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お茶をどうぞ

Step.7 後輩とヤキモチ

「平蔵さん!もう一本、お願いします!!」
「少しは休憩せぇ、雫玖。さっきから何本連続でやっとると思うとるんや」
「分かんないです!でも私、平蔵さんに勝ってない!!」
「雫玖、お前なぁ…」
「ちょー!雫玖さんは俺と交代してぇな!!」
「あれ、平次くん」
「おお、平次」
「さっきからオトンと20本はやっとるで!!」
「えー、そんなに?」
「そんなにや!」
「…ほなら、雫玖。平次と一本やってみぃ」
「え、平次くんとですか?」
「せや」
「なんで俺とやねん!」
「お前もええやろ。雫玖に一度も勝ってないのは、何処のどいつや」
「ぐっ…!!」
「…私に一本も取れてないなんて、驚きだ」
「やかましいわ!!」
「こら、私年上だぞ」


懐かしい記憶が走馬灯のように流れてきた。
私が高校生最後の日、剣道の指南役をしてくださった平蔵さんと一本でも取りたくて頑張ってた時にやってきた子。結局、彼とやったら私の勝ち。でも、平蔵さんに一本も取れないまま、大阪を出たんだよなぁ。
懐かしいなぁ。なんて思いつつ、もう一度私の名前を呼んだ彼を見た。
あの頃とは変わらない様子で、あ、でもまた少し肌焼けた?

「雫玖先輩、久しぶりや!」
「服部くん、久しぶり。相変わらずだねぇ」

元気なのは一目瞭然。怪我もなく病気もかかってないみたいだ。
久しぶりの後輩との再会がまさかこんなところであるとは思わなくて、へにゃりと緩んでしまった。

「何だ、服部。この人と知り合いか?」
「おん。高校の先輩でな。まぁ、オヤジ通じて知り合ったんや」
「へー(オヤジって事は、大阪府警本部長と知り合いなのか)」
「雫玖先輩、元気やったん?」

一緒に居た男の子の質問に尋ねたあと、すぐに私に訊いてきた服部くん。全然変わってないなぁ、と思いながらコクリ、と首を縦に振った。

「ええ。この通り。服部くんも元気そうね。あ、和葉ちゃんは元気?」
「ええ、それもう喧しいほどにな」
「またそんな事言って…。でも、そっか。服部くんが西の高校生探偵で有名になってたのね……」
「え?もしかして、雫玖先輩、俺の事あんま知らんかったんか?」
「あはは…。ごめんね、そういうの疎いから」
「ホンマかいなー。ショックやわ」

テレビは見るけど、そういう殺人事件関係はニュースよりも文麿さんから教えてもらうことが多いから、経済ニュースくらいしか見てないのよね。

「ごめんねぇ。…それと、一緒に居る子は誰?親戚の子?」

男の子のほうに目を向けると、バチッと目が合った。メガネをかけた、小学生らしからぬ雰囲気。服部くんと親しげの様子で、タメ口。子供らしさがあまりない。じっと見ていると、なんだか慌てたように肩を上下に揺らした。
あれ?もしかして声を掛けなかったほうがよかった?
でも、服部くんはあまり気にしてない様子で、しゃがみこんで少年の頭を撫で回して紹介してくれた。

「ああ、こいつはくど…ああ、いや!ちゃう!こ、コココココナンくんや!」
「…ココココ、コナン…?」
「僕の名前は江戸川コナンだよ!!」
「江戸川コナン…」

言い間違えた服部くんの言葉を遮って、自己紹介をした男の子…、江戸川コナンくん。珍しい名前、なんて思ったけど、名字と名前を別で考えるとなんだか…。

「江戸川乱歩とコナン・ドイルをかけたみたいな名前ね」

名字は江戸川乱歩、名前はコナン・ドイルから。偽名にも思えるような名前に、そんな言葉が出てしまった。まぁ、偽名なわけないし、名前を付けたこの子の親に失礼よね。
でも、私は気付かなかった。

「(こ、この人…)」
「(雫玖先輩、こんなに鋭かったか…?)」

二人が表情を硬くしていたことに。

「コナンくん、私は柳雫玖。服部くんとは昔から知り合いでね。…よろしくね」
「う、うん!雫玖さん、よろしく!」

コナンくんと目線を合わせて言えば、緊張しているのか少しどもりながら返してくれた。
ニコリ、と笑っているけど、私の勘違い…かな。
誰かと似ている顔つき。

「…ねぇ、コナンくん。君って…」
「っちゅーか、雫玖先輩!先輩は、なんでこないな場所に…」
「雫玖」
「!」

コナンくんに誰かに似ていないかと聞こうとしたら、服部くんに遮られた。そして、服部くんの言葉をさらに遮ったのは、文麿さんだった。
文麿さんの方に顔を向けると、少し怖い表情だった。

「……行くで」
「ぁ、は、はいっ」

有無を言わない言い方に戸惑いつつも、返事をした。文麿さんは私を一瞥した後、服部くんに向かって人差し指を向けた。

「もう一度言いますで。…素人は首突っ込まん事やで」
「!」

すると、文麿さんのスーツポケットからスタスタと上って出てきたのは、シマリスちゃん。
今日も可愛いね、シマリスちゃん。

「よろしおすな…」

そう言って、文麿さんは服部くんたちから背を向けて歩き出した。

「ぁ、綾小路警部!…ごめんね服部くん。まだ今度、ゆっくりお話しよ」
「お、おん。……どこにも、けったいな刑事はおるもんやな」
「ああ。……あの二人の関係って、何なんだろうな」
「さぁな。雫玖先輩の事は、俺よりも和葉のほうが詳しいやろ」

私たちが去ってから、二人がそんな事を言っていたなんて知りもしなかった。


**


「文麿さん、待ってくださいっ」

服部くん達から離れた後も、文麿さんの機嫌は変わらなかった。何かにイラついているような、そんな様子。話しかけても、スタスタといつもより早くて、私は小走りだった。これが文麿さんの本当の速度かなって思ったら、いつもはどれだけ私の歩幅に合わしてくれているのかが分かるもの。
でも、文麿さんは無言で先を歩いていた。

「っ…」

なんでそんなに機嫌が悪いの?
理由が分からなくて、黙ってるままの彼を追いかけるのをやめたくなって、歩く速度をだんだんと落としていった。でも、足を止めたのは私だけじゃなかった。

「雫玖」
「!」

バッと顔を上げると、こちらに身体を向けている文麿さん。
泣きそうになったけど、ギリギリ堪えた。鼻声になりかけた声で「なんですか」と答えると、文麿さんは無言で私の方に歩み寄った。

「文麿さん…?」

さっきからどうしたの…?
気になるけど、それを口にするのがなんだか怖かった。だから、名前を呼ぶだけでとどまった。文麿さんはずっと無言で私を見る。何か思いつめているように見えるその眼差しに、私は自然と身体が動いていた。
大丈夫。

「雫玖…」
「…文麿さん、調査の方…しましょう…?」

私からも文麿さんへ歩み寄って、そっとその手を握った。
文麿さんは瞠目したけど、一度目を閉じて、もう一度私を見た。その目を見て、いつもの文麿さんに戻ったと分かった。優しい、愛しいと訴えるような、私の大好きな文麿さん。
すると、何か思ったのか文麿さんは私が握った手を見た。つられるように手を見ると、文麿さんの手は謀ったかのように動いた。そっと、指が絡まった。

「…ほな、行きますえ」
「……はい」

文麿さんの温もりを手のひらから感じながら、頷いた。
それから私たちは調査をしつつ、二人の時間を過ごした。事件の解決は急ぐけど、これといった情報はない。警視庁のほうでは、殺された三人についての何かを調べているようだけど、それもまだ解明されていないそうだ。
お昼は、風情ある景色を眺めながらの和食処で食べて、その後、また文麿さんと一緒に京都市内を巡回した。
そして夜、約束した通りに夜桜を見に行くことになったんだけど…。
まさか、あんなことがあるとは思いもよらなかった。