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お茶をどうぞ

Step.8 妖しい桜に

夜空にぽっかりと浮かんでいる満月。水面に映る桜。月光に照らされる桜が、淡く妖しさを魅せる。そして風に吹かれて舞う桜の花びら。はらり、はらりと散りゆき、舞い踊るその光景ですら風情だった。
うっとりと見惚れるほどの、繊細で儚さを微かに見せる景色は、一枚の絵に思った。

「綺麗ですね…」
「そうですなぁ…」
「……」

私の隣に佇む文麿さんに聞こえるように言えば、返ってきたのは私と同じという意味の言葉。文麿さんも同じ気持ちなんだな、って思うと嬉しい気持ちで幸せいっぱいになれるんだろうけど…。
おかしいな。文麿さんは桜とは別の方向に目を向けてるね。

「…桜、綺麗ですね」
「せやな」
「満月で明るいから、すごく桜に映えていますね」
「せやな」
「……そろそろ、別れます?」
「せや、……は?」

弾いたようにこっちへ振り返った。

「あ、やっとこっち向いた」

話を聞き流していたから、絶対に有り得ない事を言ったんだけど、どうやらそれはちゃんと耳に入っていたみたい。ようやく文麿さんの目が私の方に向いてくれたのが嬉しくて、ニコリと笑った。
反対に、文麿さんは驚いたような、焦燥とした表情だった。

「雫玖…」
「何処向いていたんですか?」
「…、…何でもあらへん」
「……」

カチン、ときてしまった。
さっきから、鴨川に来てからなんだか上の空状態の文麿さん。何かを気にしているような素振りだし、桜を見るよりも別の何かを見るほうが多い。
せっかく一緒に夜桜を見て時間を過ごすことが出来るって思ったのに、何が文麿さんを気にさせているのよ。
もはや衝動的に、文麿さんの頬に手を添えてこっちに顔を向かせてやった。
ぐいっと、無理やり。

「なっ、雫玖?!」
「ちょっと!さっきからどうしたんですか!!私だけ浮かれてる気がして、…悲しいし寂しいじゃないですか…!」
「!そ、そんなことないで!!私かて嬉しゅうて…、」
「本当ですか?だいたい、さっきから何見てて…」

強制的に私と目を合った事で驚きと照れが出た文麿さんだけど、さっきから何かを気にしているのは事実。でも文麿さんは教えてくれない。だったら、私から見るしかないと思って、文麿さんの身体で見えなかった背後を見てやった。

「あれ…?」

みそぎ川を挟んで、連なる建物の一つ。ベランダがあって、ちょうどそこから花見も出来そうな場所の上の窓辺に立つ二人。

「服部くんと、コナンくん……?」

昼間に会った二人がこっちを見ていた。
あの通り、先斗町のお茶屋があるところだ。なんであんなところにいるのか不思議に思って、ついじっと見つめてしまった。

「雫玖、行くで」
「……」
「偶然や、偶然。…謀ったとちゃいます」

文麿さんを見れば、何も言ってないのにそう言った。でも、別に二人と会うような場所にわざわざ行く理由なんて私たちにないもんね。文麿さんの言った通り、偶然なんだと思って、私は歩き始めた文麿さんの後を追った。
座って夜桜見物するカップルの中、私たちは歩いて夜桜を眺めた。

「歩いて見るんも、また格別やろ?」
「そうですね…」

そっと文麿さんとどちらともなく手を握った。お昼の時みたいに少し怖い雰囲気になるかと思ったら、そうでもなかったみたいで安心したのは内緒。
ゆっくりとした足取りで、人工の照明に照らされる桜をじっと見た。時々、桜を撮りたくなって、スマホを取り出す。自撮り…は、私も文麿さんもあまり好きじゃないからやらなかった。
何枚か写真を撮って、撮った写真を確認して、綺麗だと思うものを文麿さんに見せた。肉眼とは違う、一味違った綺麗な夜桜に文麿さんは感嘆の声を溢した。

「昼間と違って、えらい違うもんやなぁ」
「そうですね。夜は……なんだか、妖しい雰囲気がありますね」

スマホから川を挟んで見える桜に視線を寄越して、私はそんな感想を溢した。
作りものでは決して再現できない、自然が織りなす光景にしかできないと思うもの。水面に映る桜が、光の屈折によってゆらゆらと揺れている。綺麗で、儚くて、でも凛として咲き誇る桜。そんな人を魅了する桜に思わず手を伸ばした。届くはずのない桜。でも、伸ばしてしまいたくなった。

「……文麿さん?」

私の伸ばしかけた手は、後ろから包み込まれた。
私の手の上から被せるように、大きな手が指と指の間に入って、強く握られた。誰の手かだなんて、文麿さんしかいない。少し夜風で冷えた手に、文麿さんの手は温かく感じた。でも、突然の行動にどうしたのか、と声を掛けようと振り向いたけど、それは口を開けただけで終わった。
彼の目は、何かに対する恐れを隠し通そうと揺らいでいた。

「…文麿さん、どうかしました…?」

もう一度尋ねると、ハッと弾いたように正気に返った文麿さん。そして自分がした行動に驚いたようで、私の手を握った自分の手に目を瞠った。

「あ、あぁ…すまん」
「…どうか、しましたか…?」
「いや、な……」

弱々しい声になった文麿さんに、首を傾げた。驚いたけど、私の手を離さないのはどうしてだろうか。
文麿さんは居心地悪そうに私から目を背けてて、情緒不安定なのだろうか。視線をずっと送っていたからか、ずっと黙ったままの文麿さんは観念したかのように口を開けた。

「雫玖が、どっか行きそうに見えて…な」
「私が…ですか?」
「せや。…桜に攫われるんかと思うてしもうたわ」
「……」

まさか、届くはずもない桜に手を伸ばそうとしただけで、そんな事を思われるとは思いもしなかった。文麿さんの言葉に驚く私を見て、さらに居たたまれない様子になったのが分かった。
何処かへ行くだなんて、かぐや姫みたいな言い方をする文麿さんだけど、何か決心したのか、さっきとは一変、まっすぐ私を見て言った。

「冗談やと思うてはるが…」
「…」
「雫玖の口から、別れの言葉なんぞ絶対聞きやしまへんで」
「!」

文麿さんの言葉に、目を丸くした。そっか、あの言葉を気にしてたんだ。冗談、というか、文麿さんが私の方を向いて欲しいがための言葉だったんだけど、それを間に受けていたなんて、分からなかった自分に呆れる。
この人を悲しませていた。でも、文麿さんは私が別れようなんて言う言葉を受け入れるつもりはないと分かると、嬉しくなった。

「…絶対に言いませんよ」

カチリ、と噛み合ったように文麿さんと目が合った。
だって、嫌いになるはずがないもん。

「私は、綾小路文麿という男に惚れ込んでいるんですから」

貴方に告げる別れの言葉なんて、私の中では存在しない。
あるとしても、最期の言葉だけだど、ね。