あれから、私と和葉ちゃんは京都府警察署で一夜を過ごした。文麿さんは現場検証をしに行ったため、私たちに事情聴取をする事になったのは車折刑事だった。そこまで時間はかからなかったけど、どうやら昨晩の事件との関連もあるようで、京都府警察署も慌ただしくなっていた。
それから朝方、私たちは警察署を出た。和葉ちゃんは緊急搬送先の梅小路病院から連絡が着たみたいで、服部くんの容態を確認すると走って向かった。私は、とりあえずコンビニで買ったものを家に置いて、それから服部くんの様子を見るために家を出た。前もって行くと言っていたから、病室は和葉ちゃんから教えてもらった。そのおかげか、迷うことなく行くことが出来た。
「…あれ…?」
けど、服部くんが入院している病室の前に、文麿さんの姿があった。
腕を組んでじっと待っている姿を見るだけで、顔がにやけそうになった。でも、此処は病院。みっともない姿を晒すわけにはいかない、と緩みかけた表情をただして声を掛けた。
「文麿さ、じゃなかった…綾小路警部!」
「…雫玖、来はったんか」
「はい。後輩ですし、気になったので」
「さよか」
「あの、中に入っても大丈夫ですか…?」
室内は静かそうだ。外から中は見えないから、様子を見る事もできない。だから伺うにも伺えない状況。でもそれは、文麿さんも同じだったようだ。いつもなら、困った表情を私に見せるんだけど、真剣な表情は崩さなかった。
ああ、そっか。今はお仕事中だもんね。それに、素人が首を突っ込むなって注意した服部くんがまさか怪我を負うとは思わなかったしで、色々と苦労が絶えないのだろう。
「雫玖が入っても大丈夫やろ。すまんけど、様子見も兼ねて入ってくれへんか?」
「それくらいお安い御用です」
文麿さんは申し訳なさそうに言うけど、もともと服部くんの容態が気になって来たんだから問題ない。お仕事中だし、こうも立て続けに事件があるから忙しいのだろう。私の前くらい、少しは肩の力を抜いて欲しいけどそんな事できないはず。
なら、私は貴方を隣で支えるしかない。
「文麿さん」
「何や?」
「無理、しないでくださいね…?」
(不細工かもしれないけど)ニコリ、と笑みを向けて言った。少しでも疲れを取って欲しい、なんて思いながら私は扉をノックした。
「……わざとやろか、あれ」
と、文麿さんが赤くなった顔を隠すように手を当てていたなんて事、私は知らないまま、おそるおそる病室の中へ。
「失礼しまーす…」
病室に入った私と真っ先に目が合ったのは、怪我をした当人。
「え、雫玖先輩?!」
「雫玖先輩っ」
「やっほ、和葉ちゃん。服部くんは目が覚めたんだね、良かった良かった」
驚いた声を上げる服部くんとは違って、和葉ちゃんは嬉しそうな表情を浮かべていた。昨日とは大違いだけど、和葉ちゃんは笑顔が似合うから、落ち着きを取り戻せたみたいで安心した。二人とも無事でよかった、と思いつつ室内を見渡すと、見覚えのある人が居て思わず目を丸くした。
「あれ?大滝さん?」
「おお、やっぱり雫玖ちゃんやないか!久しぶりやな!!」
嬉しそうにそう言ったのは大阪府警の大滝さん。地元である大阪で色々とお世話になった人でもある。小さい頃は少し怖がった覚えがあるけど、今は全然。むしろ、優しくていい人。
「どうして此処に…?」
「平ちゃんが心配でなぁ」
「なるほど」
それだけが理由じゃないだろうけど、その言葉が真っ先に出るとは思わなかった。でも、大阪本部長であり服部くんの父親である平蔵さんとの関わりもあって、心配していたのは本当だろう。相変わらずの大滝さん、と笑っていたけど、服部くんは私がいることが気になったみたいだ。
「にしても雫玖先輩が、なんで此処に…」
「それはね、昨日のコンビニ帰りにちょうど公園を通りかかった時に、パニックになってた和葉ちゃんと気失ってる服部くんを目撃したのが私だったから」
「先輩がな、救急車とか警察を呼んでくれたんや!」
私の言葉に付け足して言ってくれた和葉ちゃん。私はうん、と一つ頷いて続けて言った。
「本当にびっくりしたんだから。あんな夜遅くに梅小路公園で倒れてるだなんてさ。慌てた声が聞こえるし、血を流して気失ってる服部くんがいるわで…こんなたくさんの驚きいらないわよ」
「せやったんか…。…えらいすんません」
「いいのよ。それに、服部くんが無事でよかったんだから」
申し訳なさそうな顔をする服部くんに笑って言った。すると、和葉ちゃんも「うちも、あないに取り乱してしもうてすんません」と謝ってきた。そんな気にしなくていいのに、と慌てて和葉ちゃんの頭を撫でて元気づけた。昨日は本当に驚いたけど、こうして意識を取り戻したから本当に安心した。大滝さんも、改めて安心したのか「心配したで、平ちゃん」と声を掛けた。
「大滝はん…。それに…誰やったっけ…?」
大滝さんに続けて目を向けた人にそう訊ねた服部くん。ちょ、相変わらず、目上の人に対する敬語がなってないな、と思いつつ、確かに私も知らない人だと頷いた。本人も自分の存在を知られてない事にがっくし、と肩を落としたがすぐに真面目な表情になった。
あれ、この人、中継で映ってた?
「警視庁の白鳥です…。殺害された桜正造氏が“源氏蛍”のメンバーだったと聞いて…東京から賭けつけたんです!!」
白鳥さん、が口にした桜正造さんって、昨日殺された人の事なんだろう。結局その事を文麿さんから教えてもらえずだし、まだニュースで取り上げられていないから知らなかったけど、また“源氏蛍”のメンバーが殺されたみたいだった。
「……」
他人を殺す事に躊躇しない犯人の気持ちが分からない。そう思うと、少し気分が悪くなった。思わず白鳥さんから視線を逸らしてしまった。その視線の先、服部くんの隣に居たコナンくんが声を掛けていたのが目に入った。
「痛むか?」
「ちょこっとな…」
肩をおさえる服部くんに小声で聞いていたけど、かなり親しい様子。小学生なのにタメ口できいているなんて、あの服部くんにしては珍しい。
「家宅捜索で、桜氏の店から盗まれた美術品が見つかったんや!!」
新たな情報に、服部くんとコナンくんは真剣な表情になった。と、その時、病室の扉が開いた。
「気ぃつかはりました?」
そう言って入ってきたのは、文麿さんと、身体検査をしに来た看護婦だった。
あ、文麿さんに声をかけるの忘れてた。