら、そのままにするのはおかしいとは思うけどね。

「(それなら、私はあの子たちを悲しませないようにしないとね…)」

話をしていないけど、蘭ちゃんはずっと工藤くんの事を待っているみたいだから。
本当は近くに、すぐ傍にいるのに、会えないなんてね。

「(……文麿さんと会えなくなる…)」

そう考えた時、ぞわりと体が震えた。同じ境遇じゃないにしても、もし文麿さんと突然会えなくなるって考えたら私はどうにかなってしまいそうだ。不安ばかりが襲い掛かって、居ても立っても居られなくなる。

「……」

不謹慎だし、彼女には申し訳ないけど…。

「文麿さんが工藤くんみたいじゃなくて良かった…」

ポツリと呟いた言葉は、人混みの中に溶けて消えた。