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お茶をどうぞ

Step.11 遭遇する

「あ、しまった……」

不貞腐れても、結局は文麿さんの言葉一つでころりと機嫌を良くした私は、文麿さんに家の前まで見送られた。そこまで心配しなくてもいいのに、と言えば文麿さんに「雫玖は何かと巻き込まれるからなぁ」と言われてしまってぐうの音も出なかった。私がドアの鍵を閉めるのを確認されて、文麿さんは帰った。心配性だなぁ、と思うけど、嫌だとは思わなかった。
それから、風呂に入って簡単にご飯を済ませた後、ふと明日の講義に必要な資料を作成していなかった事を思い出して、慌てて作業に取り掛かっていた。自宅には、コピー機があるから印刷まで出来る。まとめるだけだったのが幸いで、一時間もかからず終わる。

「…」

はずだった。
タァン、と気持ちよくエンターキーを叩いて終わった資料作成。疲れた体に一杯飲みたい、夜更かしのお酒を飲もうとした私だったけど、あるものがない事に気が付いたのだった。

「コピー用紙と赤ペンのインク、あと…」

ガチャ、と冷蔵庫を開けて見て出たのはため息。

「お酒がないや…」

そんな飲んだくれってわけじゃないけど、研究とか講義のレポートがひと段落終わると飲みたくなるから、常にお酒をキープしていた。だから、あともう少しで終わるというところでお酒を飲みたくなったんだけど、切らしてたみたい。とはいっても、ビールじゃなくて酎ハイだけどさ。どっちにしろ、お酒を飲みたい気分だったのにないのは辛い。
がっかり、と頭を垂れたけど、ちらり、と壁にかけた時計を見た。今の時間は11時少し前。開いてるお店といえば、コンビニしかない。コンビニだったらコピー用紙売ってたような気がする。無かったら明日早めに大学行って印刷すればいいか。

「とりあえず、行くか」

春とはいえ夜は肌寒い。薄めの桃色のカーディガンを着て、私は家を出た。
あ、もちろん鍵は閉めてね。


**


「平次!?平次!!」
「?」

コンビニに寄ったその帰り。
無事に買いたいものを全部買えて、早く帰宅しようと早歩きで帰路についていた時、一人暮らししている場所から近い梅小路公園で声が聞こえた。へいじ、と耳に届いた名前。それと、聞き覚えのある声。

「こんな時間に誰かいるのかな…」

梅小路公園は、公園内に小川が流れてて綺麗な場所。すぐ隣で電車が通っているけど、気分転換をするには絶好の場所で私のお気に入りでもある。でも夜は薄暗くて人気がない。帰りが遅かったらあまり通ろうとは思わない。
なのに、真夜中の時間に焦った声が聞こえてきた。
何かあったのだろうか、と私は確認がてら公園へと足を進めた。文麿さんがいたら、こんな時間に、しかも一人で行くんじゃない、なんて怒りそうだけど、仕方ないじゃんか。誰かの泣きそうな声を聞いたら、放っておくわけにはいかないもの。
極力足音を立てずに近寄ると、薄らと見えた人影。

「しっかりしぃや、平次!!」
「(この声…)……和葉ちゃん?」
「!?」

息を呑んだ彼女は、目尻に涙を溜めてこっちを見た。切羽詰まった様子だった彼女は、何かに怯えたようにも見えた。雲に隠れていた月がようやく顔を覗かしてくれたおかげで、私や彼女を照らす。
もしかして、と自信があまり無かったけど、どうやら当たりのようだ。

「やっぱり。和葉ちゃんだ」

昼間に会った後輩の幼馴染で、私のもう一人の大事な後輩。

「ぁ…雫玖、せんぱ……」
「どうしたの?こんな所で座り込んで…」

私のことを覚えてくれていたようで安心した。にこり、と笑って声をかけるけど、その言葉は途中で止まった。ピタリ、と自分の身体は硬直した。

「っ、ぅ…、…せ、っ…雫玖、雫玖先輩ぃぃ…!!」

だって、彼女は我慢していたものが崩壊するように、ボロボロと泣き始めちゃったから。

「え?ちょ、ぇ、和葉ちゃん?!」
「ひっ、うっ、せんぱ、せんぱいっ…!!」
「どうしたの和葉ちゃん?!突然泣いちゃっ、!!」

ガタンガタン、と音を立てて電車が横を通った。
泣き出した和葉ちゃんにギョッと驚いたけど、それどころじゃなくなった。ずっと和葉ちゃんのほうに目を向けていなかったから気付かなかった。どうして気付かなかったんだ。

「は、とり…くん…?」

和葉ちゃんの腕の中で、額から血を流して気失っている服部くん。

「っ…和葉ちゃん、何があったの?」
「せんぱいっ、へいじ、が…平次がぁ…!!」

混乱している和葉ちゃん。知り合いでもある私が現れた事で、不安と恐怖だった心に安心が生まれたのか、嗚咽を繰り返し泣くけど。
ごめん、服部くんの名前ばっかり言われてもなにがあったのか分からないかな!
人間は自分よりも慌てた人を見ると落ち着くっていうけど、それは本当のようだ。和葉ちゃんの様子に、自分の心は冷静さを取り戻した。このままでは服部くんが危ない、と瞬時に判断した私は救急車に連絡した。場所と負傷者の容態を簡潔に説明しつつ、未だに服部くんを揺する和葉ちゃんを落ち着かせる。すぐに向かう、と言われて電話を切った後、傷害事件のため文麿さんにも連絡を入れようと電話した。たぶん、まだ仕事の関係で警察署に居るはずだから。

≪はい、綾小路です。どないしたんや、こないな遅い時間に≫
「文麿さん、遅くにごめんなさい!あの、梅小路公園で…」
≪!…何かあったんか≫
「はい。服部くんが誰かに傷を負わされて…」
≪何やて?分かった、すぐ向かうさかい待っとくんやで。救急車は?≫
「連絡しました」

そう答えると、微かに聞こえたサイレン。深夜にごめんなさい、と内心謝罪しつつも、文麿さんに状況を報告した。電話を切ると、今度は救急車が来るまでに服部くんの傷を応急処置を。服部くんの事が気になって、もしかしたしたら死ぬかもしれない、と思っているのか泣き続ける和葉ちゃんを声を掛けて慰めながらも、手は止めない。

「和葉ちゃん、もうすぐ警察の人も来るから、此処で何があったのかちゃんと説明するんだよ?」
「でも、平次が…」
「服部くんなら大丈夫!ほら、救急車のサイレンも聞こえるでしょ?しっかりしなさい!!」
「っ、ふぇ…うぅ…」

だんだんと大きくなるサイレンが耳に届いたのか、和葉ちゃんも落ち着き始めた。それか間もなくして、救急車とパトカーが公園前に到着した。

「綾小路警部…!」
「雫玖、お前は無事やったんやな?」
「は、はい。通りかかっただけで…」

慌てた様子の文麿さんに心配されつつも、担架で運ばれる服部くんに目を向ける。命に別条はないようで安心したけど、額の傷は思った以上に深いようだった。救急隊員の班長が他の隊員に指示を出しつつ、手際よく処置を施す様子を横目に、文麿さんに言った。

「私が来た時はもう二人しかいませんでした。詳しい事は、私より彼女のほうが知っていると思います」
「さよか。ほなら、あの娘にも事情聴取しますわ。せやけど、雫玖はまだ家に帰ったらあきまへん」
「はい」

文麿さんの指示に従いつつ、私と和葉ちゃんはパトカーに乗せられ、ひとまず警察署へと連れて行かれたのあった。
あーあ、印刷は学校でする事になっちゃうなぁ。