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お茶をどうぞ

Step.22 ただ心配

私が声を上げると、一番最初に反応を見せたのは、呼ばれた本人ではなくて、すぐ傍にいた少年だった。そんな少年に気付かない鈍感な後輩は、私を見ると笑みを浮かべた。

「おお、雫玖先輩やないか!なんでこないなところにおるんですか?」
「ちょっと、色々あってね。というか、また病院抜け出したって聞いたんだけど」
「あ、あー…それは、その……」

蘭ちゃんから教えてもらったんだけど、病室を抜け出したのは二度目だそう。一度目は、昨日の襲撃の時。もう一度目は、夕方に傷が再び開いて気絶したとか。平気なのかと思ったけど、そうじゃなかったみたい。どうしてそう無理をするのかとつい説教じみた言葉を投げてしまった。

「まぁ、無事でよかったわ。……それと」
「っ…」

他人事のように私と服部くんの様子を見ていたけど、ただで逃がすはずないじゃない。ジト、と見下ろして私は笑って言った。
目は笑ってないけど。

「何か力になることはあったのかしら?江戸川くん?」
「あ、あはは……」
「ん?どないしたんですか、雫玖先輩。このボウズと何かあったんか?」
「まぁ、うん。玉龍寺に行く途中でたまたま会ったんだけど、一人で此処に来たとか言うからきになって。…蘭ちゃんが道端で寝ているのを気付いているのに放ったらかしにしたっていうし、どういう神経しているのか気になったわ」
「え、えへ……?」

棘のある言い方で服部くんに言いつつ、視線は江戸川くんに送る。怪しんでますと声と態度に出している私に、慌てたのは本人よりも服部くんだった。

「そ、それは、まぁ、その…!ああ!!けど、俺はごっつぅ助かったんや!!」
「…ふーん。そうなんだ…。……女の子の蘭ちゃんよりも剣道が強い服部くんを助けるほどにねぇ…」
「(こ、この人怖えぇ…)」
「(雫玖先輩を怒らせたらアカンて言われてるんや。ごっつぅ怖いさかい)」
「何か言った?」
「「イエナニモ!!」」

ジト目を向ける。どういう頭をしているのか本当に気になる。助けられた、と服部くんは言うけど、そもそも君は病院にいるべきだというのに何で此処にいるのさ。色々と聞きたい事があるから、もっと聞こうと思ったけど…。

「平次!」
「!おお、和葉!」

今まで姿を見ていなかった和葉ちゃんが平次に駆け寄ってきた。今まで何処にいたの、と私は驚いたけど、二人の話からして、和葉ちゃんは人質になっていたみたいだ。なるほど、だから江戸川くんはあの時「二人が玉龍寺にいる」と言っていたのか。
二人を助けるためとはいえ、やっぱり子供の君が行くのは危ないじゃないか。
小さくため息を溢した私だったけど、すぐに真っ青になった。

「………やば」

蘭ちゃんと和葉ちゃんの背後。
あまりにもすごい気迫の彼の姿に、サッと血の気が引いた。

「雫玖!!!!」

とっっっっても怒っている文麿さん。
今すぐ此処から逃げたい気持ちを誰かお察し下さい。

「逃げるんやないで、雫玖!!」
「ひっ……」

大声で私を呼ぶだけで委縮してしまった。そろり、と文麿さんを見れば、鬼神の如く怒りを露わにしていた。怒りを鎮めることは無理だと瞬時に理解したのも同時。
文麿さん怒ると本当に怖いんだってば…!

「何でお前さんまで此処におるんや!」
「うぇ、えっと…その、なんていうか…な、なりゆき…?」
「なりゆきでもたまたまでもあらへん!一歩間違えとったら、雫玖まで怪我しはりよったんやで!?」
「っ……」

眉間に深く皺を刻み、声を荒げる文麿さん。怒り心頭になっているように見えるけど、その表情は心配しているものだった。ただ怒っているんじゃないと分かったら、私は言い訳も口答えもできるわけなかった。

「ご、ごめんなさい……」

シュン、と項垂れて謝ると、文麿さんはまだ叱りたい様子だったけど、それをグッと堪え、代わりにため息を溢した。自分自身を落ち着かせるものなんだろうけど、それが私にはあまりにも重く長く感じて、ビクリと肩を揺らしてしまった。
犯人に疑われた時よりも鬼の形相の彼に、服部くん達は驚きを隠せない。自分に注がれる視線に気付いた文麿さんは、幾分か落ち着きを取り戻して私に言った。

「説教はあとでしたるさかい、今は大人しゅうしときや。次いでや、家まで送ったる」
「はい……」

きつい言い方だけど、心配しての事だとは分かってるから素直に返事をした。文麿さんは、私を見た後、今度は服部くん達を見て言った。

「君らもや!勝手な行動をするんやない!!一歩間違えよったら、君らも殺されてたかもしれへんのんやで!」
「あー…そら堪忍……」

文麿さんの言葉に服部くんは、勝手な行動をし過ぎたと反省したようだ。軽く頭を下げていた。でも、直すつもりはないと思う。服部くんの性格は、誰にも直されないだろうから。
文麿さんはもう一度ため息を溢して、私を見た。

「車に乗っとるんや。ええな」
「…はい」

車のキーを私に渡して、文麿さんは現場の状況把握をするために、白鳥さん達のほうへと走って行った。その後ろ姿を見て、口から出るのは思いため息。

「やってしまった……」

あんなに怒る文麿さんを見るのはいつ振りだろうか。肩を落としてしまうほど、久しぶりなのだろう。いや、確かに連絡もしないでいたから、心配するだろう。黙ったままにしていたのは、私が原因。文麿さんが怒る理由も納得するものだ。
そんな私を見ていた蘭ちゃんが、おそるおそる近寄ってきた。その表情は、申し訳なさそうなものだった。

「あの、柳さん…ごめんなさい、私のせいで…」

自分が此処まで案内するように頼んだから、怒られたのだと思っている蘭ちゃん。ハッと、私は慌てて彼女に言った。

「違う違う!蘭ちゃんのせいじゃ無いよ!私も心配でついて行ったんだから、自業自得。…気にしないで」
「でも…」
「大丈夫」

まだ納得してなさそうな蘭ちゃんに、私は強くそう言った。目を丸くする彼女に、ニコリと笑って私は言った。

「あの人があんなに怒った理由くらい、分かってるから大丈夫」
「え…?」

蘭ちゃんから視線を外す。そしてじっと見つめる私の視線の先には、毛利さんと白鳥さんと何かを話している綾小路警部の姿。
凛とした姿は、思わず見惚れるほど。

「…あの人はただ、私を心配していってくれただけだから」

再び蘭ちゃんに顔を向けて言えば、蘭ちゃんはようやく引き下がってくれた。
さて、早く私は車に乗って待っておこうかな。蘭ちゃんたちに、先に失礼すると言って私はその場を後にした。京都府警の警察の人に事情聴取を先に受けるように言われたけど、事情を知っていた車折刑事がやって来て、私は文麿さんから聞かされるということで先に出ていくことを許された。車折刑事は、文麿さんに頼まれたのか、車まで同行してくれた。

「雫玖ちゃん、覚悟しとくんやで」
「あー…はい、覚悟はしておきます」

長年、文麿さんのサポートをしてきた車折刑事にはお見通しのようだ。