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お茶をどうぞ

Step.23 ごめんなさい

文麿さんの車で、シマリスちゃんと待つこと数時間。粗方の現場作業を終えた文麿さんが戻ってきた。静かに待ってた私は、近付いてきた人影を目にすると、苦笑が零れた。

「…おかえりなさい、文麿さん」
「……」

私の言葉を返すことはなく文麿さんは無言で車を発進させた。家まで送る、とは言ってくれていたけど、始終無言の彼といるのは、少々気まずいものだった。
けれど、ふと気付いた時にはもう遅かった。家並を見ていると、自分の家がある方向ではなかった。
これは、彼の住む家の道。

「ふ、文麿さ…」
「大人しくするんや」
「っ…」

ぴしゃり、と冷たい言い方をした文麿さんに、あたしは大人しく引き下がった。もう文麿さんの家に行くのは決定事項のようだ。
見慣れた道を通り、到着した文麿さんの住む家。降りるように言われたかと思えば、逃がさないというばかりに手を掴まれた。夜更けで人気はなく、あたりは静か。
嗚呼、かなり怒っているなぁ。
怒られたくない。嫌われたくない。文麿さんが何を言われるのか分からなくて、頭の思考は嫌な事ばかり考えてしまう。
別れたく、ない。
考えた途端、衝動的に逃げたくなって手を引こうとしたけど、文麿さんがそれを許してくれるはずなかった。さらに力が込められたほど。そのまま家へと入らされ、無造作に放り出された靴を横目に私は彼の寝室へと連れて行かれた。
サッと顔が青ざめた。

「文麿さ、」
「ええから、黙っとき」
「っ」

再び冷たく言われ、今度は泣きそうになった。文麿さんは捕まれた手を勢いよく引っ張ったかと思えば、その反動を利用してベッドへと放り投げられた。柔らかいベッドが緩衝材とはなったけど、放り投げられたことには変わりない。顔を歪め、文麿さんを見れば、感情のない目で私を見ていた。
ゾクリ、と背筋が凍った。

「ふみまろ、さ…」
「……」

怖い。ただ彼が怖い。全く何をするのか分からなくて、身体が震えた。

「ゃだ…こなぃ、で…!」

思い出したくもない記憶が、文麿さんと重なった。
ギシリ、とベッドの軋む音が更に恐怖を駆り立てて、文麿さんの顔を見るのが怖くて目を強く瞑る。
怒らないで。ごめんない。嫌わないで。
じわり、と目尻に涙が溜まった。

「雫玖」
「っ」

名前を呼ばれた。
同時に温かいぬくもり。
ふわり、と香るそれは、私が安心する彼の匂い。少しだけつけた香水。嫌いじゃないその香りが鼻を擽る。抱き締められて数秒、ハァ、と大きなため息が文麿さんの口から吐き出された。

「……ホンマに、アホか…」
「ふみまろ、さ……」
「なんべん私を、心配させたらええんや…!」

首元に顔を埋める文麿さんの言葉を耳にした瞬間、ツゥ、と一筋流れ出たそれ。
彼は本当に私を心配してくれていたんだ。仕事中もずっと。本当だったら車の中でしたかったのを、できないと分かってて、家に帰るまで堪えてくれていた。
彼の気持ちが直に伝わってきた。

「昨日の夜も、今日も…、連絡も一切ないで何しとるんや…!」
「っ……」
「相手は刀持っとったんやで。怪我したら大事やったんやからな…」
「ふみ、まろさ…」

ずっと心配してくれた文麿さん。私の顔を見るまで、微かに青ざめていたのは巻き込まれていなかったのか不安で仕方なかったのかも。
僅かに震えている文麿さんの手。
おそるおそる、彼の背に腕を回した。応えるようにギュッときつくなる腕。

「…心配かけて、ごめんなさい…」

消えそうな私の声は文麿さんに届いただろうか。
どれくらい経っただろうか。文麿さんは私を抱えたまま、ごろりと横に倒れた。互いにやっと顔を見れて、少しだけ安心した。
もう、文麿さんは怒っていなかった。

「もう、無茶するんやない」
「はい……」
「何かあったんなら、まずは私に連絡するんや。ええな」
「はい…」

ここ数日でたくさん文麿さんに迷惑をかけちゃった私は、素直に返事をするしかなかった。文麿さんは、そっと私の頭を優しく撫でて、自分の方に引き寄せた。
まだ文麿さん、スーツ姿なのに皺にならないか見当違いな心配をしてしまった。

「今日はもう寝や。ええな」
「……うん…」

大人しく私は文麿さんと一緒に寝た。


**


翌朝。
起きたら隣に文麿さんがいてちょっとびっくりした。そういえば、と昨日の事を思い出すと、反射的に逃げたくなったけど、先に起きていた文麿さんに阻止された。ちなみに文麿さんはいつの間にかスーツは脱いでた。
それから、シャワーを浴びさせて貰って朝食にした。車折刑事から教えてもらったのか、今日毛利さん達が帰られると聞いて、その後京都駅へと向かった。
すでに帰られる毛利探偵達以外にも、山能寺で会った子供たちの姿もいた。どうやら皆一緒に帰るようだ。そして、江戸川くんと話している平次くんを見て、怪我は大丈夫なのか思わず心配になった。一方、文麿さんは、子供たちに声を掛けられていた。

「え!いいんですか?」
「ええで。ただし、大事にするんやで」
「ありがとうございます!」

何かに対してお礼を言うのは、そばかすの少年。文麿さんは、ポケットに手を入れる。その動きで、話の流れが分かった。
ポケットから取り出したのは、シマリスちゃんだった。
子供たちはシマリスちゃんと遊びたかったようで、それを文麿さんにお願いしたようだ。可愛いところがあるなぁ。

「シマリスちゃん、大人気ですね」
「当たり前や。私が大事に育てとるんやからな」
「えー、私も一緒に面倒みてるのにー」
「…ふっ、それもそやな」

否定をする事も無く、すんなりと頷いてくれた文麿さん。偽ることもしないで、そうやって素直に肯定するところは彼の美点の一つだろう。目を閉じて笑う文麿さんって格好いいよね。
シマリスを交代で撫でたりする子供たち。名残惜しそうに、最後に女の子へシマリスが手渡された。

「はい…次は歩美ちゃん、どうぞ」
「うわぁ…!可愛いよねぇ、連れて帰っちゃおうかなー」

そう言って、女の子はシマリスに頬をくっつけるけれど…。静かに動いた彼に、私は苦笑い。

「あきません。一番の親友なんやから」

ほらやっぱり。冗談なのに、そうやって本気に取っちゃう文麿さん。
すると、女の子は思いもしない言葉を口にした。

「警部さん、もしかして…人間の友達少ないの?」
「!」
「んふっ…!」

それは文麿さんにとって禁句に値する言葉。図星なのか、文麿さんは目を点にしてしまい、あまりの痛いところをつかれた言葉に私は吹き出してしまった。

「ふっ…あーっはっはっは!ふ、文麿さ…図星…!!」
「っ雫玖!」
「ご、ごめんなさ…でも、くっ……あはははは!!」

もう我慢できなくて、声を出して笑う。その様子が気になったのか、平次くん達が私を見たのが分かった。
けど、うん、ごめんなさい…堪えれない…!
なんとか声を押し殺していると、話を変えるようにして毛利探偵が口を開けた。

「いやあ!お二人とも、犯人呼ばわりしてすいませんでした!!」

お二人とも、というのは芸子の千賀鈴さんと文麿さんに対してだった。けれど、二人はあまり気にしていない様子。

「よろしおす…。ホンマはうち、父親が誰か知ってて、うちのほうから、もうお金は送らんでエエて言うたんどす」
「ち、父親…!?」
「誰なんです…?!」
「内緒どす」

千賀鈴さんの言葉に驚くのは毛利探偵と警視庁の人、えっと、白鳥さん、だったかな。二人が合わしたように尋ねたら、秘密だとクスリと笑い言った千賀鈴さんは、両手を合わせた。その動きで、誰が父親なのか気付いた二人。

「「あのクソ坊主〜!!」」

思わず腹から響くような声を上げるほどに、怒りを芽生える二人に私と文麿さんは目を丸くしたのだった。
でも、思うことはある。

「文麿さんも、あの中に入ってそう」
「な…!……私はお前がおるやろて……」
「!…ふふ、ごめんなさい」

そんな言葉が返ってくるとは思わなくて、目を瞠ったけど嬉しくて破顔した。