東京、大阪、京都で起きた連続殺人事件が終幕し、一週間ほど経った時の事だった。
平穏な日を今日も終え、帰宅しようとした私を待っていたのは、久しぶりとも言えない青年だった。
「待ってたで、雫玖先輩」
「…服部くん…?」
バイクに跨り、大学の正門前で私を待っていたのは高校の後輩である服部くんだった。
つい会ったのは一週間前の事件以来。私に用事があるのは明々白々。何の用事か見当がつかない私は、そっと彼に歩み寄った。
「一週間ぶり、だけど…どうかしたの?」
「雫玖先輩に色々聞きたい事があるんや。今から時間ありますか?」
「え、あー……」
服部くんの質問に少しだけ渋ってしまった。探偵らしく、それに気付いた服部くん。というか、私が分かりやすい反応をしたから仕方ないか。
「なんや、今から予定があるんですか?」
「うん。京都府警察署に…」
「京都府警!?なんでそないなところに行くんや」
驚く事みたいで、ヘルメットを外して声を上げる服部くんに私は苦笑い。そりゃ事件を起こしてなさそうな私が行くんだから驚くよねー…。
あまり口外したくないけど、この子しつこいところがあるから誤魔化すよりも先に言っておくべきか。
「警部さんに用事があるの」
「用事てなんや」
「それを服部くんに言って何になるの」
「そりゃ、そーやけども…相談やったら、俺が聞きますで?」
真面目な顔になった服部くん。事件とか何かと勘違いしているようだけど、うん、その期待を裏切らせていただきます。
「ただの世間話だから、お気遣いなく」
ニコリ、と笑って言えば服部くんは拍子抜けしたのだった。おお、流石大阪人。しっかりしてる。
あまりにも見事なリアクションに私は思わず拍手を送りそうになったけど、それよりも先に服部くんは「世間話しに行くんかい!」とツッコミを入れて来たのだった。
「そーよ。だから服部くんに話す事はありませーん」
「警察も暇やないんで…」
「そこまで長居しないからね?顔出すだけよ」
肩を落とす服部くんに私は笑いがこみ上げてきた。興味本位だろうけど、それでも気になってくれた事は嬉しかったのだ。服部くんに謝罪と礼を言えば、先走りすぎた事に恥ずかしそうな態度を見せられた。
まだまだ子供だなぁ。
ふふ、と口元に手を当てる時、ふと腕時計を見た。
「(文麿さんに会いに行く約束したけど…時間はまだあるから大丈夫か……)」
文麿さんの帰りに合わせるように行く予定だけど、私のほうが早かったみたいで、それなりに時間はある。服部くんとどこかでお茶をするくらいなら、問題はないかな。
「服部くん、六時までなら大丈夫よ」
「え、急ぎの用事とちゃうんですか?」
「うん。大丈夫だから、どこかでお茶をしませんか?」
何か私に聞きたい事があるみたいだから、落ち着いたところで話そう。
そう言えば、一瞬目をパチクリし、どこか真剣な目つきになった服部くん。固い声で「ええで」と言った彼に、私は少し自分の考えをミスしたように感じた。
六時までとか言ってたけど、時間がかかりそう。
「近くにお店あるから、そこにしよっか。あ、バイクはおしてね」
乗るつもりもない私は服部くんにそう言って、彼を連れて近くの喫茶店へと足を運んだのだった。
特にお腹も空いていない私は飲み物、服部くんは小腹を満たすためサンドイッチを頼んで、しばらく雑談を続けた。内容は、ついこの間の源氏蛍の事件だけど。
「怪我はもう大丈夫そうだね。傷跡も綺麗に無くなってるじゃん」
「はは、あん時は心配かけてもーてすんません。おかげで綺麗さっぱり治りましたわ」
「良かった。でも無理しないでよね。二回も抜け出すなんてびっくりしたんだから」
「和葉にも言われてもーた。アイツ、妙に心配し過ぎやっちゅーねん…」
その時の和葉ちゃんの表情を思い出しているのか、苦笑を浮かべる服部くん。でも、心なしか嬉しそうに見えた。心配されて嬉しくないはずがないか。
「和葉ちゃんが危ない目に遭うほうが、よっぽど嫌だもんねぇ」
「そらそー…、……雫玖先輩、何言うてんのやろか」
「んー?服部くんは、和葉ちゃんをとっっっても大事にしてるって事が言いたいだけよ」
「なっ、何言うてんねん!!べ、別に俺はアイツの事なんか大事になんてなぁ!!」
「敬語で話そうか」
「っ……」
ガタリ、と勢いよく立ち上がり否定する服部くんだったけど、私の一言で大人しくなった。そこまで否定なんてしなくてもいいんだけどね。それよりも、周りをちゃんと見なさいよね。服部くんの態度に他の人がこっち見てるじゃない。
というか、そんな否定しているけど、分かりやすいから意味ないわよ。
「素直じゃないのは、変わらないねぇ」
こりゃ和葉ちゃんも大変だ。
お互いが想い合ってるのは一目瞭然。なのに、互いが互いの思いに気付いていない鈍感だから、見ているこっちがやきもきしてしまう。服部くんに片想いしている他の女の子は、複雑な気持ちを抱えてそうだ。
へらり、と笑って言った私は一口アイスコーヒーを口にした。すると、あんなにも慌てふためいていた服部くんは、冷静さを取り戻して私の名前を改めて呼んだ。
「雫玖先輩」
「なぁに」
「何で、アイツの正体が分かったんや」
「……?」
はて、アイツとは誰のことだろうか。
つい首を傾げてしまった。誰の事を指しているのか分からない上に、正体と言われても何の正体か、何かが偽りだったのかも分からないから、唐突に言われても私は困るだけだった。
私の様子を服部くんは分かっていたようで、真っ直ぐ私を見たまま話してくれた。
「盗賊団“源氏蛍”の事件で、俺と一緒におった小学生のガキの事や」
「……ああ!」
小学生の言葉で、頭に浮かんだのはメガネをかけた男の子だった。
思い出した私をよそに、服部くんは続けた。
「あいつ等が帰る時、雫玖先輩がその餓鬼に言うた言葉を覚えとるか」
「……」
口には出さず、コクリと一つ頷いた。
そういえば、京都駅で私はあの小学生の子にある事を言っていたなと記憶を辿った。
「次京都に来た時は、元の姿に戻って、蘭ちゃんと一緒に来てね」
漫画のような出来事の真実を知ってしまった瞬間だった。
あの時の少年、江戸川くんは知られてはまずい事を知られてしまい、顔面蒼白になってたな…。私としては、そこまで気にしてはいないし、詳しい情報を知りたいとは思っていない。ただ、あの子の違和感を知りたかっただけだったんだけどな…。
でも、服部くんや、江戸川くんはそうじゃないようだ。
「雫玖先輩、いつあのガキが工藤新一やって気付いたんや」
「……」
下手すれば私を脅しそうな様子の服部くん。なにがそこまで必死になるのかは分からない。何か大きなことにでも巻き込まれているのかも。
私もその渦中へ巻き込まれそうになっているのだろう。
静かにカップを手にした。一口飲んでしまえばいいのに、何故か飲めなくて、そっとソーサーに置いた。ゆったりとしたバラード曲が流れ、賑わっている店内なのに、何故かここだけは静かで、カチャリと食器がぶつかり合う音がやけに耳に届いた。
「…最後まで分からなかったよ」
これは本当の事。
しかし、服部くんは納得のいっていない様子で、私の疑いの目はまだ晴れていなかった。
「玉龍寺での時までは、少し頭のいい小学生だとは思ってた。目の付け所がすごい、ってね」
ニコリ、と服部くんに笑みを浮かべた。
「でも、玉龍寺での行動で怪しいと疑ったなぁ。あの子、蘭ちゃんよりも服部くんの方に行くとか言うし、小学生が行ったところで何が出来るんだーって思ったもの」
思い出しただけでも違和感しかなかった。居候させてもらっている身なのに、蘭ちゃんよりも服部くんを優先したあの子。正直、恩を仇で返すような子かと思った。
「そのこともあって、あの子は普通の子供とは違うと思い始めた。それは顕著に表れてた」
思い返せば、色々とおかしいところはあった。でも、それを気付かなかったのはどうしてだろうか。それが当たり前に捉えそうになったのは。
おかしいと、違和感を覚えて気付いた。
「服部くんとの接し方と、他の子との接し方の違いは、大いに表れてたよ」
笑って言えば、服部くんはハッと息を呑んだのだった。