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お茶をどうぞ

Step.19 いない恋人に

「ほな、私は戻るわ。雫玖、帰り気ぃ付けるんやで」
「はい。文麿さんも、お仕事頑張ってください」
「えぇ。ありがとさん。……雫玖」
「?はい」
「それ、ようお似合いでっせ」
「……?ありがとうございます…?」

礼を言う私に笑って、大学を後にした文麿さん。車が見えなくなるまで見送って、私は大学へと戻った。自分の不安だった事をいとも簡単に打ち消してくれた文麿さんに一生敵う事はないだろうな、なんて思うとつい笑いがこみ上げてきた。こうして事件の捜査で忙しいのに私を大学まで送ってくれる文麿さんは本当に優しい人。私には勿体ない人、てつい思っちゃうほど。

「(ま、文麿さんは誰にもあげないけどね)」

そんな事を思ってしまうくらい、私は彼の事を愛している。
ふふ、と思い出すような笑い方からニマニマと卑しく笑いそうになる口元を手で隠しながら、私は校舎の中へ。というか最後の言葉、どういう意味だろ?朝から同じ恰好だし、何が似合っているのか分からないままお礼を言ってしまった。
今日の講義は終わってる。今日の予定としてはサークルに足を運ぶだけ。なっちゃんが一人で静かに練習しているだろうから、早く行こうと思うと足早になった。特に連絡はないからまだ弓道場にいるはずだ。

「…それにしても……」

この一連の事件、いったいどうなるんだろう。
毛利探偵の推理はハズレだ。どうみてもアリバイや物的証拠、殺す動機とかが合わさってないしで違っているみたいだ。つじつまが合ってない、とはこういうことなのだろう。推理し始めた途端、娘の蘭ちゃんや服部くんも納得してない表情を浮かべていた。
というか、失礼なのを承知の上で言わせてもらいたいんだけど…。

「(あの人って本当に“名探偵”なのかな?)」

よくニュースとかで見るけど、どう見ても同一人物とは思えない。見出しだとよく『お手柄!眠りの小五郎』っていうのを見る。さっきの推理は寝ていない。つまり、自分の力は寝ていないと発揮できないという事だろうか。それよりも、別の子たちのほうがすごいと気になる。
服部くんと、そしてコナンくん。特に、コナンくんは明らかにただの小学生じゃない。服部くんとの会話を聞いていたら対等な関係だった。毛利さんの推理で納得していない事に着目して聞いていたし、時々目にした目つきは小学生がするような目ではない。
今回の事件、毛利探偵よりも服部くん達二人が解決をしそうな勢いだ。

「(まぁ、私には関係ない事だから考えなくていっか)」

そこまでで事件に関する事は頭の隅に置いた。荷物をロッカーに置いたりしてから弓道場に着くと聞こえた的に矢が当たる音。弦から矢が離れ矢羽が掠れる音も聞こえる。それは複数で、そこそこ人が集まっているようだ。連絡はなかったって事は、まだなっちゃんは中にいるのだろう。

「あ、雫玖さん、こんにちは!!」
「こんにちはー。今から走り込み?」
「はい!……ッ!?」
「?」

後輩の一人が嬉しそうに駆け寄ったかと思えば、何かに目を丸くした。その反応は一瞬で、慌てたように「は、走り込み行ってきます!!」と脱兎のごとく私を過ぎ去って行った。
え、なに?どうかしたの?
彼女は足が遅い子なんだけど、今までとは比べものにならないほどのスピードだった。何が起きた。その後、すれ違う後輩達が私に声を掛けたけど、何かを見た途端驚いた顔をしたり食い入るように見たりと、なんだか忙しない様子だった。気になって「どうしたの?」と尋ねても、皆が口をそろえて「なんでもないです!!」と言って、私から逃げるようにして練習や筋トレを始める。

「(…今日の恰好、そんなにおかしいのかな……)」

原因が分からない以上何もできなくて、私は首を傾げるだけ。まぁ分からないのにずっと考えてたって意味はないことくらい知ってるから、私はすぐに切り替えて射場へまずは向かった。

「なっちゃんいますかー?」

今日は自主練の日でもあるから、少し賑やかな射場。私を見た後輩達が揃って挨拶をする中、ちょうど矢を射たのか弓を降ろすなっちゃんの姿が目に捉えた。

「お、やっと来たー」
「遅くなってごめんね。まだ練習してて安心したー」

カッコいい姿ですねー、なんて言いながら私はなっちゃんに近寄った。なっちゃんも「そうかそうか」と調子に乗るけど、流すようにして私を見た後、何かを目に映して、二度見した。
え、なに?

「雫玖!?あんた、なんちゅー恰好で来てんねん?!」
「へ?」

わぁ、なっちゃんの関西弁だ、とか思っていた私を余所に、なっちゃんは慌ててこちらへ駆け寄ってきた。突然声を上げたなっちゃんに後輩達がこちらに目を向けた。珍しいほどだから仕方ないだろう。ぎょっと目を丸くするなっちゃんだけど、私は何の事だか皆目見当がつかない。恰好って、どういうこと?別に変なセンスな服をしてないし、まだ着替えていない。どうしてそんなリアクションをされなくちゃならないのか分からなくて首を傾げる。
ドタドタと音を立てるなっちゃんは、私の手を引いたかと思えば射場を後にする。どうしたの、と声を掛けても無反応のなっちゃんが向かった先は更衣室だった。誰もいないようで、なっちゃんは私を中に入れたら、自分の首筋に手を当てて言った。

「首筋!アンタの首筋!!ちょっとは気付きなさいよ!!!」
「首筋…?」

何かついているのか分からないけど、声を荒げるなっちゃん。下を向いても見えないから分からない。なるほど、それでここへ連れて来たのかもしれない。更衣室には身だしなみを気をつけるように、全身鏡を壁に掛けている。そこへ移動し、自分を映せば…。

「……!!?」

目を疑った。と、同時に理由が分かった。カッと一瞬で顔が赤くなってしまった私は、戦慄く。
鏡では見えないような場所で、一目につきやすい場所に、綺麗についたキスマーク。
くっきりと咲かせてある華は見事なほどに主張をしている。私の反応を知って知らずか、なっちゃんは呆れたように目を細めて言った。

「まったく、仲睦まじいのは良いけどもう少し分からないようにしなさいよ。ここまで来るまで、絶対何人かは二度見したわ」
「なっちゃんの言う通りでした……」

だろうね。というなっちゃんに私は何も言えなかった。そのままなっちゃんは私に「さっさと着替えなさいよ」と言うけど、着替えたとしてもこれは確実に人目に映るだろう。

「うえ〜ん…練習したくないよ〜」
「ふざけるな。私を待たせた挙句、サボるとは何事よ」
「だって〜…」

こんな目立つ場所にあるのに、今から髪を結って練習だなんて、丸分かりじゃんか。

「にしても、いつの間に?朝はつけてなかったよね?それともさっきの時間で一発ヤったの?」
「なっちゃん下品!!って、い、いや…分かんな……、あ」

「心配せぇへんでも、雫玖を置いて、犯罪なんてしまへん」

そう言いながら首筋に顔を埋めた文麿さんを思い出した。あの時、チクリとした痛みが走ったような…って、待って、じゃああの時に、文麿さんは…。

「それ、ようお似合いでっせ」

去る前に言った一言。にこりと笑って言った言葉を、私はあの時分かっていなかったけど、今なら分かる。そこまで思い出せばもう、原因なんて分かったようなもの。
あの人、こうなる事を知ってて……。

「ふっ…文麿さんの、バカァーーッ!!!」

此処にはいない恋人に、私は叫んだのだった。


**


「さぁて、雫玖はいつ気が付くんやろうなぁ」

ヴーッと振動するスマホを見てクスリ、と笑ってそう呟いた文麿だった。