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お茶をどうぞ

Step.20 玉龍寺にて

サークルの帰り。文麿さんのせいですっごく恥ずかしい思いをしながら弓道をした。なんであんな見えやすいところにしたのか電話で問いただそうとしたけど、文麿さんは忙しいのか出てくれなかった。もやもやを矢にぶつけて、帰り道。なっちゃんはバイトがあるからと途中で別れて、仏光寺の前まで歩いていた時だった。
見覚えのある後ろ姿の子が、辺りをキョロキョロ見渡していた。
たしか、あの子は…。

「蘭ちゃん…?」
「!」

突然声を掛けたから驚いたみたい。バッと弾いたように後ろを振り返った。一瞬鋭い表情だったけど、私と目が合うと、今日知り合った人だと分かると安堵した表情に。

「柳さん…!」
「どうしたの?こんなところで一人…。園子ちゃんと一緒…でもなさそうだけど…」

さっき蘭ちゃんがしたように私も辺りを見渡すが、園子ちゃんがいるようではない。夕方、閑散としている路上で私と蘭ちゃんしかいないほどだった。
さっき仏光寺から出てたけど、何か探しものでもしているのか。
尋ねようとした私だけど、それよりも先に蘭ちゃんが私に尋ねてきた。

「あの、コナンくん…みませんでしたか…?」
「コナンくん…って、服部くんと一緒にいた眼鏡の子?」
「はい」
「見てないけど…、どうしたの、その子が迷子になっちゃった?」

京都は碁盤の目みたいに細い道もあって少し複雑でもある。ここら辺も迷子になりやすいのは知っているから、コナンくんも迷子になったのかと思ったけどそうじゃないみたいだ。蘭ちゃんは首を振って「連絡がつかないんです」と教えてくれた。大方、服部くんと一緒だろうとは思うけど、とくわえる蘭ちゃんは、少し顔が青い。
誰かと重ねているように見えた。
ふむ、でも心配なのは仕方ないか。理由はどうあれ、保護者である彼女に何も伝えず出掛けるなんて、危険な目に遭っていた時どうするんだ。蘭ちゃんも京都の地理には詳しくないだろうし、一緒に探そうか、と声をかけた。しかし、蘭ちゃんは何かをじっと見たまま固まっていた。
それは石碑。

「玉龍寺…?」
「あぁ、そのお寺?今は鞍馬山にあるよ。廃寺になったらしいけど…、そのお寺がどうかしたの?」
「あ、あの!」

何か思い当たることでもあるのか、蘭ちゃんは必死な様子で私に頼んだ。

「玉龍寺まで案内してください!」

切羽詰まった表情。そこまであの子供が心配なのは、ただの保護者だから、という理由じゃないように思えた。何かワケありなのかしら…。どちらにせよ、こんな可愛らしい女の子の頼みを断るような人じゃない。頼まれて嫌と言えない日本人。

「分かった。案内するよ」

それに、彼女の目から玉龍寺で何かが起きようとしている気がした。


**


「山道だから、足元気をつけて」
「はい!」

仏光寺から玉龍寺までの距離は長く、時間もかかってしまって、山道に辿りついた頃にはすでに日が沈み、夜空には月が浮かんでいた。竹林の間を通るのは風情があって好きなんだけど、今はそんな情緒を感じる暇はない。
というか今日の夜、文麿さんと会う予定だったんだけど、これは無理っぽいなぁ…。連絡をしないまま此処に来てるから、説教フラグが立ってそう。蘭ちゃんの前を走りながら苦笑を浮かべたその時だった。

「!」

微かに聞こえた複数の足音。

「蘭ちゃん、こっち」
「!」

蘭ちゃんを雑木林の方へ押し込み、続けて私も隠れる。庇うようにして立って、私は様子を伺った。ちらり、と木の陰からこっそりと見れば、鬼の面をかぶった道場着姿の人達。まだ月が雲に隠れて見えないけど、複数人なのは分かった。

「…!」

夜目に慣れて見えた。
その手にある、白く細いもの。

「(なんで刀…!?)」

このご時世、帯刀など許されているはずがない。なのに、あの人達が持っているのは模造刀でもなく、本物の刀だ。
物騒にもほどがある。玉龍寺は、随分前に廃寺になったと聞いている。あ、でも、あそこで指南をしているという話もあった事をふと思い出した。どちらにしても、映画の撮影か何かであろうと、本物の刀を使うなんてありえない。
玉龍寺で、何が起きてるの…?

「(物騒って分かれば、これ以上彼女を近づけるわけにはいかない…)」

蘭ちゃんに一瞥をくれて、私はもう一度鬼の面をつけた人達を見た。まだ私たちには気付いていない様子。

「…蘭ちゃん、貴女は此処に居て」
「え…!?」

どうして、と顔に書いてある彼女に私は笑った。どうして貴方を戦わせる前提で考えているのか、私にはそっちのほうが理解できなかった。

「蘭ちゃんが怪我しちゃったら、毛利探偵が真っ青になっちゃうわ。それに、貴女はまだ高校生。空手が強いからって、大人の人に勝てると過信しちゃダメなの、分かってるでしょ?」
「でも…」
「悲しむ人がいるのを、忘れないで」
「!」

どうして自分は戦えると思っているのか不思議だ。人に対して身につけた技を向けるという事は、他人を傷つけるということ。自分に向かって襲い掛かる人であろうと、急所を突いてもし命を落としてでもしたらどうするの。
私の言いたい事が分かったのかどうか分からないけど、さっきまでの盛んな様子はなくなったのを確認して、彼女に背を向けた。自分の手には、弓矢。人を傷つける気はない。ただ、蘭ちゃんがいる場所から遠ざけるだけ。

「あの人達が居なくなったら、来た道を戻りなさい。大人の人を呼びなさい。決して、玉龍寺に近付かないこと」
「柳さん…!」
「大丈夫。人に矢を向けたりなんかしないわ」

にこり、と笑ってすぐに私は駆けだした。背後で、蘭ちゃんが私の名前を呼んだけど、聞こえなかったフリをして走り去った。
私の足音が聞こえたのか、音を頼りに私の方に来た怪しい人達。暗闇の中、獣道を歩くのは困難。だけど、地形条件は相手も同じのはず。背後から迫る気配に警戒しながら、私は距離を保ちつつ走った。

「そっちや!!」
「追え!逃がすんやない!!」
「待て餓鬼ィ!!」
「(餓鬼…?誰かと勘違いしてる…?)」

鬼の面の下も同じ鬼の形相なのか、声を荒げる人達。声からして男ばかりのようだ。
そろそろ蘭ちゃんの場所から遠ざかったと思う。周りを見ても人はいない。私を誰かと勘違いしている男達を撒くには十分だ。

「よっと…!」

大きな杉の木に助走をつけて、脚力だけで上る。太目の枝に手をかけ、勢いで一回転して枝の上に立つ。
暫くしてぞろぞろと集まってきた連中。

「くそっ、何処へ行ったんや…!」
「まだ近くにおるはずや、絶対に逃がすんやない!!」
「師範のためにもや!」
「……」

なにが起きてるのか全然分からない。とりあえず、この人達全員刀持ってるし、物騒なこと。誰かと私を勘違いしてて、師範のために奮闘しているというくらい。
なるほど、さっぱり分からない。
どちらにしろ、私の居場所を知られるわけにはいかない。

「(絶対に、捕まってやんないんだから…!)」

息を整え、静かに構えた。敵は気付いていない。
夜目にも慣れ、じっと奥を見据える。弓道の大会と同じ射程距離の先に見えた、一本の竹。

「(…あっちへ、行け!)」

ヒュ カンッ

弦が擦れた音がし、矢はまっすぐ私が狙っていた竹へ突き刺さった。その音は閑散とした竹藪の中に響き渡った。
つまりそれは、怪しい連中も気付いたということ。

「!!」
「なんや今の音!」
「向こうからしたで!!」
「行くぞ!!」

鬼の面をつけた連中は音を頼りに、杉の木を後にした。

「…よし」

小さく息を吐いて、杉の木から降りる。極力足音を立てないようにして、あたしは連中達が向かった方向とは真逆の方へと走った。